2015年 11月 18日 ( 1 )

牧口先生

「精神的不具者として、周囲から爪弾されている患者悪者においてをや。
精神上の欠陥は、他人の忠言さえも嫌い、内心は恥じていながら思い切って認識(反省)
だにせぬ人情なるがゆえに、永久に治療する機会はない。
さりながらも「彼がために悪を除くはすなわちこれ彼が親なり」の親心ばかりは、
他人行儀に捨ておくことはできぬ。とはいいながらも、
やはり認識と評価を混淆(こんこう)して、親馬鹿の誂り(そしり)を免れ得ないのを
常とする。
したがって 治療の方法などは、永久に生まれないであろう。
(中略)
治すという意力と治るという自身力がないならば、どんな名医といえども、
治せるものではない。
すなわち 治るという結果は、治ろうとする自力と治そうとする他力との確信をもった
協同によるものである。
治るという信と、治すという意力とが自他においてできるのが第一の要件である。
治ったものが皆無ならばともかく、たとえ稀有(けう)の例であっても、
治ったという証拠があがった以上、同じ人間であれば治らぬわけはないと信じ、
かつ信ぜしめることができる。
ここまでの決心がなされるならば、困難は困難でも、あとは比較的たやすくなる。」

(牧口先生の本から抜粋)

私は これを読むまで 精神的なものは 家族の信心以外では 治せないと思っていた
なぜなら 女子部の時 婦人部の幹部の方から そう言われた事があったからだ
でも よくよく考えれば それはおかしな話で 家族が信心していなかったら 
その人は治らない事になり 仏法は平等を説いているのに 不平等になってしまう
人から言われた事は 自分で 検証しなくてはいけませんね
そして 実験証明するのです

※ 昨日の座談会で 新たに実験証明される方が 誕生しました
書類一式 あとは 写真と家庭訪問のみです
気を抜かず 1月2日に向けて 頑張ります

[PR]
by tomotiyoo | 2015-11-18 00:00 | Comments(13)