2016年 06月 28日 ( 1 )

「六月度座談会御書講義を担当しました。
講義の内容を紹介させて下さい。

六月度御書、祈祷抄です
日蓮大聖人が文永9年、佐渡の地で表され最蓮房に与えられた御書と言われています。
この御書では太陽が西から昇るような事があっても法華経の行者の祈りは必ず叶う、不可能を可能にする信心であると日蓮大聖人は断言しています。

そのことを証明したのが1956年の大阪の戦いです。
池田先生は不可能を可能にするにはどうしたらよいか、祈りに祈り、思索を重ね、最高の信心、最高の作戦
最高の行動で奇蹟の参議院選挙大勝利をしました。

そして、今回の県議選大勝利は沖縄版大阪の戦いと私は思います。
浦添市で県議選勝利には9千票が必要です。
元県議の前島は奄美大島、建設業界から数千票の個人票があり公明党票六千を足して当選できました。
数千票の個人票があった前島でも毎回の選挙は激戦でした。
ましてや新人の泰邦には前島のような個人票がなく、無謀な戦いでした。
泰邦とは二回ほど私の家で壮年部男子部と懇談しました。

彼は衆議院秘書時代に議員が落選し、失業の経験があり、選挙の厳しさは誰よりも分かります。
それでも福祉の問題に取り組んでいきたい、池田先生に勝利の報告をしたいとの思いが体中から
あふれていました。
人柄、実行力は天下一品です。懇談して、どうしても県議会議員に送り込みたいと思わないではいられませんでした。

しかし、当選するためには三千票が足りません。
首脳幹部は祈りに祈っていました。最高の祈りで浮かんだ作戦が那覇市沖縄市の候補を抱えている管区も
全て浦添市に活動家市議団を投入、 那覇市は選挙投票日前日まで浦添市に那覇市議団活動家を投入するという前代未聞の作戦でした。
上原が〔私のことはいいですから浦添市の応援お願いします。
四人勝たなければ勝利ではない〕と涙ぐみながら浦添市応援をお願いしていました。
自分自身も当選が危ういのに新人の応援をお願いする議員は、私は聞いたことがないです。
池田先生に勝利の報告をする気迫に圧倒されました。負けるわけにはいかないと思いました。

気がかりなことがありました。義母のことです。義母は糖尿病が悪化し、目がほとんど見えず透析を受け、
認知症があり病院通院以外は家から出ることは少なくなりました。
義母が草創期から積み重ねてきた票を無駄にしたくないと夫婦で義母の親戚友人を回りました。
回っている途中で名刺がなくなり上原選挙事務所に名刺を取りに行きました。選挙事務所に入ると驚嘆しました。
明日が投票日にもかかわらず担当者以外、誰もいないのです。
浦添の拠点はひっきりなしに人が出入りしているのと真逆です。投票日前日でこんな静な選挙事務所は見たことがありません。
那覇市の同志が地元候補を抱えながら浦添で動く背水の陣を敷く戦いに身が引き締まる思いがしました。
歓喜したことに義母が上原の応援をしていたことが分かりました。
投票してくれるだけでもありがたいと思っていた義母が踏ん張ってくれました。
地区の同志の題目の響きを感じました。地区の同志の題目の応援が草創期から戦ってきた義母の婦人部魂を蘇らせてくれました。
那覇の同志の最高の信心と最高の行動に舞い踊りたい気持ちでした。
選挙結果は見事に四人当選しました。
浦添以外は二千~三千票近く激減しました。
危険水域8500に辛うじて浦添以外は獲得し糸洲は常に上位当選してきましたが今回は後ろから二番目と危うい勝利でした。
どのようにして8500に踏みとどまることができたのか、まさに最高の信心、作戦、行動なくしては説明できない勝利でした。
今回の選挙で功徳を三つもらいました。

一つは
人間革命10巻の大阪の戦いを本の中ではなく現実に体験できたことです。
1月の全国が注目した宜野湾市長選挙、県議選のど真ん中に自分がいたことに信じられない福運を感じます。

二つ目は誓願の信心です。
先生と誓った夢があります。しかし、現実の難しさにあきらめの気持ちが出てきました。
しかし、今回の戦い最高の信心、最高の行動、最高の作戦をやりきれば先生との誓いを実現できる確信が湧いてきました。

三つ目は自分の言葉で公明党が語れる事です。
妻が耳が聞こえない事をきっかけに手話で会話できるカフェくくるを経営し、県から障害者就労支援の委託を受けました。
手話を広めること、障害ある人、ない人の垣根を払いたいと様々な障害あるメンバーでバンドを結成しバンド活動してきました。
バンド活動のなかで我如古さんと出会い、数十回の慰問活動、難病指定の署名活動を行ってきました。
公明党の議員とは手話通訳の必要性、障害者就労支援などを訴えてきました。

公明党は期待以上の事をやってくれました。

一つは手話言語条例の制定です。
手話言語条例の制定により自治体は手話通訳の要請を断ることは法律上できなくなり民間は努力する義務を
負います。全国で四番目に沖縄で手話言語条例制定です。
耳が聞こえない友人は、いつの日か、沖縄に手話言語条例が制定されることを夢見ていました。
その夢を公明党が実現させてくれたのです。三月の終わりに県議会で糸洲県議が手話言語条例制定のスピーチがありました。
数十人の耳が聞こえない友人が傍聴席で糸洲県議のスピーチを手話通訳の力を借りながら食い入るように見ていました。
糸洲さんの手話での自己紹介に拍手喝采でした。糸洲の県議会でのスピーチは各地の手話サークルで友人が喜び勇んで紹介していました。
こんな気持ちのいい手話サークルは初めてです。

二つ目は聴導犬です。
聴導犬の力を借りて生活しているAさんから〔糸洲さんにお礼を言いたいので糸洲さんに会わせてほしい〕とメールがあり、
県議会公明党室で糸洲さんに会ってもらいました。
聴導犬の予算を県が削減することに不安を感じたAさんは某市の福祉関係者に相談したところ、糸洲さんを紹介されたそうです。
糸洲さんは県と粘り強く交渉し予算削減を回避できました。そのことをAさんは感謝し公明党を応援しています。

三つ目は補聴器補助です。
沖縄県では障害手帳ある聴覚障害者には補聴器の半額補助があります。
私の妻の補聴器は三十万ですので半額15万の補助があり、五年に一度買い替えです
ところが障害手帳がなくても補聴器が必要な人は多いです。
特にろう学校、難聴学級に通う児童生徒には必需品であり成長が早い児童生徒は頻繁に買い替えが必要です。
市民相談で、そのことを相談受けた松下市会議員が市に訴え、金城勉県議に伝えたところ、浦添市は三分の一補助、県は三分の一補助が実現しました。
浦添市は松下議員の尽力で市と県から三分の一、合計三分の二の補助あります。
先生が話していることを聞き取れず補聴器が必要な児童生徒にはありがたいです。市民相談から県へとつなげる公明党です。

四つ目は盲ろう者支援です。
全国に二万人、沖縄に百数十人の盲ろう者がいます。
盲ろう者とコミニケーションするには触手話などの特別な技術が必要です。そのための講習会の予算を確保したのは公明党衆議院議員です。
おかげさまで講習会を受講しコミニケーション支援しています。

五つ目は難病指定です。
沖縄特有の難病ある我如古さんとは老人ホームなどでの音楽で慰問活動してきました。
我如古さんは某市の福祉関係者から公明党の秋野さんに会うように強く勧められました。
某市での福祉関係者では福祉医療のエキスパート秋野は定評がありました。
我如古さんは自分が生きている間には難病指定はないと思っていました。
私も難病指定のための署名活動していましたが五年十年は必要と思っていました。
秋野はわずか数か月で結果を出したのです。あまりの速さに絶句しました。
我如古さんが秋野さんのDVDで紹介されています。夢のようです。

これだけの実績、奇蹟と思えるような実績が私の身近でありました。
今までは教科書無料などの実績をパンフレットを見て覚えて支援活動してきましたが、これからは肌で実際に感じた公明党を語れる事ができます。
参議院選挙負けられません。秋野さんには、更に動いてもらわなくてはなりません。
全国公明党勝利にヌチリカジリ〔全力疾走〕します。」

私のところは 長沢さん
♪たけや~ながさわ♪
と覚えていただいています

全員当選が 先生にお答えする事
さぁ 自分の言葉で 公明党を語ろう



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by tomotiyoo | 2016-06-28 00:00 | Comments(16)

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