真実を語る

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赤鬼さんの質問から

「勧持品の「数数見擯出」の次下の文を。
正式には、「数数見擯出遠離於塔寺」とあります。
本来この文は切り離すことができません。では、大聖には何故諸御書に、
「数数見擯出」のみを強調され「出遠離於塔寺」は省略されているのか。
オラの推測の域を出ないが、大聖人の一生において「塔寺」なるものに安住されていない
(大聖人の居所は鎌倉・名越領の松葉ケ谷の草庵と甲斐・南部郷の波木井の草庵で搭寺といえるものではない)ためではなかろうか。」

との質問に

『流罪の事を話すのに 特に大事な事は「数数見擯出」であって 
「遠離於塔寺」寺から離されるというのは
あえて言う必要がないと考えたのではないでしょうか
ポイントをおさえた方が 分かりやすいということでしょうね』
との お返事でした



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Commented by 福島の壮年 at 2015-12-02 15:01 x
そういうことでしょうね。
ありがとうございます。
Commented by tomotiyoo at 2015-12-02 16:02
ですよね
いえいえ こちらこそ いつもありがとうございます
Commented by 永遠の凡夫 at 2015-12-02 21:18 x
正像時代は、寺にいられなくなるだけで大事だったかもしれませんね。
末法の大聖人は、島流しまでなりましたね。
by tomotiyoo | 2015-12-02 14:16 | Comments(3)

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