2014年 07月 03日 ( 1 )

昭和20年7月3日

「池田青年室長が逮捕された7月3日午後7時というこの日この時刻は、くしくも、1945(昭和20)年に戸田第二代会長(当時理事長)が出獄したのと同日同時刻でした。
夕張から羽田経由で大阪に向かう池田室長を見送りながら、検察による取り調べの過酷さを身をもって知っていた戸田会長は、池田室長の肩を抱き
「死んではならんぞ。大作、もしも、もしも、お前が死ぬようなことになったら、私もすぐに駆けつけて、お前の上にうつぶして一緒に死ぬからな」と語ったといいます。
また、池田室長が勾留されている間、戸田会長は衰弱した体をおして、みずから大阪地検に室長の不当逮捕への抗議に出向きました。池田名誉会長は「足もともおぼつかぬ憔悴したお体で、手摺にしがみつくようにして階段を上り、大阪地検にも抗議に行かれた。
後にその話を聞き、師のありがたさに、私は涙した」と語っています。
のちに池田名誉会長は、7月3日にちなみ

「出獄と入獄の日に師弟あり」

と詠み、無罪の判決を見届けることなく生涯を終えた恩師を偲びました。」

(SOKAnetより)

第三文明社、「牧口常三郎 獄中の闘い」より昭和19年7月4日
牧口先生から牧口貞子さん(子息の洋三氏の夫人)へ送った手紙を抜粋します。
「祈っています。
信仰をしっかりして、安心して行きなさい。
皆、病気しないように、私も元気です。
ちょうど一年がめぐって来た(前年、7月6日 下田で検挙)
1ヶ月も毎日書いて、一冊の本となり、数馬判事様へ上げた。安心した。
あとはご本尊様に御まかせです。」

解説
「昭和二十年8月15日、日本は敗戦。
しかし、その焼け野原に戸田先生がひとり立ち上がり、池田先生がそのもとに馳せ参じていくことになる。
そして、今日の創価学会の姿をみるとき、「あとはご本尊に御まかせです」という、この牧口先生の絶対の確信は一切を見通しているようなほがらかささえ感じる。」と

私の大好きな大好きな牧口先生。
時代は変わり、創価の思想で、逮捕されるということはありませんが、そのような迫害に屈せず、一生涯この信仰を続けていく覚悟はあるのか否か、私自身、分かりません。
しかし、どんなに悪口を言われようが、嫌われようが、創価の真実だけは語っていくという覚悟はできていると思います。

教育は子どもの幸福のためにある。
教育学の目的は価値創造。
自他共の幸福。
価値創造の価値のおおもとは、生命尊厳
全ての人の幸福と世界の平和が、私達の願い。

私は、毎月の座談会の企画を協議する時、必ず「体験発表は?」と聞きます。
大善生活実験証明座談会が、創価の座談会の原点です。
「日蓮仏法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず」と
これからも、声を大に、自身の体験を語ってまいります。
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by tomotiyoo | 2014-07-03 00:00 | Comments(24)