2014年 02月 07日 ( 1 )

まず私が言いたい事
世の中の、全ての事に、バリアフリーというものを、取り入れたいという事です。
晴眼者が、いつでも読もうと思えば、御書を読めるという事を、自在会の方にも、(私の場合は自在会の方だけでなく、漢字を読めない未来部にも)体験して頂きたいという、私の願望です。
少年少女きぼう新聞には、御書も出ていますが、ほんの一部です
私の場合、一緒に読んでくれる母がいました。
いない場合は、どのように、読めばいいでしょうか?
一時、聖教新聞紙上で、点字御書ができるような記事もあったようですが、いつの間にか消えてしまったようですよ。

私たち3人は、(実際には4人 養父も一緒でしたから)自在会の幹部の方にもお会いして、ひらがな御書の話もさせていただきました。
私が、教学部の方に、ご協力いただいていることを話すと、安心されたようです。

わが区でも、自在会として、掌握されている方は少なく、あまり自在会自体、機能されていないようです。
先日、知り合いの、自在会の方とお会いした時も、一度も会館へ、行った事がない人もいるということでした。
車でお連れしましょうかと言っても、ガイドヘルパーさんでないと、一緒に出かけたくないと仰る方もいるようです。
中には、ガイドヘルパーさんも、お金がかかり、そのほか生活面に使うのが精一杯だと仰る方もいるようです。
障がいをお持ちの方でも、障がいの重さ、できる事とできない事の違い、性格など、当たり前ですが、おのおの違うようです。

先生は、信心に遠慮は要らないといっていますが、それでも、私のようなずうずうしい者でも、つい遠慮してしまうことがあります。
読めない漢字については、ある程度、溜まってから、聞いたりしています。
その間、意味も、調べられません。
全盲の方は、まず、仏法用語の、辞書を引くという事ができません。
絵文字は読めません。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \という文字も、読めないそうです。
マウスもうまく使えません。
千早さんは、仕事も立派にしています。
そして御書を読みたい。
そんな気持ちを、手助けしたい。
そういう志、立派じゃないですか。
心こそ大切。
批判をする人の心はどうですか?
私はそこを問いたいのです。
全面的に、応援をしてくれるという、教学部の人にも、めぐりあえ、ひらがな御書の存在は、私自身も、ありがたいのです。
いい加減に読んでいたものが、きちんと読めるようになるのですから。

テレビを見ている時間があったら、御書を読む お題目をあげる
その方が、よっぽど価値的だと私は思います。
他人の事が、よっぽど気になるようですが、、私のブログなど見るのをやめて、信心の為、自己研鑽のために時間を費やしてはいかがですか?
まあ これは 私自身にも言えることですが、今のところ、私には時間の余裕がありますし、大野さんとの約束事がきちんと守られているかどうかを確かめる為にも、読まなければいけないので、たまに読んでいる次第であります。
案の定、約束は破られたわけですが・・・
どこまで、卑怯なのでしょうか?

最後に、先生の指導
「マルロー氏の哲学を凝結した言葉がある。
「なすべきをなして、コメント(=論評)は人にまかせろ」
傍観者の戯言などが、なんだ!
傍観者の無責任な態度が、なんだ!
傍観者の勝手気ままな臆病な言動が、なんだ!」

ついでだから、思ったことを、素直に言っちゃおう。
よその子が、落ちたものを口に入れようとしている時、批判の目で見てる余裕があるのなら、カレーを食べる手を止めて、だめだよって教えてあげれば。
私なら、そうするよ。
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by tomotiyoo | 2014-02-07 00:00 | Comments(54)