2014年 05月 28日 ( 1 )

「まるで「狂ったピアノ」のような社会である。
調子はずれの不安な音ばかり聞こえてくる。
心ある人が善意の曲を弾いても、美しい音律が、どこかで、
すぐにゆがめられてしまう。
この不調和のピアノを調律するものは何だろうか。

アマラウ・ビエイラ氏(ブラジル音楽学会会長)が、
あの人なつっこい笑みをたたえて言われた。
「この世は二元的というか、すべてに善と悪、
プラスとマイナスがあります。
そして『不調和』を『調和』へと方向づける力が音楽にはあると思います。

芸術の世界は本来、一番、清らかな、人間向上の世界のはずである。
しかし現実は反対の場合のほうが多い。
その中で氏は「彼こそ真実の音楽家」と評価されている。
氏が求めているのは、人気ではなく、人間である。
人々の喝采が欲しいのではなく、人々の喜びが欲しいのである。
「ロボットのような人間になってはいけない。
機械のような演奏はいけない。
惰性ではなく、つねに新しい境涯にステップ・アップ(上昇)しなければなりません。
それが『創価(価値創造)』ではないでしょうか」と。
不思議な天命の方である。
6歳でピアノを始めた。
作曲を始めたのは8歳。13歳で単身パリへ(1965年)
パリ音楽学院を受験。トップ合格。
しかし、料理から洗たく、お金の支払いまで、すべて一人でやらなければならない。
電話のたびに、母は言った。「苦しかったら、いつでも帰っておいで」
「大丈夫です」と答えながら、実際は苦しみの毎日だった。
「あの頃の労苦が、人間として、芸術家としての私の基礎をつくってくれたと思います」
やがてドイツへ、イギリスへ。勉強は続いた。
少年は青年になった。25歳の時、転機が来た。
イギリスで、音楽の天才少年を教える有名な「メニューイン・スクール」の
音楽部長に推薦されたのである。
だれもが、うらやましがる地位であり、名誉と経済的安定が約束された。
しかしビエイラ氏は迷った。
「自分はブラジル人。ブラジルのために尽くすのが使命ではないか」。
悩んだ。やがて決めた。「帰国しよう」と。
「黄金のチャンスを投げ捨てるのか」。周囲の全員が反対した。
しかし今、氏は語る。
「もしも、あのとき、話を受け入れていたら、自分の成長はなかったと思います。恵まれてはいても、挑戦のない人生になってしまったでしょう。
人間は、挑戦してこそ人間です」
何のため━氏はつねにこの探求があり、哲学がある。
いつも自分を超えた「大いなるもの」のために尽くそうとされている。
この使命感こそ、自己を浄化し、芸術を浄化し、社会を浄化する源泉であろう。
「ブラジルはエリートのためだけの国ではありません。
民衆のための国です。人間以上の人間などいません。皆、同じ人間です」
「立派な国になったならば文化に力を入れよう、というのは、さかさまです。
文化を交流してこそ立派な国になるのです」
 より高き自己を探求する謙虚さと素直さ、思索と哲学、そして祈り━それらのない芸術は、いかにもてはやされようとも所詮、虚飾ではないだろうか。
魂を豊かにはしないのではないか。

調子はずれの社会。
こんな時代だからこそ、生き生きと、心の窓を開けて歌いたい。
そして、民衆による大文化運動のなかで「魂の調律」を実現していきたいものである。
ビエイラ氏はきょうも、人々の心の鍵盤を叩き続けている。」

(1995年4月16日付「聖教新聞」掲載 池田大作全集第122巻所収)
(民音創立50周年記念「創立の心を学ぶ」
民衆文化の栄光と光彩P65から抜粋)

この本は、地区の民音担当者の方に、先生から贈られた本である。
是非、地区の民音担当者の方に、読ませていただくことを、お薦めする。

恵まれてはいても、挑戦のない人生になってしまったでしょう。という氏の言葉に、自分の人生を重ねてみる。
果たして、挑戦していただろうか?
今、挑戦し続けているだろうか?
そんな事を考えた。

私は、女子部の頃から、民音の担当をさせていただいて、途中お休みの時期もあったが、かれこれ25年になる。
その間、いろいろな音楽、演劇などを見ているが、まだビエイラ氏の公演には行った事がない。
もう随分と前の事だが、本部幹部会で弾いていただいた事があったように、記憶している。
氏の人となりを知り、機会があったら是非聴いてみたいと、心から思った。
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by tomotiyoo | 2014-05-28 00:00 | Comments(18)