「修羅のスイッチ」

コメントを下さる方から 「修羅のスイッチ」なる言葉を教えて頂いた
私が 以前から 不思議に思っていたこと
それは 人それぞれ「修羅のスイッチ」が違うという事

そもそも 修羅とは
「修羅とは、もともとは阿修羅といい、争いを好むインドの神の名です。
自分を他者と比較し、常に他者に勝ろうとする「勝他の念」を強くもっているのが修羅界の特徴です。
この修羅界は自我意識が強い分だけ三悪道を越えているといえますが根本は苦しみを伴う不幸な境涯なので、
三悪道に修羅界を加えて「四悪趣」ともいいます。」
(創価ネットより)

では 修羅は 何故出てくるのか?
縁に 依って出るわけですよね

「あなたが そう思うのであれば 本名で お願いします
聞きたい人には お教えします
唱題したいので では〜 」

この言葉を 修羅と 表現する人が いらっしゃいました
私には これが 理解できないのです

しかし この事で 私には 基本 甘えがあるという事に 気づきました
信心をしているんだもん
こんな事ぐらいで 怒らないよね
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \と 笑い飛ばせるよね と
自分の修羅は お題目をあげていきました
今では 勝他の念は ほとんどありません
私の 意図することが 相手に通じないと「イラッ」とする事はありますが 修羅ではありません(笑)

このブログを立ち上げたのは ある意味 喧嘩をするためのものでした
喧嘩って そんなにいけない事でしょうか?
学会員が 喧嘩をしたら可笑しい?(笑)
そんな事はないと思います
その 喧嘩のおかげで お題目もたくさんあげられたし ブログを立ち上げたおかげで 友人も たくさんできたし
規則正しい生活になったし 御書も 新聞も 大白も 今までより よく読むようになったし いい事尽くしなのです
だから 喧嘩相手の方には 本当に感謝なのです

私は 基本 今は 喧嘩を売ろうとして相手に近づくわけではなく 友達になりたいと思うのです
ある 友人が言ってくれました

ちよさんは 「来るものは拒まず 去るものは忘れず」だよね と

また 別の友人は こんなことも言ってくれました

「相手への配慮が足りんと言われるかも知れへん。
けど決して悪気があって言うてるんちゃう。

どんなときも
誰に対しても

『ホンネ』

で向き合いたいねんな。

なかなか分かってもらえへん人もいるけど。
ねばり強く対話していって。」って

この友とも しょっちゅう 喧嘩してました(笑)
でも だからこそ 分かってもらえてたんだな〜って 嬉しく思ったよ

人間 合う合わないがあります
組織の中では 嫌いな人は いてもいい
でも それを理由に 退転することは愚かだよ と 言うことですね
そして 現実の中で 人間革命していくには そりの合わない人とも 上手にお付き合いしていくことも大事ですよね
そうでなければ 折伏もできませんから(笑)

私は 元 「いじめらっれっこ」 そして 「いじめっこ」
今は いじめるという連鎖は 絶対にしてはいけないと思っています
しかし 人間の感情というものは 不思議なもので こっちがいじめているつもりはなくても
いじめられたと 感じてしまう人がいるのも事実です
恐怖は 縁でもなく 自分の心に 巣くうものです

怒るという感覚も 人によって違います
(笑)〜 顔晴る
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ 
そんな 表現に それぞれ 怒る人もいます
う○この絵で 叱られたこともあります
知らない方もいらっしゃるので たまには・・・ 
許して〜

この方は 猫事さんといって 私がよく読むブログのオーナーさんです


学会員さんではありません
しかし すべてが 内道の考え方なのです
私も 一学会員として 「あなたの考え方は 学会そのものです」と メッセージさせていただきました
相手が 私を嫌いかどうかは 別の話として・・・(笑)

池田先生は 一対一の対話が大事だと仰っています
なかなか 忙しくて そのような時間は取れないかもしれませんが 納得のいく対話を 心がけていきたいと思います
なお このブログの読者には アンチがいると 友人が教えてくれました
私に関わると 変な記事を書かれる恐れもあるそうです
信心の 覚悟がある人は どうってことないと思いますが 気にされる方は どうか 私のブログは避けるか
コメントを 非公開にするなど 身の安全を お考えくださいますよう よろしくお願いします


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Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 05:31
おはようございます
明日の記事にする予定ですが
えいちゃんの 体験です

http://ameblo.jp/eiyamamoto380306/entry-12162461484.html?frm_src=favoritemail

素晴らしい!

Commented by 永遠の凡夫 at 2016-05-21 05:40 x
おはようございます
朝早い勤行は気分がいいですね

〉意図することが 相手に通じないと「イラッ」とする事はありますが 修羅ではありません(笑)

自分の思い通りにいかないことに腹を立てるのは「瞋(いか)るは地獄」ですからね
「諂曲(てんごく)なるは修羅」ですから、修羅の命は勝他の念。つまり他人を怨み嫉妬する命なんでしょうね

〉学会員さんではありません
〉しかし すべてが 内道の考え方なのです

大聖人様も御書で、仏教を知らない孔子なども、法華経の命だ。とか言ってますしね。
法華経は理屈や形式ではないのでしょう
Commented by 永遠の凡夫 at 2016-05-21 05:42 x
話は変わりますが
食事をしていて、ふと牛さん豚さん鶏さん魚さんたちに感謝しました
彼らの「身の供養」のおかげで、私は生きていくことが出来ます「ありがとうございます」

勿体無くも、こんな私ですら、もし法華経の行者(仏子)ならば、彼らの身の供養の功徳は莫大なものとなるでしょう「おめでとうございます」
また、私が法華経の行者をやめてしまったのならば、彼らの尊い犠牲は無駄死にになってしまうことでしょう

そう気づいたとき、彼らの恩に報いるためにも、私は、法華経の行者であり続けなければいけないんだな。と感じました

いただきますと口で言うとき、心では南無妙法蓮華経とつぶやいてます
今日もがんばるぞ
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 07:07
凡ちゃん おはよう
イラッとした時は お題目をあげるので 煩悩即菩提になります(笑)
昔は 手が出てましたけど 何か?・・・(大笑)
3度の飯より 喧嘩が好きで・・・
遠い 遠い 昔のことですよ

「 法華経は理屈や形式ではないのでしょう 」
その通りですね
でも 凡ちゃんの言葉に 理屈っぽいな~って思うのは 諂曲かな?

食べ物の話は 公明党の食品ロスにも 繋がりますね
ありがたく いただく
残さずに・・・

今度 法華経の行者編を お願いします
こんな事をやってるよ! って 教えてね

いつもありがとう
今日も 顔晴ろうね!
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 07:24

2016-05-21 01:47:15

「失敗は成功するための特権

できれば失敗したくないだろう
失敗したら苦しむから
落ち込むから
皆に迷惑をかけるから
人から非難・中傷されるから

でも失敗しなければ成功できない
つまり失敗は成功するためには必須
避けては通れないもの

人生に取り返しのつかない失敗は
たった一つしかない
失敗したからといって
自らの命まで絶ってしまつことだ

何度も何度も失敗しても
挫折を乗り越え
成功するまで挑戦し続ける
それが成功者達の生き様だ
幸福者の哲学だ

だから失敗できることに感謝しよう

失敗は成功するための
特権なのだから
幸せへの近道となるから 」
by直太
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 07:57
土曜日だけど 8時だよ(笑)
はじめます
(-人-) 南無南無・・
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 09:18
ありがとうございました

『「いつかやろう」との 弱き一念は後退の因。
「今」動いてこそ 発展の道は開かれる。
 一日を悔いなく飾れ!」

さぁ 今日は どこへ行こうかな?
Commented by 福島の壮年 at 2016-05-21 09:27 x
香川県民謡『金比羅船々』

こんぴら船々 ♪ 追い手に 帆かけて シュラシュシュシュ ♪
回れば 四国は 讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) ♪ 金毘羅大権現(だいごんげん)
・・・ ♪ ・・・

この民謡の『シュラシュシュシュ』の『シュラ』も『修羅』ですね。

材木を伐採し、山の上から下へ運ぶために組んだ
筏のようなものを「シュラ(修羅)」というのだそうです。
この筏は、川上から川下へ、そして河口から海へと
漕ぎ出されることもあったのでしょう。

阿修羅(=阿修羅)が帝釈天に戦いを挑んだときに、
阿修羅(材木)の上に帝釈天(大石)が乗り、下へ落とすと
いうことになぞらえて唄われたものではないかという説が
あるようです。
(詳しくは知りませんが)

帝釈天も阿修羅も、もともとは天上界の衆生ですが、
帝釈天に追われて海底に棲む様になった阿修羅は、
もとの住居である天上界を再び支配しようと、常に、
帝釈天に挑みかかります。
すると、挑戦に応戦。
帝釈天は修羅の挑戦に応じて、当然、軍を起こします。
そう考えると、「戦う」という行為は、即修羅界の生命とは
言えないところもありますよね。
ただ、天界の支配権を巡る争いだから、つまるところ、
自己満足の世界でしょうか。
Commented by 赤鬼の畑 at 2016-05-21 11:07 x
お知らせします。
今日、赤鬼の奴が玉ねぎの収穫を始めました。
今年の玉ねぎは小さいと、赤鬼の奴が怒っています。
午後には地区のみんながとりにきますので、皆さんもどうぞお越しください。
Commented by 永遠の凡夫 at 2016-05-21 12:09 x
〉ありがたく いただく
残さずに・・・

でも、ラーメンのスープや、うどんのつゆまで全部飲むな。と親にたまに叱られます…(笑)

〉でも 凡ちゃんの言葉に 理屈っぽいな~って思うのは 諂曲かな?

もしかしたらそうなのかもしれません
私も、今そう言われて、あっ、と思ったのですが

それぞれの特徴、それぞれの個性
「桜梅桃李」

説法第一の人
行動第一の人
理屈第一の人
色々な人がいる
みんな違って、みんないい

これを下手に「全員、桜になるべきだ」と強制してしまったら
下手をすると、修羅の命や、他化自在(元品の無明)の命になってしまうのかもしれない

と、ふと思いました

これからの学会は「随方毘尼」ですよね
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 16:47
福島の壮年さん

いや~ 壮年さんもご存じの 香川の友人から メールが来てね
彼も 元気ですよ

「 この民謡の『シュラシュシュシュ』の『シュラ』も『修羅』ですね。」
そうなんだ~(笑)
確か 権現が どうとかって 言ってますよね
勉強になるわ~
これだから ブログはやめられない(笑)

十界互具だから 修羅も あって当然
出るタイミングと 何のためが 大事かもしれませんよね
公明議員には ある時は 修羅を出して 戦ってほしいですね
私たちも 議員の不正などには あきらめないで 修羅のイノチで戦い
法戦も デマをいう党とは 徹底的に 戦って 圧倒的勝利を導きたいと思います
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 16:50
赤鬼の畑さん お久しぶりです
昨日買った 玉ねぎも 小さかったよ
今年は どこでも 小ぶりなのかな?
熊本にも 是非 送ってあげていただきたいですね(笑)
私の頭は 最近 玉ねぎになってます
akaoni さんに よろしくお伝えくださいね
Commented by tomotiyoo at 2016-05-21 16:54
凡ちゃん こんにちは
桜梅桃李 その通りですね
日本は 個性的と言いながら その個性がただの流行りだったり・・・
組織に縛られる なんていう人も言うけど 縛っているのは 自分自身の心だもんね
凡ちゃんは 凡ちゃんらしく 喧嘩相手を(笑)見つけてね(大笑)
大いに喧嘩しながら お互い成長していきましょう
by tomotiyoo | 2016-05-21 00:11 | Comments(13)