2014年 01月 03日 ( 1 )

飲みすぎてはいませんか?

早くも1月3日ですね。
大晦日も、お正月も、関係なく、お仕事の人もいらっしゃるでしょう。
♪これも修行ぞ。苦は楽しー♪

私も3年前は、大晦日も元日も夜中の仕事をしていました。
今は、楽しい思い出です。
では、続きです。

本文
いま しょうがつのはじめに ほけきょうを くようし まいらせんと・
今正月の始に法華経をくやうしまいらせんと・
おぼしめすおんこころは きよりはなのさき いけより はすのつぼみ・
をぼしめす御心は・木より花のさき・池より蓮のつぼみ・
せっせんの せんだんのひらけ つきをはじめて でるなるべし・
雪山のせんだんのひらけ・月の始めて出るなるべし、
いまにほんこくの ほけきょうを かたきとして わざわいを・
今日本国の法華経をかたきとしてわざわいを
せんりのほかより まねきよせぬ これをもって おもうに いま・
千里の外よりまねきよせぬ、此れをもつてをもうに今
また ほけきょうを しんずるひとは さいあいを ばんりのほかより・
又法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外より
あつむべし かげは たいより しょうずるもの ほけきょうを・
あつむべし、影は体より生ずるもの・法華経を
かたきとするひとの くには たいに かげの そうがごとく・
かたきとする人の国は体に・かげのそうがごとく・
わざわいきたるべし ほけきょうを しんずるひとは せんだんに・
わざわい来るべし、法華経を信ずる人は・せんだんに・
かおばしさの そなえたるがごとし またまた もうしそうろうべし・
かをばしさのそなえたるがごとし、又又申し候べし。
しょうがついつか にちれんざいごはん・
正 月 五 日 日 蓮 在御 判
おもんすどのの にょうぼうごへんじ・
をもんすどのの女房御返事

現代語訳
今、正月の初めに、法華経を供養しようとする心は、木より花の先、
池より花のつぼみ、せっせんの、
今、日本の国は、法華経を敵として、禍を千里の外から招き寄せている。
このことから考えると、今また、法華経を信ずる人は、幸いを万里の外から集めるだろう。
影は体から生ずるものであり、法華経をかたきとする人の国は、体に影を添うように、わざわいがくるだろう。法華経を信ずる人は、栴檀によい香りが、具わっているようなものだ。

講義
御本尊を信じ、懸命に生き抜く人は、必ず幸せになる!
絶対に、幸福にならないはずがないのだ。
こう御本仏・日蓮大聖人が約束してくださっている。
今がどうあれ、いな、これまでがどうあれ、真面目に信心を貫く人は、これ以上にないという無量無辺の福運に包まれ、大満足の人生を勝ち飾ることができる。
自分ひとりだけの、利己主義の幸福だけではない。自他共に尽きることのない、さいわいに包まれていくのです。
どんな人も、一朝一夕で幸せになったわけではない。
皆、苦労した。皆、必死だった。
泣きながら、題目を唱えた夜もあった。
しかし、断じて、絶望の涙ではない。「絶対に負けない!」「必ず幸せになる!」と勇気を奮い起こし、不幸の闇を転じ、希望と幸福の太陽を昇らせてきた。
自分だけではない。周囲の人たちも照らしゆく宿命転換のドラマを、日本中、世界中で演じてきた。これが創価の勝利劇だ。
法華経に明かす「生命尊厳」「人間尊敬」の思想か、「生命軽視」
「人間軽賤」の、冷酷無慈悲なのか、そうした対比といえる。
コスイギン首相から、「あなたの根本とする思想は何か」と尋ねられた際、
私は「平和主義であり、文化主義であり、教育主義です。その根底は人間主義です」と即答した。
牧口先生は、“人生の幸福は価値創造にあり”と洞察された。
信ずる我が同志よ!
愛する我が青年たちよ!
新たな広宣流布の誓願に燃え立ちながら、今年もまた、共々に、勇気凛々と戦おうではないか!と

※ちよより
私も戦うぞー!
共々に戦おう!
そしてまた、1年の締めくくりには、みんなで功徳の体験を語り合おうね
今年もよろしくお願いします
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by tomotiyoo | 2014-01-03 00:00 | Comments(117)