真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

2014年 04月 26日 ( 1 )

「彼らの攻撃は、「聖教新聞」に4月から6回にわたって連載された山本伸一の生死一大事血脈抄にも向けられた。」

過去の私の、生死一大事血脈抄の記事

http://tomotiyoo.exblog.jp/21359717/

http://tomotiyoo.exblog.jp/pg/blog_view.asp?srl=20879433&nid=tomotiyoo


「伸一はその中で、信心の血脈の大切さを強調し、「ご本尊」と「御書」を根本に進むことを訴えていた。
それに対しても、歴代法主を否定するものだというのである。」

信力・行力がなければ、仏力法力は現れませんし、もったいなくもわが身が即一念三千との本尊と現れるはずもないのであります。
「血脈」とは「信心」であると「権威」と「形式」の既成宗教を打破しています。
戸田先生は、日蓮門下にとって信心の骨髄の御書であり、これを離れて広宣流布もなければ信心の核心・仏法の骨髄に触れることはできない」と

先生の指導で、私が感じていることは、昔は厳しかったと言うことである。
それは何故か。
ここからは、あくまでも私見であるが、それは、先生ご自身の事を話されているからであると思う。
たとえば、事故や、病気を不祥事と言っていた。
それは何故か?
いつも、先生は、ご自分のことを仰っていたのではないだろうか。
そして、同志に対しては、もしそのようなことがおきてしまった場合には、御書を通し
「涅槃経に云く「菩薩悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ・悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」已上」(立正安国論P21)
と指導されているのだと思う。
また、私の姉の時代は、夏期講習会などに行くと、また、同じメンバーで会おうねと、何回かご一緒させていただいたようだ。
1人も退転させないという、先生の深い慈愛だろう
しかし、学会も大きくなるにつれ、先生は1人1人に会うのは、困難になってしまった。
なぜ学会は大きく発展したのかとの質問に、先生が、私が1人1人と直接会って来たからですと、答えています。

私は、養父などには、かなり厳しいことも言います。
何かあっても、幹部のフォロも、頼める。
絶対に退転させないという、気持ちがあるからだ。
ネットで出会った人とも然り。
しかし、メールなどでは、伝えない。
誤解が生ずるから。
大事な話は、直接会って、話をしたい。
ある人が、驚いていた。
なぜ、こんなに楽しい時間に、そんな話を持ち出すのかと。
私は、会って、その人の顔を見、表情を見、果たしてその話をしていいものかどうかを考えなければ、大事な話ができないからだ。
しかし、ネットの場合そうはいかない。
信心歴も、信心の厚薄も、教学の理解度も千差万別だ。
人によっては、気分で来て、気分で去る、そんなこともあろう。
しかし、私は、人間である以上、1度の書き込みにしても、そこに こ こ ろと言うものがあると思う。
その心に、どう寄り添い、どう同苦し、お互い成長できるか、私はここに重きを置いている。
たかがネット、されど、ネット。
人間が作った道具を、人間がどう使っていくかが、鍵なのであろう。
私達は、先生の弟子らしく、仲良く、自分らしく、人間らしく、生きていこう
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by tomotiyoo | 2014-04-26 10:53 | Comments(12)

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