真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

2013年 12月 20日 ( 1 )

二件長屋

私が育ったところです。
隣は、駄菓子屋さん。
2階には、父の妹夫婦が住んでいて、そこには子供はいませんでした。
左官屋の父と、ちょっとヒステリックな母の間に生まれたのが、私です。
父が、50歳のときの子供。
父が生きていれば、103歳になります。
父も母も、再婚同士。
父は、元の奥さんを、自殺で亡くしているそうです。
母の、元旦那さんは、盲腸の腹膜炎で、母が、おなかの大きい頃に、亡くなったと聞いています。
というわけで、11歳離れた姉とは、異父姉妹ということになります。
この姉妹、11歳も離れているのに、私が、小学校を卒業するまでは、毎日のように喧嘩しておりました。
それも、時には、取っ組み合いの喧嘩です。
私が生意気で、姉は11歳まで一人っ子で育ったものだから、ぶつかったんでしょうね。
まず、TVの番組争いです。
当時は、ほとんどの家には、TVは一家に1台でしたから、そんな光景はどの家でも、繰り広げられていたことでしょう。
今は、もちろん、とっても仲良しですよ。
今年、姉は新聞配達30周年の、表彰を受けました。
母も、姉もとても体が弱かったようで、そんなことで創価学会に入会したのだと思います。
そして、私が生まれました。昭和35年のことです。
幼少期、医者に、母と私の薬を間違えて配合され、ちょっと多いなと思ったものの、母は、私に薬を飲ませたそうです。
自分の薬を飲もうとして、量の少ないのに気がついた母は、慌てて医者に、連絡したそうです。
お医者さんも、心配して、我が家にやってきて、ずっとつきっきりで、診ていたようです。
母は、この子は使命のある子。絶対に死ぬはずがないと祈ったそうです。
お陰さまで、今まで生き延びております。
父はとっても優しい人でした。
でも、私は、父が大嫌いでした。
子どもって、残酷なもので、ただ歳をとっている それだけで、嫌っていました。
姉と父は、大変仲がよく、2人で甘いもの屋さんなんかに行っていたようです。
ある日、いつものように、私と姉が取っ組み合いの喧嘩。
それを見ていた父が、珍しく、姉を叱りました。
そしたら姉は、大泣きをして、「お父さんは、私が本当の娘じゃないから、私の事を怒るのでしょう」と逆切れ。
私あれっと思ったものの、「それならお父さんが悪い」という事で、父が悪者になって、喧嘩はおさまりました。
この日、私は、姉が、父の子ではないということを知るのでした。

つづく
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by tomotiyoo | 2013-12-20 00:00 | Comments(10)

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