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これは、あるブログで見つけたコメント
優しさがあふれた文章に、私は感激した

. Posted by 赤鬼 2014年04月22日 22:21
信頼するわが同志への手紙
 
恐らく名前も知らないであろう者だが、ただ創価の同志というだけで、このような手紙を書くことにしました。
 わたしはあなたがいつ、鬱病という、精神疾患を発症されたかは存じ上げません。
そしてその病があなたにとって、どれほどつらいものであるかを知るよしもありませんが、私の想いを綴ることにしました。
相当飛躍した文章になりますが、わたしの一貫する思いを理解していただければと思っております。

 偉大なる大宇宙は、太陽系惑星群のなかに、微塵の如き『地球』を創設せしめ、生物を育み、人類を誕生させました。
もし、大宇宙のリズムがほんのわずかでもズレていたら、人類の誕生はおろか、地球そのものさえ存在しなかったでしょう。
 この、人間生命を生み出した輝かしい大宇宙の縮図、人類はこの偉大なる大宇宙の生命『妙法』のなかにのみ、生きることが許されているのでしょうか。

 近世紀、医学は目覚ましい発展を遂げました、中世において、もっとも忌み嫌われた三大疾患の『天然痘』を制圧し『ハンセン病』を克服し最後に残された『精神疾患』の克服を近未来に託しました。
 人間生命を育んだ大宇宙の『妙法』のなかに、完治の法理は必ず存在するという事実。
人類の利用している宇宙の法理は宇宙生命のほんの一握りにすぎないのではないか。
 いま、医学は『精神疾患』克服の扉の前に立っているのかもしれない。
いな、すでにその扉のノブを手にしているのかも知れない。
 必ず治る。同志がそれを信じてあげずして、誰が信じてあげることができるのでしょう。
なれば、あなたは『精神疾患』の罹患者として、モデラーとして。
『妙法』の名のもと、全人類の中から最新疾患という病を克服するために、大聖人より選ばれた余りにも崇高な使命をになった体験者なのではないのでしょうか。
あなたは胸を張って叫んでいいのです。「わたしは、大聖人に選ばれて精神疾患を体験しているのだ」と。
笑いたい輩は笑わしておけばいいのです。
そんな下劣の輩の人生は惨めなのです
大聖人はお許しにならないのです。

 どうか生きて生きて生き抜いてください。
『縦い頸をば、鋸にて引き切り、どうをばひきほこをもって、つつき、足にほだしを打ってきりを以てもむとも、命のかよはんほどは」生きぬいてください。
 使命に生きる人生が、どれほど崇高なものであるかを、創価の同志は知っているのです。

               真実を語るちよブログ住人 赤鬼

そして、私のブログにコメントしてくれた、ランさん
いつも明るく聡明で、大好きな人の一人ですが、意外な事実が、発覚
話してみないと、分からないね

Commented by ラン at 2014-04-23 07:37 x
横から失礼します(__)
どんな理由があろうと、人をイジメるのは絶対にダメだと思う。
それを放置しておくのは寛容でもなんでもないと思います。

私はアトピーで子どものころひどいイジメにあいました。
心が救われたのは、大人になってから読んだ池田先生の『希望対話』↓の本でした。

【だれだって完全な人間なんていない。欠点だらけです。だからといってその人を『いじめていい』ことになりますか。そんなことを言ったらいじめている側のほうが、よっぽど不完全で卑怯ではないか。人間として最低でしょう。

『いじめられる側にも原因があるというのは、いじめる人につごうがいいからそういうのです。
また、いじめを『見て見ぬふり』をしている人が自分の勇気のなさをごまかす『言いわけ』です。
私はそう思う。

それじゃ、いじめている人間が『強い人間なのか』そうじゃないでしょう。人を苦しめる人間のどこが強いのですか。人間として、一番弱い、一番醜い心ではないですか。自分で自分の醜い心に負けている『弱い人間』ではないですか。

そういう暴力人間を『強い』ように勘違いしているところに『いじめ』の根源がある。日本社会の狂いがある】(希望対話より抜粋)

Commented by tomotiyoo at 2014-04-23 07:49 x
ランさん ありがとう
辛い思い出話してくれて

私は、もといじめっこ
いじめは、いじめるほうが100%悪い
先生の言葉で、いじめなくなる自分を、考えました
自分自身に不満があるから、人をいじめてしまうのです
今でも、知らずにいじめている事があります
どうか、私の心のいじめを観たとき、
「ちよさん それはいじめだよ」って 言ってくださいね


何を持っていじめとするのか?
いじめっ子は、ずるくて、人の目を盗んで裏で攻撃するから周りから分かりづらい
悪口を言ったり、デマを流したりする
(2013年聖教新聞PR版 秋季号)

はた京阪さんから
いつかは、こちらも一切のストーリーをまとめ上げ、
その鼻をヘシ折って差し上げる所存なので、
いまだその姿勢をあらためない限り、お覚悟を召されたし。

いつになっても必ずやる。

これは、いじめでなく、脅しとも取れる

今、私がやっていることは、果たして、いじめなのだろうか?
私はただの、喧嘩だと思っている
私は、いじめっ子だったけど、弱いものいじめは、一度もした覚えがない
だから、お互い、言い合えばいい
そして、時期が来たら、やめればいい
そう思っている
確か、去年も11.18と言う大事な時期だったと思う
そして、暮れには一度終わらせると、約束したような・・・
そして、5.3を迎えようとしているこの時だからこそ、表に出して、しっかりと皆さんにも、こういう事が水面下で行われていると言う事実を知っていただきたかっただけだ
人間の怒りは、自分でしかおさめる事ができない
私は、お陰さまで、怒りはもうすっかり消えているのですが・・・
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Commented by 父母への恩 at 2014-04-25 07:36 x
皆様、はじめまして。
お邪魔します。

ちよさん、おはようございます。
一つ前の記事から、書き込みさせて頂き、引き続き、失礼します。
これは、つまり喧嘩でしょうね、(^^)
Commented by ちよ at 2014-04-25 07:49 x
でしょ(笑)
Commented by 久遠の凡夫 at 2015-03-22 15:58 x
私も元鬱病です。今ではすっかり楽天家です。
むしろ、自分を悪く言う人がいたら、その人の身を案じて心配するくらいです。

ところで、「幸福と平和を創る智慧」の第一部下、または大白の、2014年12月号105ページに、病の修行僧と釈尊の弟子たちの話がありましたが、

これは、イジメの話でも同じことが言えると思いました。

以前に、先生が「イジメは、イジメる側が100%悪い」(「青年抄」34ページなど)とおっしゃっていたときに、イジメられる側にも悪業などの理由があるのに、なぜこんなことをおっしゃったのだろう? と疑問を感じ、深く考えて、「見捨てることに理由を与えてはいけない。」この結論に至りました。
Commented by tomotiyoo at 2015-03-22 17:37
久遠の凡夫さん
あなたも元鬱病でしたか

「病の修行僧と釈尊の弟子たちの話」
確か2年ぐらい前の SGI提言の中にもあったと思います
私 この頃は まだ 自業自得みたいな考えが強かったのですが 考え方を改めようと思いました
イジメに対してもそうです
私がしていることは イジメなのかどうか?
自分に問いながら生きています
by tomotiyoo | 2014-04-25 00:00 | Comments(4)