2014年 03月 10日 ( 2 )

3/10 対話

ご自由にどうぞ
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by tomotiyoo | 2014-03-10 10:37 | Comments(72)
(1995年池田名誉会長の法華経 方便品・寿量品講義①より抜粋)

「一度説明したのだから、もう十分だ」というのは無慈悲。
相手の生命が変わるまで、語り続ける。
目的を達することが、大切で、ただの自己満足では空しい。

柔和な中にも凛とした確信の響きを込めた言葉。これが、「言辞柔輭」
相手の、幸福を願いきっての言葉こそが、かりに強い言葉であっても「言辞柔輭」
となる。

御書p890

「たとい ごうげんなれども ひとをたすくれば じつご なんごなるべし
仮令強言なれども人をたすくれば実語・輭語なるべし、

たとい なんごなれども ひとをそんずるは もうご ごうげんなり
設ひ輭語なれども人を損ずるは妄語・強言なり、

とうせい がくしょうらの ほうもんは なんご じつごと ひとびとは
当世・学匠等の法門は輭語・実語と人人は

おぼしめたれども みな ごうげんもうごなり
思食したれども皆強言妄語なり、

ほとけのほんいたる ほけきょうにそむくなるべし
仏の本意たる法華経に背く故なるべし、」


「真実の言葉」とは、「言っていることと」と「行っていること」が一致している言葉です。
「言辞柔輭」とは誠意の異名」


昔の地区で、多くの新入会者をうんだ時、毎週の勤行会で、勉強した教材が
この本である。
新入会者以外にも、集ってきたメンバーもいる。
あくまで、自由参加だ。
楽しければ、人は、自ずから集まってくる。
慣れるまで、勤行はゆっくりと、正確に。
そして、導師は、じゃんけんで決める。
もちろん勝った人がやる。
まけた人が導師じゃ、まるで、罰ゲームだもんね。
特にバカボンパパと、ニューハーフの男子部が、やりたがっていた。
いまでも、うちにメンバーがやってきた時には、じゃんけんで勤行の導師を決めている。
これが、面白いことに、ちゃんとやるべき人が、じゃんけんで勝つのだ。
バカボンパパは、どういうわけか、チョキしか出さない。
分かっていても、何を出そうか考えてしまう私も、不思議だ。
いつでも、どんな時でも、導師ができるようにしていくのも、人材育成の鍵だと、私は考えている。

「言辞柔輭 悦可衆心」
きついことを言ってしまう事もあるけど、そのあとお題目を送っていますよ。
傷ついたっていう時は、きちんと言葉にしてみてね。




 
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by tomotiyoo | 2014-03-10 10:00 | Comments(4)

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