2016年 11月 03日 ( 1 )

ひらがな御書という使命

『「宗教の目的」は何か。「自他共の幸福」であり、「民衆の幸福」です。「世界の平和」です。
そのために民衆一人一人が賢明になり、強くなるしかない━これが 創価学会の創立者・牧口常三郎の揺るがぬ信念でした。
 牧口先生は、投獄された時、真っ先に御書を所望されました。
ご高齢で、食べるものもままならない過酷な環境にあっても、求道心を赤々と燃え上がらせていたのです。
「信心根本」「御書根本」に生き抜く誇りがあふれていました。
 共に獄に入った弟子の戸田城聖先生も 法華経を読み、唱題と思索を重ね、仏とは生命なり」「我、地涌の菩薩なり」と悟達されました。

”このお手紙は私にいただいたのだ””私のために言われているのだ”と、わが身に体して御書を拝していくことが大切なのです。
 牧口先生の御書には「行者とは何ぞや」「折伏」「大願」等々
「仏法を”智解”(ちげ)しようとしてはいけない。”信解”するものだ」と

 早々の同志は、折伏に、個人指導に、広布の戦場には 、必ず御書を携えて戦ってきました。
御書を通して大聖人の魂に触れ、一日一日を勝ち抜いてきたのです。

「自身の生命にある仏と魔との闘争は、決して簡単な事ではありません。
魔に打ち勝つには、絶えず自行化他の題目を唱え、信心をより深く、強くしていく以外にない。」

教学を深めることで、疑問が納得に変わり、「そういうことだったのか」と分かれば、さらに強盛な祈りになります。
御書は192か国・地域のSGIの同志によって真剣に学ばれています。
学会の教学では、御書を身・口・意(しんくい)の三業をもって拝するのです。
「分かることよりも 変わることだ」
「勝利の教学」「信心を深めるための教学」「折伏の教学」「広宣流布のための教学」

 『不幸な人類のため』『未来の人類のため』に働き、人類に善行を致し、人類に勇気を鼓舞し、その眠りを揺り覚まし、
その卑怯さを鞭打つこと」こそ自身の義務であると━ベートーベン

我らの運命とは、誉れの創価の同志として、地涌の菩薩の使命に生き抜くこと
人類の幸福を築く広宣流布に生き抜くこと』

(11月号大白蓮華)

ある壮年の 1人立つ精神から始まった ひらがな御書
私の使命の一つは そのお手伝い
誰に悪口を言われようと 誰に邪魔されようと 自分の使命を 貫きゆくことを ここに誓います


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by tomotiyoo | 2016-11-03 00:00 | Comments(6)