2014年 02月 18日 ( 1 )

孤独死

先日ニュースで、我が区で起った、2件の孤独死のニュースが報じられた。
「孤独死(こどくし)とは主に一人暮らしの人が誰にも看取られる事無く、当人の住居内等で生活中の突発的な疾病等によって死亡する事を指す。特に重篤化しても助けを呼べずに亡くなっている状況を表す。
なお関係する語としては後述する孤立死(こりつし)が公的にも使われるが、ほかにも単に独居者が住居内で亡くなっている状況を指す独居死(どっきょし)のような語も見いだせる[1]」(ウィキペディアより)

ある意味 生まれるときも死ぬ時も一人。
だから、その苦しみから逃れるというより、その死をどのように受け止め、見つめ、乗り越えて行くかという事のほうが、はるかに重要なのかもしれない。
御書、p1404には

されば さき りんじゅうのことを ならうて のちに たじを ならうべしとおもいて.
されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、

いちだいせいきょうの ろんし にんしの しょしゃく あらあら かんがえあつめて.
一代聖教の論師・人師の書釈あらあらかんがへあつめて

これを めいきょうとして いっさいの しょにんの しするときと ならびに.
此を明鏡として、一切の諸人の死する時と並に

りんじゅうののちとに ひきむかえて み そうらえば すこしも くもりなし.
臨終の後とに引き向えてみ候へばすこしもくもりなし、

このひとは じごくにおちたもう ないし にんてんとは みえてそうろうを.
此の人は地獄に堕ち給う乃至人天とはみへて候を、

せけんのひとびと あるいは ししょう ふぼとうの りんじゅうのそうをかくして.
世間の人人或は師匠・父母等の臨終の相をかくして

さいほうじょうど おうじょうと のみ もうしそうろう かなしいかな ししょうは.
西方浄土往生とのみ申し候、悲いかな師匠は

あくどうにおちて おおくのくるしみ のびがたければ でしは とどまりいて.
悪道に堕ちて多くの苦みしのびがたければ、弟子はとどまりゐて

しの りんじゅうを さんだんし じごくのくを ぞうちょうせしむる.
師の臨終をさんだんし地獄の苦を増長せしむる、

たとえば つみふかきものを くちをふさいで きうもんし はれもののくちを.
譬へばつみふかき者を口をふさいできうもんしはれ物の口を

あけずして やまするがごとし.
あけずしてやまするがごとし。

私は、叔母を孤独死で亡くしている。
入浴時の、死亡とされている。
叔母も、私と同様、子どもはいない。
叔母は、地下鉄サリン事件と同じ日に、自転車にぶつけられ、入院をした事がある。
その時も、警察からの電話で、母が知ったそうだ。

「○○警察ですが、○○さんを、ご存知ですか」
「はい 私の叔母ですが」
私は、また 軽い事故にでも巻き込まれたのかな?と思った。
「落ち着いて、聞いていただきたいのですが、ご自宅の浴槽で、亡くなられたのですが、身元を確認していただきたく、こちらまでおいでいただけないでしょうか」
「はい。」
「○○警察は、ご存知ですか」
「はい」
「急がなくて結構ですので、事故などないように、おいでください」
こんな会話だったと記憶している。
私は、夫に電話をし、車で一緒に警察まで行ってもらった。
やはり顔は、少し変わったような気がしたが、叔母だった。
近所の人が、異変を感じて、通報してくれたようだった。
その後、東京都○察医○務院へ遺体は運ばれ、事件性がない事が確認されたあと、葬儀を行う場所に運ばれたような記憶がある。

叔母は、実父の妹で、私達が家を建てる時に、仏壇でも買いなと、300万円ポンと、手渡してくれた人だ。
決して裕福なわけではなく、もともとは、のん兵衛で、働かない旦那さんと、私の実家の2階に住んでいた。
その後、都営住宅があたり、2人で住んでいたのだが、旦那さんが入院している時に、信心する事を許され、入会したのである。
コツコツと、ためたお金を、何の躊躇もなく、私たちにくれるというのだ。
私達は、頂くわけにはいかないので、毎月5万円づつ積み立てにして、1年の満期ごとに返済をしていた。
その、途中での事だった。
死亡届を出した後では、預金を下ろすことができないらしい。
私達は、銀行へ行き、全てのお金を下ろしてきた。
そして、葬儀の準備、親戚・知人への連絡など、悲しんでいる間もなかった。
お別れの言葉は、私が原稿を書いて、母に読んでもらった。
「明治生まれの、気丈な○○は、最期まで、私達の手を煩わせることなく、一人で逝きました。
死因が何であれ、私達は、○○が成仏したものと、確信してます。」と

叔母の一生は 果たして幸せだったのか?
それは私には分からない。
ただ、私にとっては、とても優しい叔母だった。
旦那さんの田舎が、鳥取で、私が小学校の時、叔父と叔母と3人で、鳥取の親戚の家から名古屋へと、夏休みに泊まりに行った事がある。
鳥取の家は、五右衛門風呂で、トイレの隣は馬小屋。
馬は、すでに飼っていなかったが、田舎のない私にとっては、初めての経験である。
正直 どこかに泊まりに行って、早く家に帰りたいと思ったのは、最初で最後である。
最初の何日かは、親戚の子どもたちが、集まっていて楽しかったのだが、1家族2家族と帰っていって、私達が、最後の泊り客となる。
テレビ番組も、東京ほど、種類がない。
早寝 早起きも ここまで来ると、退屈で仕方なかった。

人は2度死ぬ と言う人もいる。
2度目は、忘れ去られた時。と
私は、こうして、また、叔父叔母を思い出し、人の死と言うものを、再度考える機会をもった。
人は、生きたようにしか死ねない。
最期まで、生を全うする事が、どれほど尊いことなのかは、まだ私には分からないが、きっとそうなのであろう。
そして、いくつになっても、生まれ変われる事ができる。
生まれ変われるとは、人間革命 宿命転換という事である。

最後に 以前支部愛唱歌として作った歌
覚えているかしら?

♪ 生まれ変われる 事を知った
  先生と共に 生きる喜び
  言葉では 伝える 事が できない
  師を苦しめるもの 許せない
  励ましあって ラララララララ
  先生 闘う 事を誓います♪

やっぱり忘れていますね
ラララになっちゃいました。
人間の記憶なんて曖昧で、そのころの事を思い出そうとしても、いい加減で、
でも、叔母夫婦には、今でも感謝しています。
生まれ変わっても、きっと、縁するんでしょうね。
その時は、また、よろしくお願いします。
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by tomotiyoo | 2014-02-18 00:00 | Comments(28)

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