2014年 02月 12日 ( 2 )

一闡提(いっせんだい)

実父の知人で一闡提と呼ばれていた人がいた。
一闡提とは、本来は、欲求しつつある人の意で、真理を信じようとしない快楽主義者や、現世主義者をさした。
仏法では、悟りを求める心がなく、成仏する機縁をもたない衆生。謗法の重罪を悔い改めないもの、不信、謗法のもの。

立正安国論 p27には

すなわち ねはんぎょうに いわく. 
即ち 涅槃経に 云く. 

「ほとけの いわく ただ ひとりを のぞいて よの いっさいに ほどこさば みな さんたんすべし. 
「仏の 言く 唯だ 一人を 除いて 余の 一切に 施さば 皆 讃歎す可し. 

じゅんだ とうて いわく いかなるをか なずけて ゆいじょ いちにんと なす. 
純陀 問うて 言く 云何なるをか 名けて 唯除 一人と 為す. 

ほとけの いわく この きょうの なかに とく ところの ごときは はかいなり. 
仏の 言く 此の 経の 中に 説く 所の 如きは 破戒なり. 

じゅんだ また いわく われ いまだ げせず ただ ねがわくば これを ときたまえ. 
純陀 復た 言く 我 今未だ 解せず 唯 願くば 之を 説きたまえ. 

ほとけ じゅんだに かたって いわく はかいとは いわく いっせんだいなり. 
仏 純陀に 語つて 言く 破戒とは 謂く 一闡提なり. 

その よの あらゆる いっさいに ふせすれば みな さんたんすべく だいかほうを えん. 
其の 余の 在所 一切に 布施すれば 皆 讃歎すべく 大果報を 獲ん. 

じゅんだ また とい たてまつる いっせんだいとは その ぎ いかん. 
純陀 復た 問い たてまつる 一闡提とは 其の 義 何ん. 

ほとけ いわく じゅんだ もし びく および びくに うばそく うばい あって そあくの げんを はっし しょうほうを ひぼうし その じゅうごうを つくって ながく かいげせず こころに ざんげ なからん. 
仏 言わく 純陀 若し 比丘 及び 比丘尼 優婆塞 優婆夷 有つて ソ悪の 言を 発し 正法を 誹謗し 是の 重業を 造つて 永く 改悔せず 心に 懺悔 無らん. 

かくの ごとき とうの ひとを なずけて いっせんだいの みちに しゅこうすと なす. 
是くの 如き 等の 人を 名けて 一闡提の 道に 趣向すと 為す. 

もし しじゅうを おかし ごぎゃくざいを つくり みずから さだめて かくの ごとき じゅうじを おかすと しれども. 
若し 四重を 犯し 五逆罪を 作り 自ら 定めて 是くの 如き 重事を 犯すと 知れども. 

しかも こころに はじめより ふい ざんげ なく あえて はつろせず. 
而も 心に 初めより 怖畏 懺悔 無く 肯て 発露せず. 

かの しょうほうに おいて ながく ごしゃく こんりゅうの こころ なく きし きょうせんして ことばに かぐ おおからん. 
彼の 正法に 於て 永く 護惜 建立の 心 無く 毀呰 軽賎して 言に 過咎 多からん. 

かくの ごとき とうの ひとを また いっせんだいの みちに しゅこうすと なずく. 
是くの 如き 等の 人を 亦た 一闡提の 道に 趣向すと 名く. 

ただ かくの ごとき いっせんだいの やからを のぞいて その よに ほどこさば いっさい さんたんせん」と. 
唯 此くの 如き 一闡提の 輩を 除いて 其の 余に 施さば 一切 讃歎せん」と. 
(ひらがな御書より)

その人は、母を折伏してくれた人の、旦那さんで、実父と同業者だった。
子供のころ、家族には嫌われ者のその人だが、私のことは、どういうわけか、かわいがってくれた。
下町の一角のその家は、母屋と、離れがあって、中庭には、柿の木やイチジクなどが、植えられていた。
渡り廊下の途中に、お風呂があったりと、そこは、別世界だった。
その人は、奥さんが信心することを反対し、ご本尊様にまで、手をかけるような人だった。
随分と、暴力も振っていたようだ。
次女が嫁にいき、その奥さんは娘夫婦の家に、ご本尊様をご安置し、同居することになった。
奥さんは、至れり尽くせりの晩年を過ごした。

その頃、彼も年をとり、すっかりいいおじいさんに変わっていた。
選挙も応援してくれるようになり、座談会にも出席するようになる。
10年ほど前の、2月のこと。
我が家では、毎週のように、支部10時間唱題会が行われていた。
そのさなかでの、座談会。
母は、その人を座談会に連れ出す。
当時の支部長が
「○○さん、そろそろ、私たちの仲間に入りませんか?」
と、握手をしようと手を伸ばすと、
「はい、よろしくお願いします」
と、手を差し出すじゃありませんか。
耳の遠くなっているその人に、母は
「○○さん、創価学会に入ろうと言ってるんですよ」
と、まさかそれは聞き間違いだとも言うように、念を押した。
「はい。よろしくお願いします」
ひょうたんから駒のような話である。
そして、めでたくご本尊様をいただくのであった。
その、吉報を聞き、奥さんはその後霊山へと旅立つ。

その後、長女の家族と同居し、最期を迎えるのであるが、そのとき私は、バカボンパパと一緒に、冠婚葬祭の仕事をしていた。
その人を、仕事として、見送ることになる。
霊柩車で、運ばれた、その人の手は、布で軽く結わかれていた。
運転手に聞くと、掌を組んでも、やわらかくて、だらりとなってしまうという事だった。
眠っているかのようなその人の、掌の布を、ほどいた。
生きているときと変わらない、柔らかな手だった。
家族葬で送り、うちの母に、最後のお別れの言葉を言ってもらった。
「○○さんは、学会に奥さんをとられてしまったような、錯覚に陥ってしまったんでしょうね。
来世は、仲良く、学会家族として、生まれてきますね。
そのうちお邪魔しますが、それまで2人で仲良くやってください」と
長女が、号泣した。
いやなおやじのまま、死んでくれれば、こんなに悲しくなかったのに。と
いくつになても、人は変われるのだ。
新たに、入会するって事は、悔い改めて、出直すって事でしょ。
どんなに過去が悪くても、心からその罪を悔い改めれば、成仏できることを、目の当たりにした出来事であった。
ご本尊様って、ほんとにありがたいね。


 
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by tomotiyoo | 2014-02-12 00:01 | Comments(22)

対話

そう言えば、ファーストペンギンの話
誰も答えてくれなかったね
寂しい
2月10日の 名字の言を読んでね
もう一度聞きますよ
ファーストペンギンになる人?
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by tomotiyoo | 2014-02-12 00:00 | Comments(40)

ちよが、本音で語るブログです


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