うるとら家族の体験 1

交流座談会での 息子さんの発表です

僕の おじいちゃんは僕と同じ小学生の時に戦争があり学童疎開しました。

戦争は二度としてはいけないとお父さんに、
そしてお父さんは僕に話したおじいちゃんの話しを聞いて下さい。



太平洋戦争末期、学童疎開船対馬丸がアメリカ潜水艦の魚雷攻撃で沈没し
1400人余りの子どもの命が犠牲となりました。

おじいちゃんのお父さんはハワイに移民していました。
竹槍で訓練しているのを、ひいおじいちゃんはアメリカの機関銃に
勝てるわけがないと言っていたそうです。
まわりの人はスパイと思われるとヒヤヒヤしていました。
アメリカに勝てるわけがないと思っていた、ひいおじいちゃんは、
おじいちゃんを船に乗せました。

おじいちゃんは対馬丸が沈没した一週間後に熊本に疎開しました。
熊本に向かう途中、対馬丸が沈没した海では子ども達の洋服荷物、サ
メに食いちぎられた子ども達が漂流していました。


沖縄を発ときの荷物制限があり冬物がなく熊本は寒くて寒くて
どうしょうもありませんでした。

帽子を落とし、拾うふりをして道端に落ちていたみかんの皮を食べたり、
駅のゴミ箱を漁っていました。
それを引率の先生に見られて「
馬鹿やろう。お前は犬か」と物凄く怒られました。
風呂に入れずシラミが発生して空腹を忘れようと早く寝床に就いても、
かゆくて眠れない日々がありました。

親に助けを求めたくても親は米軍の機関銃から逃げまわっていました。
生きているのか死んでいるのか、何も分かりませんでした。

空腹、寒さに耐え忍んでいることを知った近くの婦人会が、食料、古着、
布団などを届けてくれおじいちゃんは涙ぐみながら感謝していました。

 初めて見る雪に感動し見とれてしまい掃除をしなかった罰として
沖縄の生徒全員、冷たい土の上に正座を命じられました。
それを2階から見ていた高等科の女生徒が「これを足の下に敷きなさい」と
つぎつぎと頭を守る大切な防空頭巾を投げ落としてくれました。
お風呂に入らず霜焼けで汚れた足の下に敷きなさいと防空頭巾を渡してくれた
女生徒のやさしさをおじいちゃんは生涯忘れる事はありませんでした。


 遠足のときの事です。
食べるものがなく木陰でじっとしている沖縄の生徒に気づいた
同級生の淳一さんが 皆に呼びかけ弁当を分けてもらいました。
おじいちゃんは、とてもうれしかったのでしょう。
慰霊の日には涙を浮かべながら、このことを何度も何度もお父さんに話しました。

シラミでかゆくて我慢できず、お金を払わず、こっそり入浴した
おじいちゃんたちを見て見ぬ振りをしてくれた

 さくら湯の番頭さん、いつも援助してくれた熊本の皆さん、
おじいちゃんが大変お世話になりました。
心より感謝申し上げます。 有難うございました。


おじいちゃんは熊本の人に感謝していました。
高校野球は熊本の代表がでると一生懸命応援していました。

おじいちゃんのことをお父さんは僕に伝えてくれました。
今度は僕の番です。

戦争は絶対にダメだとのおじいちゃんの思いを伝えていきます。
聞いてくれてありがとうございました。





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by tomotiyoo | 2015-10-19 00:00 | Comments(30)

Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 05:27
おはようございます
まだ 真っ暗ですね
冬の準備は できましたか?
うちも 大好きなコタツをだしました
♪ちよは コタツで丸くなる♪にならないようにします

うるとらまんジュニア 立派にお話できましたよ
わが地区は 小学生は1人だけ
親御さんは 仕事が遅いので なかなか会合には出られません
余計に皆さん喜んでくれたと思います
Commented by 糸吉 at 2015-10-19 07:35 x
こうやって、次世代に戦争体験を伝えることが大事ですよね。
おじいちゃんおばあちゃんとお話しする機会も少なくなってきたので、私も孫に母の体験を伝えていこうと思ってます。

話は変わりますが昨日大誓堂へ行ってきました。
この日のために決意した100人に啓蒙の話を友人に挑戦しようとしたものです。
結果13部53Pでした。
ありがとうございました。
ちよさん、ちよさんからの提案旦那と勤行をする。
これもちゃんとやっています。
旦那も変わり始めました。
任用試験をだんなが受けるので私もがんばらなくちゃ。

そして、同盟唱題、短い間ですがお世話になりました。一度区切りをつけますね。
朝の貴重な時間ご一緒にできたこと貴重な体験です。本当にありがとうございました。

同盟唱題ほんとうに感謝しています。
ちよさん心からありがとうございました。

これからも時々コメントさせていただきますね。
宜しくお願い致します。



Commented by うるとらまん at 2015-10-19 07:58 x
糸吉さん
 13部53Pおめでとうございます。お疲れ様!
素晴らしいです。

ちよさん、ありがとうございます。亡き両親が喜んでいると思います。
Commented by 糸吉 at 2015-10-19 09:07 x
うるとらまんさん
早速のコメント大変にありがとうございます。
ご両親への親孝行ですね。

ちよさんお風邪大丈夫ですか?
ここんところの寒暖の差で風邪ひいてる人たくさんいます。
私はインフルの予防接種足らない一歩手前で
受けることができました。有難いことです。

大誓堂行ってきてから、自分に自信がつきました。
なんだろう?不思議です。
こんどはゆっくり東京見物しに行きたいです。
私 浅草の自分専用の耳かきがほしいんですよ。

Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 09:17
糸吉さん おはよ~
今日まで ありがとうございました
最終日 風邪でできなかったけど 旦那さんと二人三脚で 一家和楽の信心 目指していってくださいね
糸吉さんなら 大丈夫!
大変な病気を克服しているんだもの
あとは 持続の信心 貫いていってください
新聞啓蒙も 凄い!
旦那さんの任用と 楽しみいっぱいですね
息子さんと お嫁ちゃん お孫ちゃんと 仲良く歩んでください
コメントいつでもお待ちしてます
みんなの希望になってますよ

浅草で 耳かき(笑)
どこだろう?
一緒に連れてって~~~~\(^o^)/
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 09:31
うるとらまんさん 戦争体験は いつまでも語り継がなくてはいけませんね
もう 何年も前ですが(何十年かな?)池袋のサンシャインで女たちの太平洋戦争だったかな~?展示を見に行きました
当時の沖縄の人達は まだ 思い出したくもない
語るなんてできない という方が多く
いらっしゃったようです
辛い体験を口にするのは 勇気のいる事です
その ご両親の勇気に感謝
戦争は絶対悪を 若い人たちに語り継いでいきますね
ジュニアと 奥さんに くれぐれもよろしくね~
今日の名字の言福島さんが載ってますね
絶望=苦悩-意味から
意味=苦悩+希望
うるとらまんさん一家の事と 思いました
私も 人間として生まれた意味を 問いながら
妙音会の事も いつも意識しながら 生きていきますね
私は 手話は とっても苦手だけど(未だに名前ができない チューハイは覚えた(笑)) 地区の 統合失調症だったTちゃんが 今勉強中で楽しいと言ってました
これで 2人に増えたので 今度東京に来る時は
Mさんのお宅で3人で手話談義でもして下さいね


Commented by 糸吉 at 2015-10-19 09:53 x
耳かき友達に教えてもらったのですが、巣鴨というところでした。浅草と違うんですよね。刺抜き地蔵というらしい。なんかこういいうのみんな いっしょくたにしてるもんで、浅草と巣鴨場所は違うんでしょうが
学会一筋なんで、間違えました。ごめんなさい。
風邪お大事にーーーー。
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 10:03
シャコタン やってる!やってる~!
糸吉さんに 少女といわれました(笑)
でも付き合うと 単なるおばちゃん(大笑)
「あるこ~でメイちゃん」
わからん(笑)
教えて~!
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 10:07
糸吉さん 巣鴨ですか~
ここは 東京戸田記念講堂があるところですよ~
風邪 ボチボチ 治します
よく寝て あったかいもの食べて・・・
葛根湯は あんまり効かん!(笑)
動物病院じゃないと ダメかな?
Commented by 福島の壮年 at 2015-10-19 11:10 x
戦争ほど残酷なものはない。
戦争ほど悲惨なものはない。

そして、そのことを実感できる話を聞く
ことは、極めて貴重なことです。

そういう時代であったとはいえ・・・

空腹に耐えかねて駅のゴミ箱を漁っていた
生徒を「馬鹿やろう。お前は犬か」と怒る
引率の教師。

空腹、寒さに耐え忍んでいることを知って
食料、古着、布団などを届けてくれた近くの
婦人会。

どちらが人として立派か。

初めて見る雪に感動して掃除をしなかった
沖縄の生徒全員に、罰として冷たい土上に
正座を命じた教師。

「これを足の下に敷きなさい」と、自分の身を
守るための防空頭巾を投げ落としてくれた
高等科の女生徒。

どちらが立派か。

「教師」の本分まで狂わせるもの。
それが戦争。

そういう中で、ひもじい思いをしている
他所から来た子どもたちに救いの手を
差し延べる人たちがいる。
自分たちも困っているのに。

楽しい筈の遠足。
食べるものがなく木陰でじっとしている
沖縄の生徒。
同級生が皆に呼びかけ弁当を分けてくれた。
シラミでかゆくて我慢できず、お金を払わず、
こっそり入浴したおじいちゃんたちを見て
見ぬ振りをしてくれた銭湯の主。

立場や地位ではなく、極限の苦しさの中でこそ
一人ひとりの人間性が分かるものですね。

今、欧州で問題化している「難民」の扱いは、
百年も経たぬ前の「日本の姿」だったのです。
Commented by 福島の壮年 at 2015-10-19 12:03 x
糸吉さん
それは多分、
『おばあちゃんの原宿「巣鴨地蔵通商店街」』
にある「原田耳かき店」さんですね。
(私のHNクリック)

かなり高価な耳かきがあって、私なんかには
手が出ませんが、ここのじゃなきゃだめだと、
遠くから買い求めに来る方もいるそうです。

テレビでも取上げられていましたね。
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 12:28
福島の壮年さん
本当に そういう事だと思います
戦争の悲劇 これは 心も壊れてしまうという事だと・・

耳かきの 情報 ありがとうございます
実は 浅草にも 夜店でやっていたところはありました
しかし 不定期なので・・・
私 耳かきするのも されるのも 大好きなんです(笑)
うちの耳かきは もっぱら キティちゃんですが・・・
Commented by 青雲 at 2015-10-19 12:59 x
沖縄から東京にいらっしゃって体験発表された内容いいですね。わたしは耳かきは綿棒のみ派です。
Commented by シャコタン at 2015-10-19 13:02 x
エッ 、ちよさん、PCの事くわしくないけど、ちよさんのブログのトップ?に、となりのトトロの「さんぽ」
の動画が載ってあって、あるこーから始まりわたしわ~げんきーっ♪てメイちゃんが歩いているよ。 
ちよさんのおかげおかげって、私も一緒に足踏み(笑)
「心は娘、体はおばはん」ですけど~^^
Commented by かっこちゃん at 2015-10-19 13:25 x
ちよさん、皆さんこんにちは。

私も、小さいころ祖父に戦争の話を聞きました。
うるとらまんさんの、息子さん素晴らしいですね
ちゃんと、真実を伝えていかなければと・・・
色々重なって、涙なしでは読めなかった・・・
真実をしっかり受け止め、伝えていける未来の子供達が沢山
いてくれるといいのに、
心より祈ります。

ちよさん、何時も貴重な時間ありがとうございます。
やっぱり、届かないのかな?
エラーにはなってなかったんです。

Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 13:45
青雲さんは 綿棒派ですか~
私は 両刀使いです(笑)
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 13:49
シャコタン そのメイちゃんでしたか~
あ~ どっかの記事で載せましたね
お出かけの記事かな~?
そう言えば 以前 バカボンパパの家には トトロと
巨大ネズミ男がいました
バカボンパパ イベントやさんに勤めてて スタジオジブリなどと 関係があったんです
シャコタンも 元喜でいいね!
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 13:52
かっこちゃん ごめんね~
もう一度 非公開で メアドを入れてみてくださいますか?
できれば うるとらまんさんとも 友人になっていただきたいです
私が出来るのは 励ましと 人と人との橋渡し
そして 情報の共有
こんな事しかできません

お手数ですが よろしくお願いします
Commented at 2015-10-19 14:45 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 久遠の凡夫 at 2015-10-19 15:33 x
今月の大白10月号拝読御書のQ&Aに、「他人の体験を語ってもいい。」とありましたが、まさにこれがそうですよね。
自身の体験だけなら、日本の若者は、戦争を語れなくなります。
最近、座談会で、三代会長の歴史を知らない若者が、増えたことに痛感したばかりです。
なので、一人でも多くに語っていきたいと思います。

「絶望とは、無意味な苦悩である」を、どこかで見かけましたが、ホロコースト展であってましたっけ。

私は、柴又は浅草だと思ってました(笑)
Commented by 糸吉 at 2015-10-19 16:18 x
耳かきの情報ありがとうございました。
本日福島の壮年さんのブログ覗きましたが
耳かきでした。
普通のはどこからはいるのですか?
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 18:28
桜さんからです
 戦争はどの話を聞いても残酷ですね。人の生命を奪うんですから。戦争で生き残った方も、一生傷は消えないと聞きますよね。一人の生命も尊いものなのに、戦争は全ての理に反してるからでしょうね。

それから、うるとらまんさんのお子さん凄いですね!使命を持っていられますね。
戦争の悲惨さを教わり知り「いけないことだ」と認識したから、お子さんは使命感を自覚し話されているんでしょうね。
未来で同じようなことが起きたら嫌だって、素直に思います。大人でもそうです。
 おじいさんが疎開先の方から優しくされた話は特に感動しました。
困っていたら助け合うこと、多分普通のことですが、助けられた人はずっと忘れないんですよね。助けた人も同じだと思います。

(続く)

Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 18:28
私の祖父は戦争で何ヵ国も回され、終戦をビルマでむかえた人。戦争の事は涙を浮かべながら話していました。
ビルマはひどい戦争だったそうで、生き残ったのは何人もいなかったそう。私が祖父から聞いた戦争体験は、ほんの一部と思います。
でも、どれほど残酷なものか想像できます。以下は祖父の話からです。

・マラリアにかかり高熱が出て全身がバタバタし、全身を他の兵隊に押さえつけられて毎夜を過ごしたこと。マラリアにかかった人の中には、耐えきれず、飛び降りたり自害した人がいた。

・一緒に行った仲間が撃たれても、助けていたら自分がやられるから、助けられなかった。

・人を殺したショックで狂っておかしくなった人、病気になった人、自害した人もいた。

・歩きすぎて靴がぼろぼろで履けくなり、死んだ兵隊さんの靴を履いたこと。

・冬場は寒くて仕方なく、亡くなっている人にかけてあった毛布を借り、寒さをしのいだ。

・現地の捕虜になった時、何かしらの疑惑をかけられ、兵隊達は並べられ、指を指された人は連れていかれ殺されたこと。それが何回もありとても怖かった。

・食べるものがなく空腹をしのぐため、壁、土、虫、何でも食べた。また言えないことも沢山あった。人を食べたことは最近になり公言する人がでてきたから言えたこと。

・そんな中どんな思いで毎日過ごしたのか聞くと 「とにかく生きて帰りたい!いつもそれしかなかった」と。

・一番悲しかった、悔しかったことは、終戦のとき見渡す限り死体のなかを、ヘリコプターへ向かって歩いたときだったそうです。

「だから絶対に戦争はやっていけない」「いいことなんて絶対に何もない」と言ってました。

こうした事を多くの人が知ることで、未然に争いを防ぐきっかけになり、命や普通の生活の大切さ、様々なことが解るんでしょうね。
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 18:30
非公開さん どうでしょう?
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 18:31
久遠の凡夫さん
私は気づきませんでした
Commented by tomotiyoo at 2015-10-19 18:36
桜さん 貴重なおじいさんの体験 ありがとうございました
Commented by 青雲 at 2015-10-20 09:30 x
ちよさんは宮本武蔵なんですね(笑)
Commented by tomotiyoo at 2015-10-20 12:27
青雲さん よく分かんない~(笑)
綿棒と 耳かきの~?(笑)
実は 母の旧姓は 宮本でした
Commented at 2015-10-20 14:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by tomotiyoo at 2015-10-20 20:38
非公開さん
会社で 新しいPC ラッキ-じゃん
仕事も サクサク
内緒と 公開と わけて 入れてくれたら 有難いです