2015年 01月 17日 ( 1 )

「頑張れー!ふなっしーさん、みんな応援してます」

この記事は ある方が ふなっしーの為に送ってくださった原稿です

我が家は 既に一家で入会していたのですが、
私が5歳の時、母がステージ4の子宮がんになりました。
母は自分が不治の病であることを知りました。
どうしても死にたくない、ただその一心で病院と同室の入院患者さんの許可を得て、
御本尊をベッドに安置し、起きてる間はずっと唱題だったそうです。
しかし、ここまで来るのには心底、御本尊を信じ切れない母を、
何度も何度も見舞いに来ては、激励してくれた同志の方々がいます。
誠にありがたい限りです。

当時25歳の母が、遂に腹が決まった一瞬がきます。
ある方の、最後の厳しい確信の叱咤、激励です。
『あんた、こんだけゆうても分からんのか。ほんなら勝手に死んだらええねん。
こんな幼子を残してな。この子、可哀想に。旦那さんも再婚するやろうしな。」
「さぁ、さぁ、皆さんもう帰りましょ。」
途端に物凄い寂しさがこみ上げて来て、『やります、私、頑張ります。」
そうして、その日のうちに御本尊をベッドに安置したそうです。
程なく、主治医も首をかしげる完治。これが我が家の信心の原点です。
この原点があって、私ども一家はいまだ懲りず候です。
病は道心よりおこりて候ですね。
母の己心の魔を断ち切ってくださった方は、池田先生と共に関西広布の礎を築かれた方です。
創価励まし学会、万歳ですね。
癌が完治して感謝の唱題をしていると、ふと、ひょっとしたら、あれは癌じゃなかったのかも、
医者の誤診かも、と思うらしいんですね。そうすると、途端に異常出血が起こるんだそうです。
びっくりして、トイレにかけこんで、御本尊様ごめんなさい。
もう思いません。疑いません。ごめんなさい、すみません。
そう言って真剣に唱題する事が数回あって、
絶対の確信になっていったそうです。
生死をかけたことであっても、迷うんですね。
確信を掴むのは、本当に難しい。
それと、母を厳しく叱ってくれた方は、「平和と文化の大城・池田大作の軌跡」の大阪編に出てくる、福住ふさゑさんと言う方です。


その方の事が書いてあったので 抜粋します

潮 「平和と文化の大城・池田大作の軌跡」  昭和31年大阪

▼婦人部への一通のハガキ
 伏し目がちの目。油気のない髪。袖や襟の古びた着物。
昭和三十一年一月五日。偶然、関西本部で池田室長と出会った」福住
ふさゑは、憔悴しきった表情だった。
 ほんの一週間ほど前に夫を亡くしたばかりである。集金のため外出した京都で血を吐いて倒れた。命日は十二月三十日。
 人生で最も暗い正月だった。凧揚げや羽根突きに興じる、近所の子供の歓声がむなしい。
 
 どないして、育てよ……″。残された五人の子どもの行く末が案じられてならない。
「お気の毒に」と心配しながら、陰では「あの家、拝んどるのになあ」。世間の風は冷ややかだった。
 
 すがるような思いで室長に指導を求める彼女の腕のなかには、生後四ヵ月の末っ子が寝息を立てていた。
 途切れ途切れに、嗚咽をこらえて話す彼女を室長は諭した。

「もう泣くのは、およしなさい。母親がめそめそしていたら、だれが子どもを明るく育てるのですか。きょうから太陽になりなさい」
 冷え切った身体に、温かい湯がしみわたるようだった。

「夫がいるから必ずしも幸せではない。一人になっても強いかどうか。
その強さを持つ人が幸福です。若いときに夫を亡くしたり、
病気で苦労した人は、最後は必ず幸福の女王になれるんだよ。
不幸になった人を可哀想にと大きく包んでいくことができる。
仏の心で苦しんでいる人を励まし守っていける。仏法に無駄はないよ」
 
単なる同情でもない。慰めでもない。現実逃避でもない。
 この日を境に福住は、敢然と立ち向かった。
 室長は、彼女を忘れなかった。やがて再会。元気そうな姿に膝を叩いて喜んだ。
 その数日後、福住の家に一通のハガキが届いた。差出人は「池田大作」。
 御書の一節が記され、勝利の人生を飾ってほしいとの願いが綴られていた。
 もう、絶対に泣かへん。この子らの母親は、世界で私ひとりや″ 
再びの勇気を得て、子どもを背負いながら、同志を励まして歩いた。

 このようなエピソードは、枚挙にいとまがない。
 後に、中国の周恩来総理は「創価学会は大衆の中から立ち上がった団体」と刮目した。
創価学会は、最高指導者自身が、虐げられた大衆の第一の味方だったからである。
 池田室長は、会長就任以降、海外の識者や指導者と対談を重ねていく。
その履歴を妬んでか「有名人好み」と揶揄する者がいる。
 ジャーナリストの柳田邦夫は、自著『創価学会名誉会長 池田大作は何を考えているか』のなかで、
この点に触れている。
「数からいっても、彼(池田)“交流″相手は、むしろ無名の青年男女が圧倒的に多い。
いわゆる著名人との対話というのは、そうした民衆レベルでの交流の頂点を占めているにすぎない」
 その通りであろう。一度、統計を取ってみればよい。」と

もうみなさん 分かるよね
これを送ってくれた人がどなたか?

※このコメント欄には この記事に関して 
又はふなっしーへの激励以外 入れないで下さい
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by tomotiyoo | 2015-01-17 00:00 | Comments(18)