真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

2014年 05月 25日 ( 1 )

3年前、突然、区役所から電話があった。
「藤野博教さんをご存知ですか?」
22年ぶりに聞いた父の名。
それまで記憶からかき消していた。
独り暮らしで、病気だという。
父に会った。
だが、「母さんは元気か?もう何もしないからと伝えろ」
との一言に怒りが爆発した。
「ふざけるな!もう母は・・・」
 父は大酒飲みで暴力と借金の毎日。
母は、顔のあざを化粧で隠して仕事に、私は殴られた顔を腫らして小学校に通った。
救いは、強き母の存在だった。
中学の時、両親は離婚。
その頃からバイクを乗り回した。
ある日、夜中の3時ごろ帰った。
朝から深夜まで四つも仕事をし、父が残した借金まで返す母。
疲れているのに仏壇の前に座り、そのまま眠っていた。
“俺のこと”を祈ってくれていると感じた。
顔を合わせると「帰ってこなくても、便りがないのは元気な証拠や」と
笑い飛ばす母。
20歳の時、「1回だけ、お母さんの言うこと聞いて。池田先生が来るけん
福岡ドームでの5万人の第九に参加して」。
母の思いが師との出会いを刻ませてくれた。
 だが、8年前、母が脳腫瘍に。その時信心に立ち上がった。
姉と必死に祈る中、母は眠るように旅立った。
信心に頑張り始めた頃、病気と闘う母に敬意を表し、言ったことがある。
「あなたには、かないません。生涯信心していきます」。
母は ガッツポーズをし、私の勝ちやね!」とにっこり笑った。

つづきは 大白で。
涙が出ました。
感動しました。
この体験談。以前の私だったら、どう思ったであろうか?
こんなに頑張っていたのに、どうして 死んじゃうの?って思ったのではないだろうか?
先生が、意味のあること と仰っていた事に、何の意味があるのよ!と
怨妬気味だった私。
恥ずかしい限りだ。
母も、家に帰らない私のため、よくお題目をあげていたようだ。
たまに、遅く帰ると、仏壇の前で、泣きながら題目をあげる母。
そんな母に、女々しいと、罵声を浴びせた私。
これから親孝行することでしか、償う事はできないが、ただ一つ、母にとって後継の道を歩んでいる事だけは、自慢の娘であるようだ。
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by tomotiyoo | 2014-05-25 00:00 | Comments(28)

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