2014年 03月 22日 ( 3 )

対話

ハピちゃんががんばってるから 開けました
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by tomotiyoo | 2014-03-22 20:53 | Comments(51)
その年、5月に、うずらという猫が死んだ。
この子は、夏の暑い盛り、旦那さんが会社の近くで拾ってきた猫だ。
電話で、死にそうな子猫がいるんだけど、連れて帰っていい?
うん 死ぬんだったら、うちで死なせてあげれば
そう言って、連れてきたら、元喜になっちゃって。
その頃、家族3人仕事をしていたから、昼間は留守になってしまう。
旦那さんは、バイクのヘルメットを入れるところに、猫を入れて、毎日猫と一緒に出勤していた。
この子は、ちゃんと、火葬してもらった。
家族3人、久々に勤行した。
旦那さんとの勤行は、これが最後となった。

奇妙な4人の暮らし。
不便なことはなかった。
そして、その年の暮れ、都営住宅が当たった。
次の年の9月。今いるところに、引越しすることになった。
その年の6月。
毎年、恒例の、母の誕生日旅行から、帰ってきたら、会社から、留守番電話が入っていた。
パートを初めて5年目。ある事で、仕事を辞めなければいけなくなった。
ここからが、貧乏のどん底に陥る。
その年、この地区に、派遣で来た人が、10時間唱題の人である。
話がしたいと思い、うちに来て欲しいといった。
生意気な私は、立てひざで、タバコをふかし、彼女は正座をして、私の話を聞いていた。
1つだけ、私と同じところがあった。
それが、題目のリズムの話だ。
先生と呼吸を合わせる。久々に、先生の事を熱く話す人に出会った。
惚れた。
この人と、がんばってみようと思った。
今までの事を全部聞いてくれた。
全て包み込んでくれた。
時間を作っては、10時間唱題をしてくれた。
その年の暮れ、最後の、酷い鬱に襲われた。
バカボンパパは、朝から晩まで、体が痛いと言う。
泊まりに来ていた母は、圧迫骨折で、まともに起きられない。
イライラして、どうしようもなかった。
寝込んだ。
でも、以前とは違っていた。
不安がない。
少し休めば、また元に戻る。
そんな感触があった。
もう、あんな、地獄のような日々は嫌だ。
2.3日休めば、必ず、元に戻る。
そんな確信ができた。
そして、それが最後。
寝込むことがなくなった。
できない事に、イライラすることがなくなった。
できない事を、数えるより、できることを数えるようになっていった。 

長い長いトンネルを抜けて、振り返ってみると、いくつかの事に気づくことができる。
人間が落ちていく時、感謝を忘れ、人のせいにして、傲慢になり、嫉妬、悪口罵詈。

今、私は、カウンセリングの勉強をしている。
私の、経験を、同じ苦しみで悩む人の、助けになれればと思っている。
最後は、自分で立ち上がるしかない。
しかし、必ず、それには、家族、友人、周りの人の理解と、励ましが必要だ。
励ますといっても、ただ、がんばれと言うような言葉は、相手の心を重くさせてしまうこともある。
心に寄り添い、傾聴、共感し、差異を認め合う。
必ず良くなることを、確認しあう。
確信する。
お陰さまで、今までに、何人かの人を、元喜にすることができた。
もちろんその人自身の、努力だ。
しかし、そこに、同苦ということができ、一緒に成長できる事に、本当の幸せを感じることができる。
何に命を使うか。これを自覚した時、人は大きく変わる事ができるのだと思う。

何が1番大変なんて事はわからないけど、一通り経験したこと。 
アルコール依存。
共依存。
不安神経症。
急性胃腸炎。
円形脱毛症。
躁。
鬱。
人間不信。
解離性障害
などなど。
私の場合、原因は、先生すらも、信じられなくなったこと。
人間不信ですね。
ご本尊様は、信じられても、それを信じる自分自身を信じられなくなりましてね。
何度も何度も、先生のこれを、読みました。牙の大河さん ありがとうございます。

祈り――それは、あきらめない勇気だ。
祈り――それは、あきらめない勇気だ。
自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は必ず変えられる!必ず!”。
確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り――それは、恐怖の破壊なのだ。
悲哀の追放なのだ。
希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。

自らを信じよ!
卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。
胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り――それは、我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、全宇宙を味方にして、
幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。


2004.10.10
我がふるさとは世界


私が、一番、辛かったのは、鬱かな?
だって、どうがんばったって、勤行唱題ができないんだもん。
これは、経験した人じゃないと、分からないね。きっと。
だから、まず、知っている人に相談してみよう。
お医者さんだって、薬を出すだけじゃないかもしれないよ。
そうだね。相談できる元喜があれば、っていう話だよね。

結論
心の病、特に欝は、一人では、とてもやっかいな病です。
どうか、まわりにそういう人を見つけたら、優しく寄り添ってあげてください。
話を、聞いてあげてください。
認めてあげてください。
時には、ほっといてあげてください。
そして、私は、あなたの味方だよと、必ず良くなることを、信じてあげてください。
長いこと読んでくださり、ありがとうございました。
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by tomotiyoo | 2014-03-22 01:08 | Comments(45)
もうこの頃は、ほとんど自宅には、昼間だけしか、帰らなくなる。
そんなある日おきた、カラス事件。
私は、生き物が好きだ。
特に猫。
私が、引きこもっていた頃、唯一の親友がおませだった。
この子は、私が折伏したFさんが、つれてきたチンチラの子供の1匹。
6畳一間のアパートで、猫が6匹生まれた。
おませが、バカボンパパの家に引き取られて、その後、私も引き取られることになる。
おませと一緒の散歩は、楽しかった。
桜の咲く頃、バカボンパパのうちの近所の公園へよく行った。
おませは賢い。
散歩行く?と聞くと自分から、かごに入ってくる。
医者に連れて行くときは、散歩と言っても、逃げる。
なぜ分かるのだろう?
今でも不思議だ。
そうそう カラスの話ね。
残った猫のご飯を、ベランダにおいておくと、カラスが来るようになった。
2匹。
だんだんなれてきた。
かーこと呼んでいた。
カラスでも良く見ると、かわいい顔と、そうでないのがいる。
頭には、ハートがない(笑)
えさがないと、窓を、トントンと優しくたたくようになった。
バカボンパパが、そばに行くと逃げる。
後もう少しで。手からて食べるんじゃないかと思うほど、近くに寄るようになった。
それが、ばれて、アパートを出なくてはならなくなった。
都営住宅に申し込んでも、なかなか当たらない。
そうだ。
うちの1階が空いている。
母の部屋だ。
私がこんな状態だから、母は、一人暮らしを始めた。
元はと言えば母が悪い。
私はそう思っていた。
我が家は、家の前に車を置いていた。
旦那さんが、出勤するのは7時30分。
その後は、空いている。
その頃バカボンパパは、中古のクラウンを乗っていた。
それが気にくわないのか、遊びに来ても家の前におかないようにと、文句を言ってきた。
自分だって、乗せてもらうくせに、なんて事を言うんだろう。
母は、バカボンパパが嫌いだった。
自分の娘の、命の恩人だよ。
分かってないね。
おませを追い出したのも、母だ。
私が、こんな変な性格は、母が作り出したものだ。
私はずっと、心のどこかで、母を憎んでいた。
もちろん今は違いますよ。
もう、母、仏様のようですから。(笑)
またここで、どなたかクレームつけるんでしょうね(笑)
ああ また話が脱線。
その空いた部屋に、住ませてもらおうと考えたのだ。
交渉成立。
その間も、バカボンパパは、都営住宅の、申し込みをしていたようです。
そして、元の家に、バカボンパパと一緒に引越し。
うーん?出戻り?
おかしな同居生活が始まるのです。
1年ほど、1階にバカボンパパと私は、住んでいました。
ここには、もう1人住人がいて、それが、今私とよく飲みに行くM君である。
彼との付き合いも長い。
M君とは、家族ぐるみのお付き合い。
妹は、女子部当時、私の部員さん。
よく一緒に、折伏しましたよ。
ある日、彼女が、連れてきた友人。
信心の話をしていたら、怖いと言い出し、おじさん(当時の支部長)の後ろに、おばあさんがいると言い出し、大騒ぎになったことが・・・
支部長は、慣れたもんで、はい ちよちゃん みかんむいてあげてって
こんな時に、みかん?と思いながらも、彼女に食べさせた。

引っ越したのは、忘れもしない平成21年10月20日
ここちょっときついから、読まないほうがいいかも・・・
見たくない人、次の記事に行ってくださいね





















引っ越して、おませと一緒に、久々の散歩
帰ろうとしないので、まあ 片付けもあるし、慣れた所だし、そう思って帰ってきた。
なかなか帰ってこなかったので、捜しに行った。
踏み切りで・・・
顔はそのまま
あれ?って顔して
もうどうする事もできなくて、泣きながら家へ帰った。
おじちゃーん おませがー
おねーちゃんと旦那さんに電話した。
お題目あげてーって。
結局、バカボンパパが、電車の会社へ電話して、処理してもらった。
どうする事もできなかった。
つづく
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by tomotiyoo | 2014-03-22 01:00 | Comments(6)

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