2014年 07月 21日 ( 3 )

沖縄と集団的自衛権をみんなで考えよう

つづきからどうぞ
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by tomotiyoo | 2014-07-21 10:36 | Comments(97)

沖縄と集団的自衛権をみんなで考えよう

まずは うるとらまんさんが応援しているまいちゃんの三線と歌声をお聴きください




まいちゃんは 小児麻痺ですが 持ち前の明るさと 根性で くるるの乙女と共にプロを目指して 活動中です
三線と歌声 いいでしょ


ここからは 皆さんも一緒に考えていただきたい沖縄の話です
うるとらまんさんから いただいたメールです
みなさんの 忌憚ない意見を よろしくお願いいたします

秋野公明党参議院議員の集団的自衛権についての説明を聞いてきました。
残念ながら時間切れで質問ができませんでした。
秋野さんに質問したかった事お話しします。 
                      
 沖縄から見た今回の閣議決定には違和感あります。
一つは性急な閣議決定です。この集団的自衛権についての閣議決定で影響ある自衛隊、沖縄県民に十分な説明をして閣議決定しなかった事に怒りを感じます。         
 内外の自衛隊の友人とお話ししましたが、皆、言い知れぬ不安を感じています。
PKOで派遣された自衛隊員に20数人の自殺者がいます。
PKO以上に過酷な任務になるであろう集団的自衛権の任務を担う自衛隊員に閣議決定する前に不安除去のための説明をすべきだったと思います。    
沖縄戦で日本軍は食糧を奪い県民を守ることがなかったことに対する不信感、戦後は沖縄の犠牲にしての日本独立、日米安保維持のためのため基地の島沖縄、そして、今回の閣議決定です。
常に犠牲を虐げられ、裏切られてきた沖縄県民に対し、何の説明なく閣議決定です。     
沖縄県民の県民感情を考慮しての閣議決定とは思いません。
沖縄県議会は集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の慎重審議を政府に求める意見書を公明党野党の賛成多数で可決しました。

 意見書は「国民的議論もなされず性急に閣議決定を行う乱暴な姿勢は到底許されない」
 国内唯一の地上戦の体験があり在日米軍基地が集中する沖縄の立場から
「集団的自衛権が行使されれば戦争に巻き込まれる危機感と県民の生命財産が脅かされる」とし、慎重審議を要請しています。

公明党が果たした役割は評価します。

しかし、自衛隊員、沖縄県民への配慮を公明党はしましたと言い切れるでしょうか?                      
今後とも公明党は、同じような性急な政治手法を続けるのでしょうか?                    次に新3要件についでです。              
日本と密接な国とあります。密接な国とはアメリカだけでしょうか?
もし、韓国と北朝鮮が衝突し、韓国から援助の要請、あるいは韓国との同盟国アメリカからの要請がある場合はどうなるのでしょうか?
韓国にいる日本人救に自衛隊の対応はどうなるのでしょうか?        
集団的自衛権を行使した場合、沖縄はテロの標的になる可能性大です。
9.11の時、沖縄は厳重体制が敷かれ県民は恐怖のどん底に陥られました。
観光客は激減し倒産、自殺者が相次ぎました。基地と観光は両立しません。
それでも中央の公明党は辺野古移設容認です。
集団的自衛権を行使した場合のテロ対策は明示されていません。

  
公明党が果たした役割は評価します。

しかし、原発事故のように想定外で済ませれるのでしょうか? 

           
                         うるとらまん 


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by tomotiyoo | 2014-07-21 10:34 | Comments(127)

二人目の折伏

幼なじみのM君
確か私より4歳年上
両親が蒸発し、男3人の兄弟が、おじいちゃん・おばあちゃんによって、育てられていたようだ。
3人とも、成績優秀。
M君も○工大付属高校に入学
おじいちゃん おばあちゃんは、学会員で、私と同じ地区。
おじいちゃんは 目が不自由でよくM君がおじいちゃんを座談会会場へ連れてきていた。
2人ともお亡くなりになった後、お兄さんが蒸発。
2人の兄弟は、残った家で、ひっそりと暮らしているようだった。
再開は、私が 22歳の頃。
行きつけのお好み焼きやさん。
懐かしい話で 意気投合。
でも彼は、どうやら学会が嫌いだったみたい。
私も 遊び盛りで、よく飲みに行ったりしていた。
友人のM子と、他の友人とで よく遊んだ。
そんな中、当時の副大B担(現在でいう地区副婦人部長)が、彼と私を自宅に招いてくれた。
気がついたら、書類がそろって、後日、常泉寺(戸田先生の会長就任の場所)で、御受戒。
小さい仏壇を、プレゼントして、当時会社の寮にいた同居の人に許可を頂いて、ご本尊送り。
祈ってはいたが、ある意味簡単にできた折伏だった。
しかし、その後が、結構大変だった。
ある日、仏壇の上に、トロフィーが乗ってるのよ。
思わず、怒っちゃったら、ゴルフで優勝して嬉しかったから、ご本尊様の上に乗せた だって。
もう、世話の焼ける人だった。
結局、ある日、映画を見に行った帰り、自動販売機でビール買って飲んでるの。
その時、飲むまで手が震えてるのを、見ちゃった。
やばかったね。
その後色々あって、別れちゃったけど、飲む打つ。
流石に買うはなかったと思うけど、別れられてよかった。
いい人だったんだけど、一緒には、幸せになれなかったんだと思う。
でも、不思議な事に、女子部最後の折伏の人 紹介してくれたのは、M君だった。
その頃の記事は

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その後、引越し先にも、元旦那さんと訪れたりしたが、今では、音信普通である。
今なら、もう少し面倒みれたかも知れないと 少しだけ心残りである。

※今日は水滸の日です
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by tomotiyoo | 2014-07-21 00:00 | Comments(20)