2014年 10月 03日 ( 1 )

友人のブログより

「一番落ち込んでいる自分、

一番惨めな境遇に苦しんでいる自分、

また、一番不安がっている自分をこそ

大きな心で包んであげる。

温かい目で見守ってあげる。

それが「悲しみを慈しむ心」すなわち「慈悲」であると。」「最悪の時に、自分をその慈悲の心で包む。

そこに魂の勝利の姿がある。

その生命で自分を包める人は、

もう悲しみは単なる悲しみではない。

慈悲の心に包まれたその悲しみは、

そのままで、勇気に転ずるであろう。

また、絶望は希望へと転じていくだろう。

その生き方の中に本当の意味での

人間の魂の勝利の生き方がある。

そういう心で自分を包める人は、

また、絶望に苦しんでいる人を我が事のように、

温かい心で包んであげられるでしょう。

でも落ち込んだ自分を、

こんな自分は情けないと嫌う人は、

そこから立ち直った後で、

同じように落ち込んだ人を見ると

「かわいそうに」とは思うでしょうが、

心の奥底では、

「弱い人だな、自分に負けてだらしない人だな」と見るでしょう。」

「池田先生が、

「皆さんが仏です。騙されてはいけませんよ。」と

何回もおっしゃいました。

だけど師匠の言っていることを信じない人が多い。

「本当は違うんだけど、

先生は我々を激励するために

『皆さんは仏だ』と言っている」と受け取る。

師匠の言うことをたとえ激励と言いながらも、

本当は信じない。これこそ傲慢ではないでしょうか。」


仏といわれても たしかに 私のように こんなにわがままな仏がいたら 困るよね
だから 人間革命していかなくっちゃ
仏道修行は 今日もつづく
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by tomotiyoo | 2014-10-03 00:00 | Comments(33)