2015年 11月 27日 ( 1 )

随筆 人間革命

『戸田先生は考えに耽り(ふけり)ながら、私に話してくれた。
「獄中でも、先生がよく御書を勉強しておられたことがわかるよ。
特に座談会では、佐渡御書を引かれ、最後にアッハハ・・・・と、
よく笑われておられたなあ。
その一節は、伸一ここだよ。赤線が太く引いてあるだろう。」

これはさてをきぬ、日蓮を信ずるやうなりし者どもが、日蓮がかくなれば疑ををこして、
法華経をすつるのみならず、かへりて日蓮を教訓して、我賢しと思はん僻人等が、
念仏者よりも久く阿鼻地獄にあらん事、不便とも申す計りなし、
修羅が、仏は十八界、我は十九界と云ひ、外道が云く、仏は一究竟道、我は九十五究竟道と
云いしが如く、日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし、我等はやはらかに
法華経を弘むべしと云んは、螢火が日月をわらひ、蟻塚が華山を下し、
井江が河海をあなづり、烏鵲が鸞鳳をわらふなるべし、わらふなるべし。

入信まもなく、初めて出席した総会(教育会館)での開目抄下の一節の講演が、
私の耳朶(じだ)を劈いた(つんざいた)ことが今もって忘れられない。

詮ずるところは天もすて給え、諸難にもあえ、身命を期とせん、(中略)
善に付け悪につけ法華経をすつるは、地獄の業なるべし、
大願を立てん。日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、
父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種種の大難・出来すとも、智者に我義やぶられずば
用いじとなり。其の外の大難、風の前の塵なるべし。
我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ等と
ちかいし願やぶるべからず。

執筆の合間に、横になりながらスタンダールのこんな言葉を思い出した。
”自分の本当の性格を生かせぬ人間は、誰でも自分の力を出しきれない”』
(P101 ”一冊の御書に学ぶより抜粋)

中略の部分
(身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざるゆへ、
久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、)

牧口先生がアッハハと笑うこの一節を 私も大好きな事に 喜びを感じた
池田先生は 戸田先生を 戸田先生は 牧口先生を どれだけお慕い申し上げていた事か
私には おしはかることはできない
しかし会則にもあるように
『牧口先生、戸田先生、池田先生の「三代会長」は、大聖人の御遺命である
世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である。
「三代会長」に貫かれた「師弟不二」の精神と「死身弘法」の実践こそ「学会精神」であり、創価学会の不変の規範である。』
この時に 池田先生と共に生き抜く事に 心から嬉しく思う

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by tomotiyoo | 2015-11-27 00:00 | Comments(20)

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