2013年 11月 07日 ( 2 )

今は亡き、からじいの思い出(養父と一緒に折伏した人)

私たちが、折伏した人の中で、一番印象に残っている人は、私たちが、からじいと呼んでいた、70代の壮年です。
彼は、養父の友人が経営しているスナックの、常連さんでした。
品がよく、会社の社長さんという感じでした。
顔見知りになり、挨拶を交わすようになると、「ともちゃん(養父の呼び名)とちよちゃんは、どういう関係なのですか?」、と聞かれ、学会の友人であると言うことを話しました。
この年は選挙もあり、私の家で飲み会の予定があったので誘うと、喜んで来てくれました。
学会関係の色紙や、ご祈念版に一つ一つ興味を示し、丁寧に説明をすると、「どうすれば、学会に入れるのですか?」と、言うことになり、日を改めてきちんと話し、入会することになりました。
しかし、それからが大変でした。
家庭訪問に行くと、6畳一間のアパートで、部屋の中は荒れ放題。
とても、ご本尊様を、ご安置できるような状態ではありませんでした。
地区の方に手伝っていただき、大掃除となりました。
からじいは、有名私立大学を卒業後、大手銀行に勤め、独立後、事業に失敗。
奥さんとは離婚。アメリカ留学していた息子さんとも音信普通。
バブルの時には、不動産で億単位のお金を動かしていた人が、年金を使い果たし1文無し。
入会時の、ご供養のお金だけ、何とか、工面したと言う有様。
養父も、退職後の、失業の身で余裕のない中、共に信心で立ち上がろうと、激励しました。
地区の人たちも、お米やら、炊飯器やらと、何かにつけて応援してくれました。
70歳を過ぎても、ご飯の炊き方一つ解らないからじいに、お米の研ぎ方、炊飯器の使い方、一つ一つ教えていきました。
選挙では、からじいの、つけが残っている店に、1軒1軒まわり、少しづつ返済することを約束し、支援のお願いに歩きました。
元国会議員の方にもお願いし、からじいの行きつけだった料亭に、昼間支援のお願いに回りました。
神奈川のからじいの友人宅では、すっかりごちそうになり、楽しい交流になったことも、今ではいい思い出です。
からじいの、つけも1年で、すべて返済することができました。
「友にどれだけ希望を与えたか。喜びを 勇気を 幸せを贈ったか これが我らの勲章」と聖教新聞にあるように、心の勲章は、計り知れません。

※過去の体験の原稿を紐解いて、又新たに、当時の事を思い出しました。
現在、私たちが、ここまでがんばっているかと言えば、疑問が残ります。
 ただの思い出にせず、まだまだ私たちを求めている人はいる。
この仏法を、実践したいと思っている人がいる。と
又、親子で決意を新たにしています。
 からじいは、その後、組織編制で地元に帰り、ヘルパーさんを通して、特別養護老人ホームに入った事は聞きましたが、個人情報保護法との事で、面会には1度も行けませんでした。
 灯台11月号p86に、内容は違いますが、「差別をなくすために、時代に合った法整備を」とあり、何のための法律か 何のためのモラルかという事を
改めて感じた次第です
風の便りで、お亡くなりになったと聞き、毎日回向させていただいております。
[PR]

by tomotiyoo | 2013-11-07 14:13 | Comments(4)

還暦を迎えて(養父の体験より)

60歳で定年を迎え、私が知らないところで、誕生会を企画してくれ、学会の同志をはじめ、会社関係の人が集まってくれました。
すでに退職をした後輩まで、遠方から駆けつけてくれて、びっくりする出来事でした。
今振り返ると、定年まで勤められたことも、信心の大きな功徳だと思っています。というのも、55歳を過ぎた頃から、仕事にパソコンを使うことが増え、ついていけない私は、倉庫番のような仕事に回され、残業代もカット。年齢とともに、給料が、減らされていたのです。
年齢の割には、力だけは若い者に負けないぐらいありました。
57歳の夏には、大型トラックの運転手になろうと思いましたが、免許を取りに行くお金すらなく、借りられるはずの知り合いとも些細なことで喧嘩になり断念したのです。
今までの自分なら、すべてに嫌気がさしていたでしょう。
同志のみなさんから、「残業が無くなったっていう事は、学会活動が思いっきりできるってことだよ。福運をつけよう。」と激励され、定年になりました。
今まで、自分に足りなかった事は、努力と忍耐だという事を、実感しています。信心して、知らず知らずのうちに、自分を見つめることができ、気もかなり長くなりました。
これもひとえに、折伏の功徳だと思います。
連れて行けば、必ず入決は取れる。あとは、祈って結果を出すだけ。
先生の指導に、「体験に勝る折伏なし」
一晩がかりの対話で、当時の本部長に朝一番で面接をしてもらったこともあります。
朝から晩まで、頭の中は折伏の事。
飲みに行っても、次は誰に話そうかと、友人作り。
こんなに楽しいことは、人生で味わったことが、ありませんでした。

つづく

※誕生日会を開いたのは、選挙が近かったこともあり、定年後も交流を図っていきたいという、私の思いがありました。
私の、元旦那さんと、友人で、その店に誘い出し、着いたら皆が集まっていたということで、かなりびっくりしたようです。
当時は、だまされたと、かなり怒っていました。(素直じゃないね)
集まっていただいた方とは、今でも、交流しています。
[PR]

by tomotiyoo | 2013-11-07 00:00 | Comments(2)