真実を語る

tomotiyoo.exblog.jp

ちよが、本音で語るブログです

2016年 09月 11日 ( 2 )

活字文化は国家と人類の基礎/狂信が宗教を凶器と化す  

問 IT(情報技術)時代といわれる一方で、活字の重さがいまほど重要な時代はないと思うのだが。

答 その通りだ。活字文化をなくしたら、人間が人間でなくなってしまう。
  ITは非常に便利だが、活字文化を失ったら思考力が衰え、人間、国家、人類の土台が崩れる。
  実像を 錯覚して見てしまうおそれがある  

問 教育現場は荒廃している。  

答 とても心配している。大人たちが変わっていかなくてはならない。
  子どもは時代の空気に敏感だから、社会の悪い部分がストレートに反映しやすい。
  いくらモノが豊かでも人間が信じられない社会は不幸だ。
  学校教育にしろ、家庭教育にしろ、信頼関係がすべての基礎になければならない  

問 ゆとり教育については。  

答 学習内容や時間を減らしたことで、基礎学力の低下が心配される。
  詰め込み教育は論外だとしても、必要な知育の土台まで削り取っていくのは反対だ。
  基礎があってこそ、何十階もの堅牢な建物を建てることができる  

問 教育基本法の改正には反対か。  

答 昨今の教育現場の荒廃は、基本法を改正したところで簡単に解決できるようなものではない。
  改正を求める人々のなかには復古主義的な色彩を帯びた主張もある。
  国際化の時代にあって、日本の伝統やモラル、秩序だけをもち出したところで、急速な時代の進歩に対応できない  

問 日本の伝統や文化は重要ではないということか。  

答 重要だと思っている。
  しかし、それを基本法に盛り込むことで、かえって教育が権威主義的になることを懸念する。
  本来、教育はそうした外発的なものではなく、人格と人格が触れ合うなかで磨かれる内発性を基盤とすべきだ  

問 それでは、伝統や文化の継承はどう行うべきだと。  

答 具体的にひとついえば、国語教育の貧困さが指摘されている。
 万葉集をはじめとする古典がもっと学ばれてしかるべきだ    

問 国家主義への警戒感が強いようだが。  

答 国家主義的になったら世界性に欠けることになる。必ず民族間の摩擦を生む。
  日本は国家主義で失敗した国だ  

問 偏狭な国家主義は論外だが、日本人の国家観やアイデンティティーの希薄さは問題ではないのか。  

答 それが産経新聞の根本理念だろう。その点は分かる。
  読者としていわせてもらえば、もう少し国際色をとは思うが、産経新聞はもっと伸びるべき新聞だ。
  実は産経新聞とは縁がある。
  草創期の関西創価学会の大功労者が、大阪駅の近くで産経新聞の販売店を営んでいた。
  戸田城聖第二代会長はその方を“産経”という愛称で呼んでいた  

問 国旗・国歌を大切にしようという教育については。  

答 押し付けでなく、自然の流れにまかすべきだ。
  まず、誇りに思える国をどう築くかが大切ではないか  

問 しかし、国旗・国歌を尊重する心をはぐくむ教育が、国際化時代にはますます重要ではないか。
  誇りある日本人こそが真の国際人になれるのでは。  

答 それはまったくその通りだ  

問 この夏の歴史教科書問題については。  

答 歴史認識という点でいえば、ヨーロッパで取り組んでいるように、日本もアジア各国と共同作業で教科書を作成する
時期にきているので はないか  

問 そうした平和主義は結構だが、学会の現実的な国際情勢認識を妨げているのではないか。  

答 私たちは現実を鋭く見ている。真剣に分析もしている。
  だからそうした心配はしていない  

問 三十二歳で会長になった名誉会長だが、後継者問題については。  

答 それは自然にできあがっている。これだけの人間がいて行動がある。おのずからできあがっていくものだ  

問 改めて政治と宗教の位置付けを。  

答 政治は現実だ。宗教は生命の内面の世界だ。
  哲学的にいえば、政治は形而下で宗教は形而上の世界だ。
  狂信や不寛容は、暴力を生み、宗教を凶器と化してしまう場合すらある。
  宗教のための人間か、人間のための宗教か。それによって宗教は毒にも薬にもなるだろう。
  科学文明・経済社会といったものはだいたい経験し終えた。これからは生命、人生のあり方、
生と死といった哲学的問題を欲する 時代になる気配が見えはじめたと、私は思っている

(聞き手 論説副委員長・花岡信昭)=おわり

いつもさん 本当にありがとうございました

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ


[PR]
by tomotiyoo | 2016-09-11 07:58 | Comments(4)

おはようございます

『結合は善、対話は平和の礎

「仏法者とは 橋を架ける人」
人と人との間に垣根をつくらず、「人間の心を結ぶ人」なのである。
皆さまも、皆さまの立場で、友好を広げる対話をお願いしたい。
「本当に裕福な人とは友人の多い人」という言葉もある。
友人が広がることが、自分の人生が広がることである。

真の寛容とは、人間の尊厳と平等性を脅かす 暴力や抑圧を断じて許さず、
万人尊敬の思想を掲げて、民衆を苦しめる魔性と戦うことである。
そして、「生命を手段化する思想」
「人を差別し、分断する思想」が広がっているならば、
その精神的土壌となっている元凶を
強く打ち破らなければならない。
人々を不幸に陥れる無明との戦い。
これが日蓮仏法の折伏精神の根幹にほかならない。

平和は遠くにあるのではない。
今、自分がいる場所で「仲良き世界を!」と努力しゆく 聡明な心の波動から、
充実と満足の平和が広がる。
「破壊」と「分断」の悪の力が強ければ強いほど、それを凌駕する「建設」と「結合」の善の力を、
断固と強めていくことだ。』
(四季の励ましより抜粋)

「きょう 11日は、「9.11」同時多発テロから15年。
 分断を結合へ変え、平和の礎を築く対話への挑戦を、心に期したい。」

悩むな~
私は 顕正会にも知り合いがいる
私自身は 平行線でも 対話は必要と考えている
組織では 寄り付かせないようにと 指導されている
ある方は 破折の仕方も学べるから 青年部と共に と
今は 追い出されているので たまに新聞が入ってくるだけ・・・
妙観講も 最近はちっとも来ない(笑)
御書を持ち寄って 話をしましょう と言ったら それっきり
今は 周りの友人と仏法対話をするしかないよね

「学ぶほど確信は深まる。語るほど境涯は高まる。
 教学試験に挑む宝友と「御書を心肝に染め」
 行学の二道を楽しく!」

境涯が違うとよく言われたのは 私が 語っているからなのか~?
気づかなかった
折伏するのに 語らなければ できないよね
ネットは きっかけ
文字も大切だけど 語った分だけ 境涯が広がるんだね
先日も 3年程前 結婚した人から ここをクリック 電話があった
息子さんの仕事が順調で その息子さん 会社の旅行でカナダまで行って来たとか・・・
うちが 超貧乏の時 超お世話になった方です
嬉しいわ~\(^o^)/



[PR]
by tomotiyoo | 2016-09-11 07:57 | Comments(3)

ちよが、本音で語るブログです


by ちよ