2016年 05月 21日 ( 1 )

「修羅のスイッチ」

コメントを下さる方から 「修羅のスイッチ」なる言葉を教えて頂いた
私が 以前から 不思議に思っていたこと
それは 人それぞれ「修羅のスイッチ」が違うという事

そもそも 修羅とは
「修羅とは、もともとは阿修羅といい、争いを好むインドの神の名です。
自分を他者と比較し、常に他者に勝ろうとする「勝他の念」を強くもっているのが修羅界の特徴です。
この修羅界は自我意識が強い分だけ三悪道を越えているといえますが根本は苦しみを伴う不幸な境涯なので、
三悪道に修羅界を加えて「四悪趣」ともいいます。」
(創価ネットより)

では 修羅は 何故出てくるのか?
縁に 依って出るわけですよね

「あなたが そう思うのであれば 本名で お願いします
聞きたい人には お教えします
唱題したいので では〜 」

この言葉を 修羅と 表現する人が いらっしゃいました
私には これが 理解できないのです

しかし この事で 私には 基本 甘えがあるという事に 気づきました
信心をしているんだもん
こんな事ぐらいで 怒らないよね
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \と 笑い飛ばせるよね と
自分の修羅は お題目をあげていきました
今では 勝他の念は ほとんどありません
私の 意図することが 相手に通じないと「イラッ」とする事はありますが 修羅ではありません(笑)

このブログを立ち上げたのは ある意味 喧嘩をするためのものでした
喧嘩って そんなにいけない事でしょうか?
学会員が 喧嘩をしたら可笑しい?(笑)
そんな事はないと思います
その 喧嘩のおかげで お題目もたくさんあげられたし ブログを立ち上げたおかげで 友人も たくさんできたし
規則正しい生活になったし 御書も 新聞も 大白も 今までより よく読むようになったし いい事尽くしなのです
だから 喧嘩相手の方には 本当に感謝なのです

私は 基本 今は 喧嘩を売ろうとして相手に近づくわけではなく 友達になりたいと思うのです
ある 友人が言ってくれました

ちよさんは 「来るものは拒まず 去るものは忘れず」だよね と

また 別の友人は こんなことも言ってくれました

「相手への配慮が足りんと言われるかも知れへん。
けど決して悪気があって言うてるんちゃう。

どんなときも
誰に対しても

『ホンネ』

で向き合いたいねんな。

なかなか分かってもらえへん人もいるけど。
ねばり強く対話していって。」って

この友とも しょっちゅう 喧嘩してました(笑)
でも だからこそ 分かってもらえてたんだな〜って 嬉しく思ったよ

人間 合う合わないがあります
組織の中では 嫌いな人は いてもいい
でも それを理由に 退転することは愚かだよ と 言うことですね
そして 現実の中で 人間革命していくには そりの合わない人とも 上手にお付き合いしていくことも大事ですよね
そうでなければ 折伏もできませんから(笑)

私は 元 「いじめらっれっこ」 そして 「いじめっこ」
今は いじめるという連鎖は 絶対にしてはいけないと思っています
しかし 人間の感情というものは 不思議なもので こっちがいじめているつもりはなくても
いじめられたと 感じてしまう人がいるのも事実です
恐怖は 縁でもなく 自分の心に 巣くうものです

怒るという感覚も 人によって違います
(笑)〜 顔晴る
( ゜∀゜)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ 
そんな 表現に それぞれ 怒る人もいます
う○この絵で 叱られたこともあります
知らない方もいらっしゃるので たまには・・・ 
許して〜

この方は 猫事さんといって 私がよく読むブログのオーナーさんです


学会員さんではありません
しかし すべてが 内道の考え方なのです
私も 一学会員として 「あなたの考え方は 学会そのものです」と メッセージさせていただきました
相手が 私を嫌いかどうかは 別の話として・・・(笑)

池田先生は 一対一の対話が大事だと仰っています
なかなか 忙しくて そのような時間は取れないかもしれませんが 納得のいく対話を 心がけていきたいと思います
なお このブログの読者には アンチがいると 友人が教えてくれました
私に関わると 変な記事を書かれる恐れもあるそうです
信心の 覚悟がある人は どうってことないと思いますが 気にされる方は どうか 私のブログは避けるか
コメントを 非公開にするなど 身の安全を お考えくださいますよう よろしくお願いします


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by tomotiyoo | 2016-05-21 00:11 | Comments(13)

ちよが、本音で語るブログです


by ちよ