2014年 02月 11日 ( 2 )

2・11 おめでとうございます

大好きな大好きな、戸田先生のお誕生日
そして「戸田記念国際平和研究所」発足の日 おめでとうございます。
戸田先生は、1900年(明治33年)石川県で生まれた。
生きていれば、114歳?ですかね。
私の実の父と、10歳違いだ。今更ながらにへー。

最初に戸田先生の声を、レコードで聞いた時は、とってもショックだった。
その内容
「ご本尊様も紙だ。紙に力ががない?そんな事はない」
って言うようなことだったと記憶している。
その話し方や、声に、私は、ショックを覚えたのであった。
なぜか?
それは、池田先生から、聞いていた、私の勝手な想像と、あまりにもかけ離れていたからだ。
言葉では、どうも伝えにくいのだが、子供のときの感覚は、池田先生の師匠だもの。きっと、こんな声で、こんな話し方というものが、自分の中に、無意識にふくらんでいったのであろう。
戸田先生の、人間革命を読んで、戸田先生のイメージが、私の中でピッタリとあうようになる。

そして、今、戸田先生の御書講義、質問会を聴くたびに、笑いと、涙であふれるのは、なぜだろう。
以前、私は、池田先生よりも、戸田先生のほうが、もっと、好きだった時代がある。
当時の幹部は、ちよちゃんが、境涯が上がれば、池田先生の偉大さがわかるようになると言われた。
牧口は、講義で戸田は将棋。とか、お酒が好きだったとか、豪快なところが好きだったのかな?
池田先生が、戸田先生の理想を、全て実現したからこそ、戸田先生の素晴らしさがわかるというものなのだ。
師匠の正義を、語るのが、私たち弟子の使命。

輝く子どもと人間教育━「教育のための社会」へ p46より
戸田先生が、北海道夕張の真谷地(まやち)小学校の教員時代の話。

「戸田「どうしたの」
タケ 「何でもないの」
戸)「本当かな」
タ)「うん」
戸)「タケ、先生に何でも言うんだよ」
タ)「ユリはいいな。百合で美しい名前だもん」
戸)「ははん。わかったぞ。タケよりもユリの名がいいと思っているんだろう」
タ)「うん」
戸)「馬鹿だな。タケ、竹は真っすぐで率直だからいいんだぞ」
武子の顔はみるみる明るくなった。」

私の小学校の担任の先生
ちよの ちは ちびのち
ちよの よは ようちのよ
それでも、その先生。年に何回か、聖教新聞を購読してくれる。
40年以上たっても、変わらないな と言われる、ちよであった。
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by tomotiyoo | 2014-02-11 00:05 | Comments(11)

対話

戸田先生の、人間革命も 是非読んでみてください。
楽しいですよ。
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by tomotiyoo | 2014-02-11 00:00 | Comments(86)