折伏

問 折伏謗法とはいかなる事か。


1 折伏
人に教ゆるには硬軟二つの方法をつかいますが、普通は自分の態度は柔和で相手が
どんな事をしむけても決して怒らないで、言語を優しくして気長に教え説いて相手方を自然に納得せしめて引き入れる、いわゆる「摂受」の方法があります、
この方法は普通宗門では採っておりません。しかし折伏という事は前にも(第五回訊問)
申し上げたとおり、相手方の反対を押し切って信仰せしめる事で、法華経特有の言葉であり
方法であります。
末法の世に生を享ける者は、世間一般の習慣に支配されて知らず識らずの内に根性が
歪められた結果、事法華経に関する限り名前を聞いただけで反対し、怨嫉み、
認識しない中に評価し悪口し賓斥して信じないのみか、反感を抱く事は経文の予言どおりで
あります。
「彼が為めに悪を除くは即ち彼が親なり」と大慈悲の親心を披瀝して信仰心を起こさせて
やらねばならぬと説かれているので、彼の考えの間違いを折破(しゃくは)して、
本心を覚醒させる事を意味しております。
末法の悪・国家悪時代においては、摂受の如きなま優しき手段では到底駄目で
有りますから、例え相手が反対しても、それを押し切って信仰に導入しなければなりません。
しかし、宗門で教化に用うる折伏は、おもに言論で挫くも破るも伏するも皆思想的であり、精神でありますから、肉体を損なうことはありせん。
それでは徹底せん事もありますので、硬教育には拳骨の必要もある如く、御釈迦様の、
涅槃経の中の有徳王が覚徳比丘を守護して悪僧悪俗と戦われた事、宗祖様の、
本尊抄の中の賢王と成って愚王を誡責するといわゆるるところには、国家の兵権を
行使しても、悪王謗国を責むる折伏する事をいってあります。極端かは知らぬが、
ここに折伏の徹底を見るのであるが、これは仏法守護の大任に当れる国権者のことで、
兵権を持たぬ腕力に乏しい今日の組織の宗団では、不可能の事に属します。

2 謗法
謗法という事は法に背き。または法を謗る事であります。
口に出しいうばかりではなく、腹の中で善くないと思うたり、顔をしかめて嫌がったり、
怠けたり、解け無かったりする事が皆謗法であります。
人間の本心は因果の法則に従って生活するのが当然であり、しからば不幸は免れ
幸福に暮らせるのであります。
世間的な毀誉褒貶に気兼ねして、悪くはないが、善もしない、いわゆる世間並に暮せば
それに足れりとして、小善に止まり 甚しきに至っては法律に触れさえしなければ
何をしても良いという生活をすべて謗法と申します。
もちろん大小無数の階級があります。小悪でも地位が高まれば、その害毒は多いから
謗法の罪も大なりと申しております。
いわんや地位の高いものが大法に背くにおいておやであります。また法を司る司法官が
法に背くと同様に仏法に背くを大謗と申します。






【解説】
前の答えの最後のところに、「宗門が採用してきた謗法折伏の信念は誠に強烈なもので」とあるのを受けて、創価教育学会が行ってきた宗教活動を聞くための訊問でえる。
一つ一つ証拠を固めていこうという取締官の様子が感じられる。
それに対して牧口先生は、国家権力にて、一歩も引くことなく厳しく対応していく。
おそらく先生の日頃の折伏はこんな状況だったろうと思われる。
当然、この答えは、「折伏」と「謗法」に分かれる
「折伏」については、「前にも(第五回訊問)申上げたとおり」とあるように、
すでに一度答えている。
ここでは「相手方の反対を押し切って信仰せしめる事」と述べている。
「法華経特有の言葉であり方法」と、あるが、折伏という言葉は「法華経」では
使用されいない。
しかし、天台の「法華玄義」の中には「法華折伏破権門理」という言葉があり、
「法華経」は「涅槃経」などの摂受の行ではなく、折伏行を根本としたうえで、
権教の理を打ち破っていくと説明している。
その解釈を日蓮大聖人も継承して、「法華経」を信仰するということは
折伏行をすることだとされたのでえる。
ちなみに「摂受」とは、相手の誤りを容認しつつ少しずつ導き、正法に入らせることをいう。
「『彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり』と大慈悲の親心を披瀝して
信仰心を起こさせてやらねばならぬと説かれているので、彼の考えの間違いを折破して、
本心を覚醒させる事を意味しております」と牧口先生は説明しているが、この訊問に
答えることを通して、牧口先生はまさに相手の考えの間違いを折破して、
本心を覚醒させようとしているのである。
訊問を上手に切り抜けようなどとは露ほども考えていない。
「大慈悲の親心」をもって取調官に法を説いているのである。
なお、「彼が・・・親なり」は章安の『大般涅槃経疏』の文である。
次に、折伏は思想的なものであるから、肉体を損なうことはないと、折伏が暴力でないことを明らかにしている。
ただし、仏法の中に説かれた例として、『涅槃経』に説かれる有徳王が、
多くの破戒の悪僧と戦い、正法を護持する覚徳比丘を守ったことをあげている。
有徳王は釈尊の菩薩修業中の過去の因位の姿。
日蓮大聖人はこのことから、正法が滅亡しようとする時に、武力によって正法を守ることは
折伏の行為であるとしている。
「本尊抄」とは「観心本尊抄」のことで、最後のほうに、
「此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す」(御書二五四ページ)とある。
「これは仏法守護の大任に当れる国権者の事で」と、牧口先生は念を押しているが、
ここでの国権者とは天皇を指している。
牧口先生は、当時の社会情勢に即して、天皇が正法に帰依することまで想定していたと思われる。
また民衆の幸福のために、そうなることを願っていたともとれる。
しかし、「兵権(軍事権)を持った国権者が仏法を守護して戦う」というイメージが
牧口先生の心の中にあったとも思えないので、「折伏」という言葉を暴力に
結び付けるかもしれない取調官の心配を取り除くために、このように答えたのかもしれない。
謗法についての牧口先生の考えは厳しく、「世間的な毀誉褒貶に気兼ねして、
悪くはないが、善もしない、いわゆる世間並に暮せばそれで足れりとして、小善に止まり甚しきに至っては法律に触れさえしなければ何をしても良いという生活をすべて謗法と申します」と、生き方そのものまで及んた解釈をしめしている。
牧口先生は座談会などで、よく「善を行わないのは、悪をなすのと、結果において等しいから、不善は悪である」と指導し、悪に立ち向かう勇気を持つ必要を強調していた。
最後の一言は強烈で、「いわんや地位の高いものが大法に背くにおいておやであります。
また法を司る司法官が法に背くと同様に仏法に背くを大謗と申します」と。
地位の高いものとは誰を指すのであろうか。
法を司るとは取調官そのものにも向けられた言葉である。
「大謗」といわれた取調官は、いったいどのような対応をしたのであろうか。

「牧口常三郎 獄中の闘い 訊問調書と獄中書簡を読む」より抜粋

これは 以前メールでいただいたものです(私は根性なしなので このような長い文は打てません)

「世間的な毀誉褒貶に気兼ねして、悪くはないが、善もしない、いわゆる世間並に暮せば
それに足れりとして、小善に止まり 甚しきに至っては法律に触れさえしなければ
何をしても良いという生活をすべて謗法と申します。」

私は この言葉が大好きです
他にも ネットの中には この言葉が好きそうな人がいますが その方は 果たしてどのような善をされているのか?みなさんもそう思っていることと思います
私も この言葉に恥じぬよう 大善生活をしていきます
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Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 05:27
おはようございます
真っ暗です(笑)
寒いですね
風邪などひかぬよう 気をつけてください
Commented at 2015-10-24 06:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 07:12
非公開さん おはようございます
なぜ非公開?(笑)
答えは 非公開でお願いします(大笑)
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 07:27
国連デー おめでとうございます

第2総東京婦人部の日 おめでとうございます
いいところですよ
http://www.tokyo2-soka.jp/

「因果倶時の妙法だ。今の奮闘によって
 幸福と功徳の根は 揺るぎなくはっていく。
 確信を抱き進もう!」

戸田先生も 偉い人は 確信のある人って 言ってたもんね

『「がんになりました」
 「でも心配しないで下さい。
  最高の信仰体験にしてみせます」』
でも たまには 心配してあげてね と思ったのは
私だけ?(笑)

「悩んでも屈しない人こそ誠に崇高━詩人(ロングフェロー)」
信仰とは 屈しない事!
Commented at 2015-10-24 07:50 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by シャコタン at 2015-10-24 08:25 x
おはよ~ 
今日もすごい記事ですね。 
少しでも自分のものにして行こうー!

私も池田先生の昭和41年発行の「指導メモ」
表紙中身、飴色だけど今夢中になっています。

ちよさんいつも色んな事教えてくれてありがとね~^^
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 09:14
非公開さん そうでしたか
「 」をつけて 掲載元を( )で入れていただければ
何の問題もないですよ
法律の詳しい人に聞きました
もっと知りたければ 非公開で メアドを入れていただければ 詳しい事をお教えします
ありがとうございます
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 09:19
シャコタン おはよ~
「自分のものにする」
これ 大事ですね~

指導メモ 今度教えてください
シャコタンも 入会は古いのかな~?
年がばれるか~
ちなみに 私は昭和35年12月です
あの頃はね~ 覚えてるわけないよ(笑)

教えてくれてのは 牧口先生
打ってくれたのは ハピちゃん
私は 情報を流すだけ~(笑)
学んでくれて ありがとう
Commented by シャコタン at 2015-10-24 09:39 x
(爆)もうばればれ
そこは、おいといて~わたしは二世なのです
だから入信は、前世になるのかな?(笑)
この歳で、やっと組織の事で悩めるようになったので 
両親の残した「指導メモ」とっても新鮮です

今度、時間があるとき折りを見て打たせてくださいね。

ありがとう。
Commented by 久遠の凡夫 at 2015-10-24 10:16 x
〉私は 情報を流すだけ~(笑)

それを世間では、「遣使還告(けんしげんごう)」と言います

池田先生の寿量品講義おもしろいですね。

問うて曰く此の経文の遣使還告は如何、答えて曰く四依なり四依に四類有り、(略)
四に本門の四依は地涌千界末法の始に必ず出現す可し今の遣使還告は地涌なり是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり
「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」251ページ
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 10:28
久遠の凡夫さん 詳しい~
にょらいめつご ごのごひゃくさいにはじむ
かんじんのほんぞんしょう ですね~(笑)
拘るでしょ(大笑)
信心への拘りは 一生やっていきたいです

寿量品講義読んでいると たまに 長行やりたくなります
で・・・やります(笑)
私の葬式には 長行もやってほしいな

話は変わるけど 今日は社会部の日ですか?
まだ 新聞全部読めてないので・・・
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 10:33
シャコタンも 2世でしたか~
私は 偽にならないようにします
組織の事で悩めるって 最高ですね
今私は 自分の地区が 世界一って思えるようになりました
ここへ越して来て 5年になるんです
悩んで 何年だろう?
お題目のリズムが変わったら 一気に変わりました
先生と呼吸を合わせる 大事ですね
Commented by 久遠の凡夫 at 2015-10-24 10:40 x
シャコタンさん
〉だから入信は、前世になるのかな?(笑)

最初の入信ということであれば、多分、久遠の昔、宇宙と生命が始まる無始の瞬間、大聖人様とみんなで、「全宇宙広宣流布やるぞー」「おー」と、久遠の誓いをやったときが、最初の入信じゃないかなあ。と思います。

ただ、忙しかったりして、信心から離れてしまった人も、たくさんいますし、今世や前世で、久しぶりに信心を再開しました。という人も、結構多いと思います。
Commented by シャコタン at 2015-10-24 11:41 x
おお~久遠の凡夫さん。^^
 
入信と言うとそうなるとおもいます。
入会と言うと昭和35年10月です。
私も偽にならない様にします(笑) 

久遠の凡夫さんのコメ、 
いつも興味深く拝見させて
頂いてまーす。^^
Commented by tomotiyoo at 2015-10-24 13:15
地震です 大丈夫ですか?
by tomotiyoo | 2015-10-24 00:36 | Comments(15)