2015年 09月 30日 ( 1 )

阿闍世王の事(P710)

「だい3あじゃせおうのこと もんぐの1に いわく
第三阿闍世王の事 文句の一に云く

あじゃせおうとは みしょうおんと なづく
阿闍世王とは未生怨と名く、


またいわく だいきょうにいわく あじゃせおうとは みしょうおんとなづく

又云く大経に云く 阿闍世とは未生怨と名く

またいわく だいきょうに いわく あじゃを ふせいと なづく せいとは おんと なづく
又云く大経に云く阿闍を不生と名く世とは怨と名く。

おんぎくでんに いわく
御義口伝に云く

にほんこくの いっさいしゅじょうは あじゃせおうなり
日本国の一切衆生は阿闍世王なり

すでに しょぶつのちちをころし ほけきょうのははを がいするなり
既に 諸仏の 父を殺し 法華経の 母を 害するなり、

むりょうぎきょうに いわく
無量義経に云く

しょぶつの こくおうと このきょうの ふじんと わごうして ともに このぼさつの こをうむ
諸仏の国王と是の経の夫人と和合して 共に是の菩薩の子を生む、

ほうぼうのひと いまは ははの たいないに しょしながら ほっけの おんてきたり
謗法の人・今は 母の 胎内に 処しながら 法華の 怨敵たり

あに みしょうおんに あらずや
豈未生怨に非ずや、

そのうえ にほんこく とうせは 3るいのごうてきなり
其の上日本国当世は三類の強敵なり

せしゃみょうおんの 4じに こころを とどめて これを あんずべし
世者名怨の 四字に 心を 留めて 之を 案ず可し。

にちれんとうの たぐい この じゅうざいを まぬがれたり
日蓮等の 類い 此の 重罪を 脱れたり

ほうぼうの ひとびと ほけきょうを しんじ しゃくそんに きし たてまつらば
謗法の 人人 法華経を 信じ 釈尊に 帰し 奉らば

なんぞ いぜんの しぶ しもの じゅうざい めっせざらんや
何ぞ 已前の 殺父 殺母の 重罪 滅せざらんや、

ただし ふぼなりとも ほけきょう ふしんの ものならば さつがいすべきか
但し 父母なりとも 法華経 不信の 者ならば 殺害す可きか、

そのゆえは ごんきょうの あいを なすはは
其の故は権教の愛を成す母・

ほうべん しんじつを あきらめざる ちちをば さつがいすべしと みえたり
方便真実を明めざる父をば殺害す可しと見えたり、

よって もんぐの 2に いわく
仍て文句の二に云く

「かんげは とんあいの はは むみょうの ちち これを がいするゆえに ぎゃくと しょうす
「観解は 貪愛の 母・無明の 父・此れを 害する故に 逆と 称す

ぎゃくそくじゅんなり ひどうを ぎょうじて ぶつどうに つうたつす」と
逆即順なり 非道を 行じて 仏道に 通達す」と、

かんげとは まっぽう とうこんは だいもくの かんげ なるべし
観解とは 末法・当今は 題目の 観解 なる可し

ことして ふぼを さつがいするは ぎゃくなり
子として 父母を 殺害するは 逆なり、

しかりと いえども ほけきょう ふしんの ふぼを ころしては じゅんと  なるなり
然りと 雖も 法華経 不信の 父母を 殺しては 順と なるなり
ここを もって ぎゃくそくぜじゅんと しゃくせり

爰を 以て 逆即是順と 釈せり、

いま にちれんとうの たぐいは あじゃせおうなり
今 日蓮等の 類いは 阿闍世王なり

その ゆえは なんみょうほうれんげきょうの つるぎを とって
其の 故は 南無妙法蓮華経の 剣を 取つて

とんあい・むみょうの ふぼを がいして きょうしゅ しゃくそんの ごとく ぶっしんを かんとくするなり
貪愛・無明の 父母を 害して 教主 釈尊の 如く 仏身を 感得するなり、

とんあいの ははとは かんじぼん 3るいの なか だい1の ぞくしゅうなり
貪愛の 母とは 勧持品 三類の 中 第一の 俗衆なり

むみょうの ちちとは だい2 だい3の そうなり うんぬん
無明の父とは第二第三の僧なり云云。」

先生の講義から
「殺害とは言っても 殺すという事では 決してない。
謗法行為を殺すのであり、謗法の心を断ち切ることを意味する。
他人を怨む性格・性質は誰人にもある。
修羅・葛藤の根本原因は、人間生命に深く根ざしている。
一口に怨むといっても,なにを怨むかが問題だ。
日連大聖人を怨み、大御本尊を怨むことは、悪の中の極悪になるのである。
 しかし、真に民衆のことを思い、戦争を憎み、平和を願い、敢然と戦う姿は、真の阿闍世王の姿である。
また、謗法を憎み、相手の幸福を考え、折伏する姿は、これまた 真の阿闍世王である。」
煩悩即菩提だから 自分がもっている嫌なイノチも お題目で昇華させていけば いいという事なのですね
阿闍世王というと 悪い意味としてしか 捉えていなかったけど
この 大聖人仏法に 真に目覚めれば ある意味 怖いものなしですね
過去は過去として 反省しつつ 前に前に進んでいこう!

※読みづらくて ごめんなさい


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by tomotiyoo | 2015-09-30 00:00 | Comments(10)

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