2015年 10月 19日 ( 1 )

うるとら家族の体験 1

交流座談会での 息子さんの発表です

僕の おじいちゃんは僕と同じ小学生の時に戦争があり学童疎開しました。

戦争は二度としてはいけないとお父さんに、
そしてお父さんは僕に話したおじいちゃんの話しを聞いて下さい。



太平洋戦争末期、学童疎開船対馬丸がアメリカ潜水艦の魚雷攻撃で沈没し
1400人余りの子どもの命が犠牲となりました。

おじいちゃんのお父さんはハワイに移民していました。
竹槍で訓練しているのを、ひいおじいちゃんはアメリカの機関銃に
勝てるわけがないと言っていたそうです。
まわりの人はスパイと思われるとヒヤヒヤしていました。
アメリカに勝てるわけがないと思っていた、ひいおじいちゃんは、
おじいちゃんを船に乗せました。

おじいちゃんは対馬丸が沈没した一週間後に熊本に疎開しました。
熊本に向かう途中、対馬丸が沈没した海では子ども達の洋服荷物、サ
メに食いちぎられた子ども達が漂流していました。


沖縄を発ときの荷物制限があり冬物がなく熊本は寒くて寒くて
どうしょうもありませんでした。

帽子を落とし、拾うふりをして道端に落ちていたみかんの皮を食べたり、
駅のゴミ箱を漁っていました。
それを引率の先生に見られて「
馬鹿やろう。お前は犬か」と物凄く怒られました。
風呂に入れずシラミが発生して空腹を忘れようと早く寝床に就いても、
かゆくて眠れない日々がありました。

親に助けを求めたくても親は米軍の機関銃から逃げまわっていました。
生きているのか死んでいるのか、何も分かりませんでした。

空腹、寒さに耐え忍んでいることを知った近くの婦人会が、食料、古着、
布団などを届けてくれおじいちゃんは涙ぐみながら感謝していました。

 初めて見る雪に感動し見とれてしまい掃除をしなかった罰として
沖縄の生徒全員、冷たい土の上に正座を命じられました。
それを2階から見ていた高等科の女生徒が「これを足の下に敷きなさい」と
つぎつぎと頭を守る大切な防空頭巾を投げ落としてくれました。
お風呂に入らず霜焼けで汚れた足の下に敷きなさいと防空頭巾を渡してくれた
女生徒のやさしさをおじいちゃんは生涯忘れる事はありませんでした。


 遠足のときの事です。
食べるものがなく木陰でじっとしている沖縄の生徒に気づいた
同級生の淳一さんが 皆に呼びかけ弁当を分けてもらいました。
おじいちゃんは、とてもうれしかったのでしょう。
慰霊の日には涙を浮かべながら、このことを何度も何度もお父さんに話しました。

シラミでかゆくて我慢できず、お金を払わず、こっそり入浴した
おじいちゃんたちを見て見ぬ振りをしてくれた

 さくら湯の番頭さん、いつも援助してくれた熊本の皆さん、
おじいちゃんが大変お世話になりました。
心より感謝申し上げます。 有難うございました。


おじいちゃんは熊本の人に感謝していました。
高校野球は熊本の代表がでると一生懸命応援していました。

おじいちゃんのことをお父さんは僕に伝えてくれました。
今度は僕の番です。

戦争は絶対にダメだとのおじいちゃんの思いを伝えていきます。
聞いてくれてありがとうございました。





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by tomotiyoo | 2015-10-19 00:00 | Comments(30)

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