2014年 03月 19日 ( 3 )

行って来た(変更・追記あり)

久々に、興奮しました。
先生と勤行(今回はテープですが)なんと、40年ぶりなんです。
あの気迫。
体が震え、滂沱の涙。
私が誓った事。
生涯、励ましに徹する事。
縁した人を、みんな 元喜に。
広布の大人材に。
あとは内緒です(笑)

行ってからの、お楽しみっていう人は、読まないでね
行間空けておきます

























信濃町の駅を出ると(私達は、車でしたが)駅から2分ほどの所に、大誓堂入り口があります
入る前に、入場券の確認
手荷物検査と、手の消毒
左手に池田先生の書いた広宣流布(1000年もつという陶磁器)
その下に広宣流布誓願の碑

気がつかなかったんだけど、

「先師・恩師への報恩を込めて
創価学会第三代会長 池田大作」

って、なってたんですね。
SGI会長でも、名誉会長でもなく第三代会長
何だか、嬉しいです。

昔の、正本堂を知っている人は、入り口の外で並んで待っていたのを、記憶していると思いますが、建物内ですが、同じように並んで、入場開始を待ちます。
10時になり、順番に並んで、入場。
私は、広宣流布の碑を見ていたので、バカボンパパとは、6人ぐらい離れてしまった。
左に三色旗の写真パネル。右に富士山の写真パネル。
エスカレータを上がり、2階へ。
左にクローク、正面に、先生と奥様の写真パネル
エスカレーターで3階へ。
エレベーターは、B2から6階まであり、車椅子でも大丈夫。
劇場のような大きな扉から入ると、大きく縦に3つ、通路があり、イス席となっている。
イスには、劇場のように、座席番号がついている。
創価班に、誘導され、右側の席へ。
前にいるから、一番いい席とは限らない。
ちょうど、私達のところで、人数がいっぱいになり、私とTちゃんは、通路側へ。
c-15-30に座った。
即、私は唱題。
真ん中に座りたいな、などと思いながら・・・
すると、前の人たちが、あそこの真ん中、開いているわよと移動。
私とTちゃんも、それに続いて、移動。
それにつられて、バカボンパパと、Mさんも移動。これで、4人 並んだ。
私の席は、B-13-25になった。
ちょうど、お厨子の正面あたりだ。
バカボンパパは、これは、ズルではないかと言ったが、求道心だよと答えた。(内心ドキドキ)
でも、私、いつでもどこでも、一番前のお厨子の正面で、お題目を上げるようにしている。
もちろん導師ではないが・・・(笑)

お題目を上げ、集合完了を待つ。
幹部が、入場、その中に、ひらがな御書でお世話になっている、Sさんの姿が。
式次第は、博正さん 挨拶
広宣流布 誓願の碑 朗読
女子学生部 御書拝読(報恩抄P329)
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、此の功徳は伝教・天台にも超へ竜樹・迦葉にもすぐれたり、極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳、春は花さき秋は菓なる夏は・あたたかに冬は・つめたし時のしからしむるに有らずや。」
勤行
博正さんが、今日集ったメンバーを紹介。
渋谷区・北区・墨田区
もちろん、私の大きなハイという返事は、大誓堂に轟きわたりました。(笑)
その後、海外メンバー。
アメリカ・オセアニア・イタリアなど
元喜な返事と、大きな拍手。

帰りに、出版センターへ行って、本を3冊買ってきました。
その中の1冊。
新・幸福論
詳しくは、次記事にて
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by tomotiyoo | 2014-03-19 23:36 | Comments(42)

心の病で悩む同志(とも)へ 2

愚痴になっちゃうけど・・・
あれだけ、先生が、近隣に配慮とか、拠点の方に配慮とか仰ってくれてたけど、
結構悩みました。
もともと私は、ハッキリものを言う正確なんだけど、旦那さん 優しすぎるんです。
いろいろな事、「言うな」と一言。
ストレス溜まりましたよ。
そして、バカボンパパ入会の前の年の12月。
叔母の、死がありました。
http://tomotiyoo.exblog.jp/21440963/
通夜のあと、一晩中飲みながら、一人で、お題目をあげていたと思います。
途中、10円玉をたくさん用意して、バカボンパパに電話していたような気がします。
とにかく、私の話を聞いてくれました。
愚痴ばかり言ってたんでしょうけど、そのうち、信心の話になっちゃうんですよね。
こんな、どうしょうもない私でも、ご本尊様は功徳をくれる。
そんな話だったと思います。

バカボンパパは、入会当時の事、あまり覚えていないようで、私の記憶によると、その前、同報に一度行き、我が家で、書類を書き、ポラロイドカメラで写真を撮ったような気がします。
新入会員の、会合は、楽しかったですね。
体験が、すごい。
功徳がバンバン出ている。
バカボンパパも、体験発表をしました。
この頃地区には、神戸から、震災でこちらに引越してきた、家族がいました。
バカボンパパは、ここの旦那さんと、仲良しになり、毎日のように会合後 通っていました。
とにかく、楽しかった。
折伏も、片っ端から、声をかけて、相手がやろうがやるまいが、そんな事はお構いなし。
最高にノってました。
旦那さんも、相変わらずいい人で、飲みに行くと、全て払ってくれて、3人分のタバコも買ってくれて、そのあとの飲み代まで、くれました。
自分は、仕事があるからと、先に帰り、私達は、いつものスナックへ。
そこで知り合った人を、うちへ連れてきて、折伏。
とにかく、どこでもなんでも、折伏しか頭になかった。
どちらかというと、折伏が苦手な旦那さん。
少しづつ、私達の距離が離れて、酔っ払って、私の口から出るのは、おじちゃんちの子になる おじちゃんちの子になる。そればかりだった。
旦那さんは、それでも、このわがまま娘(私の事を子供のようにかわいがってくれていました)最後に帰ってくるのは、自分のところ。そう信じていたようです。
他の人に、私のお守りは勤まらないと・・・

バカボンパパとは、随分喧嘩もしたけれど、私が酔って暴れていた時、かわいそうだと泣いてくれた。
おなべはへこむし、大変なことになっているのに。

躁鬱から、解離性同一性障害のような症状が、現れだした。
歌を作るのも、そんな部分なのかもしれない。
今の地区で、地区歌を作ろうと思っているが、もうそれから1年以上経っている。
ある程度の、歌詞やメロディーは出てくるが、そこから先が進まない。
以前は、1時間もかからなかったのに、どうして?と思う。
最初は、夢と現実が、分からなくなってきた。
朝起きると、旦那さんに文句を言っているそうだ。
最初のうちは、戸惑っていた旦那さんも、ああ また夢の話ね と 相手にしてくれなくなった。
それでも、私のことを心配な旦那さんは、仕事に行く時、バカボンパパに、私を預けることになった。
バカボンパパ曰く。キティーちゃんのぬいぐるみと、布団を持ってやってきて、そのままばたんと寝て、目が覚めると、赤ん坊のように手をグーパーした感じで、ぐずる。
寝たかなーと思うとぐずる。そんな事があったようです。

秋が苦手で、10月ごろになると、必ずといっていいほど、寝込む。
何もできなくなる。
それがいつまで続くのか分からない苛立ち。
今思い出そうとしても、それがいつごろの事だったのか、定かでない。

そうだ。バカボンパパが、信心する前、寝込んでいた時期があった。
その時の、私の頭の中は、辛いのは、自分の頭なのか、心なのか、そんなことを考えていたような気がする。
もし、先生が死んでしまったら、この学会はどうなってしまうんだろう?
そんな、心配をしても仕方のないこと、余計なお世話を心配して、もし私だけ生き残ってしまったら、と不安にかられ、眠れない日が続いていたんだ。
苦しくて苦しくて、助けてーと、心の中で叫んでいたような気がする。
あー 思い出してきた。
結婚して、6畳一間のアパートに、住んだ時、天気が悪いと、家の中に洗濯物を干すしかなく、げじげじみたいな変な虫が、出てきて嫌だったこと。
旦那さんが、朝に弱く(結婚前は、早朝勤行に通ってたんですがね)起こすだけで疲れてしまったこと。
新聞の、集金ができなくなった事。
折伏した、Fさんが、元喜かと家に来ると、気持ちが落ち込んで、元喜かと聞かないで欲しいといった事。
朝は、旦那さんに、がんばれーって言ってと、何度もお願いしたこと。
周りに、心の病の人が多かったこと。
そう、女子部の時の部員さんのお母さんが、入院されていて、お見舞いに行ったとき、ショックで、一晩泣いていた。
船橋、練馬、草加、越谷と3人の方の、お見舞いに病院へ行っている。
私は、入院して、病気が治るものではないと、直感した。
この病は、信心でしか治らないと。
旦那さんにも、それは、ずっといっていたと思う。
しかし、私が、病院へ行くといった時、よかった と一言。
バカボンパパに話したら、病院へはやらない、うちにいればいいと言ってくれた。
私が、唯一安らげる場。
それが、バカボンパパの部屋だった。
たまに、洗濯もできるようになった。
洗い物もできるようになった。
そうだ。また思い出した。
おませと言う、うちの猫が、猫エイズにかかった。
この子、母にこの子はどこでもかわいがられるから、捨ててきなと言われたような気がする。
それを、バカボンパパが、引き取ってくれたのだ。
それが、最初だ。
猫が行って、そのあと、私がバカボンパパのうちに行くようになったんだ。
そうそう。まだ、夜のバイトをしている頃、旦那さんは寝てしまって、待っててくれない。
そもそも、どうして、夜のバイトなんかしたかだ。
当時、友人は、子育ての真っ最中の人が多かった。
私は、子供が嫌いだった。
だんだん孤立していくような気がした。

今日は、このへんにしておこう。
きっと、読んでくれた人、よく分からないよね。
自分でも良くわからない。
分かっているのは、今 元喜だって事。

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by tomotiyoo | 2014-03-19 23:30 | Comments(12)

行って来るね

待望の、大誓堂。
一足お先に行って来ます。
東京というだけで、こんなに早く行けるなんて、申し訳ないような・・・
皆さんの手に、いつ、券が来てもいいように、ちゃんと、準備だけはしておいてくださいね。
チャンスをつかむ人は、チャンスをつかむ準備をしている人。
行きたい人から、行けるんだって(笑)
では今日は、お留守番 よろしくお願いします。
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by tomotiyoo | 2014-03-19 07:12 | Comments(30)