2015年 06月 19日 ( 1 )

「「私がいれば大丈夫!」と
今、ここから
時は1936年の12月━日本軍の非道な侵略が荒れ狂う最中、
30代の若き周恩来青年は、西安に駆けつけた。
当時「西安事件」というげきどうの渦中にあった、この地で、周青年は、
味方のなかにも、敵のなかにも勇敢に突入し、凛々たる声を響かせながら正義の陣列を拡大していった。
「何があっても大丈夫!我らの周恩来が、西安にいるからだ!」
「これで中国は救われる!我らの周恩来が西安にいるかぎり!」
「必死の一人」が歴史を変える
周青年のごとく「わが地域はあの人がいるから大丈夫だ!」と
仰がれる広宣流布の原動力となって光ってください。
誰かに期待するのではない。
自分自身が、その存在になっていくのです。
何か問題があるのならば、自分自身が変えていくのです。
そして、東で、西で、北で、南で「学会の運命はここから変わった!」と
謳われる「勝利、勝利の進撃」を断固として開始していただきたいのであります。
「何か」を残せ!
周総理 指導者のあり方
1.「上からの号令ではなく、個人指導を多くせよ!」。
2.「民衆と結合し、民衆の知恵から多くを学べ!」。
3.「”上から下”ではなく”下から上へ”、多くの波動を起こせ!」。
初代牧口会長もまったく同じ。大事なのは「個人指導」
じっくりと「一対一」で語り合っていく。
偉いのは「上」ではない。「下」で支える人が偉いのです。
「何か」で勝利していきましょう
「何か」を残さずして何のための人生か。
社会は闘争。人生も闘争。
甘えは許されない。同情も必要ない。
勝てば「歓喜」と「幸福」
負ければ「悲嘆」と「不幸」
ゆえに勝ちましょう!
歴史をつくりましょう!
(2000年10月12日 創価大学記念講堂 輝きの明日へ70より抜粋)
厳しいけれど 温かい大好きな先生の激励でした




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by tomotiyoo | 2015-06-19 00:00 | Comments(7)