2014年 02月 26日 ( 2 )

非公開さんへ

Commented by tomotiyoo at 2014-02-25 19:50
非公開さん こんばんわ
予算は1泊どのぐらいですか?
http://www.jalan.net/uw/uwp3100/uww3101.do?screenId=UWW3001&stayCount=1&yadNo=399309&rootCd=55&roomCount=1&smlCd=138002
ここ安そうですね

たとえば、スカイツリーを見たいとなれば、錦糸町というところに
ホテルもあり、本部まで電車で乗換えがないです
http://www.jalan.net/yad389896/

http://www.jalan.net/yad374352/

新宿なら、たくさんあるけど、ちょっと分かりずらいかも?

こんな返事をしましたが、私のコメント欄は、見つけにくいよね
私は、東京生まれの東京育ち
東京人って、東京のホテルに泊まったことが、あまりない。
かえって、地方の人のほうが、知っていることもあると思うので、ここで情報を、集めたいと思います
ここのコメント欄には、東京のホテル情報以外は、入れないでくださいね
[PR]

by tomotiyoo | 2014-02-26 09:35 | Comments(5)

無疑日信(むぎわっしん)

心に疑いのない状態を、信と言う。

法華文句には、「疑い無きを信と曰い、明了なるを解と曰う。」

御義口伝には、(p725)
「一念三千も信の一字より起り三世の諸仏の成道も信の一字より起るなり、
此の信の字元品の無明を切る利剣なり其の故は信は無疑曰信とて疑惑を断破する利剣なり」

私は、この言葉を教えてもらった時、「疑い無きを」、とは、疑わない事とは、少し違うと教わった。
疑っても疑っても、その疑いは、お題目をあげていくとともに、晴れていくのだと。
そして、やがて、ご本尊を疑わない自分になるのだと。
まだまだ、これは叶うけど、これは無理 と、自分で決めてしまうこともある。
しかし、いつしか、ご本尊が、私を不幸にするはずはない、と言う確信だけは、つかめたと思う。
自分は業が深いから、とか、私には無理とか、そう思うこと自体が、胸中の仏界への冒涜だ。
過去さえも、変えていけるこの仏法に出会えたのだから、もう なにも心配することはない。

しかし、凡夫の私は、まだまだ心配性だ。
縁に紛動される事もある。
だからこそ、お題目が上がる。だからこそ、宿命転換できる。
今、私は、前へ前へと進んでいる。
なんて、ありがたいことなのかと、ご本尊様の前で、涙があふれる。
先生と共に、今、闘える身の福運を、友と共に感じられることを、心から嬉しいと思う。

人間革命の中の先生の指導より
「福井県は、その後も何度か、災害に襲われた。伸一は、そのつど、電話で、手紙で、あるいは、上京したメンバーと直接会っては、全精魂を傾けて励ましてきた。
三度目となる一九六七年(昭和四十二年)の訪問では、福井本部幹部会に出席し、「無疑日信」(疑い無きを信と日う)について訴えた。
「仏法の法理に照らして、やがて、私たちが幸福になることは絶対に間違いない。したが って、何があっても、決して御本尊を疑うことなく、最後まで、無疑日信の信心を貫いてください。
不信というのは、生命の根本的な迷いであり、元品の無明です。それは不安を呼び、絶 望へと自身を追い込んでいきます。その自分の心との戦いが信心です。
その迷いの心に打ち勝つ力が題目なんです。ゆえに、題目第一の人こそが、真の勇者なんです」
彼は、わが生命を注ぐ思いで叫んだ。」と

去年までの私は、正直、不安で不安で仕方がなかった。
題目をあげても あげても、この不安は、どこからともなく、私を苛んだ。
いつごろの事かは、よく分からないが、今は、その不安と言うものが無くなっている。
信・行・学の実践。
ご本尊根本。御書根本。
そして、先生の指導をわが身に染み込ませていけば、もう何も怖いものはない。
[PR]

by tomotiyoo | 2014-02-26 00:00 | Comments(78)