真実を語る

tomotiyoo.exblog.jp

ちよが、本音で語るブログです

2016年 12月 09日 ( 1 )

異体同心

『人間の集団だから”仲が良い””あまり良くない”とか、相性の面で”好き””嫌い”があるかもしれない。
ある意味で、人間としてそうした感情があることは当然と言える。
無理して考える必要もない。
しかし、好き嫌いにとらわれて仏道修行をおろそかにするのは愚かです。
そこに魔がつけ入るすきができてしまう。
格好の餌食となってしまいます。
だから大聖人は同志間で悪口を言い合うことを厳しく戒められている。

「いかに心にあはぬ事有りとも・かたらい給へ」

「我がために・いのちをうしなはんずる者ぞかしと・をぼして、とがありとも・せうせうの失をば・しらぬやうにてあるべし、
又女るひはいかなる失ありとも一向に御けうくん(きょうくん)までも・あるべからず、ましていさかう(争)ことなかれ」

「いかにわるくとも・きかぬやうにてをはすべし、
此の事をみ候に申すやうに・だに・ふれまわせ給うならば・なをも所領も・かさなり人のをぼへも・いできたり候べしと・をぼへ候、
さきざき申し候いしやうに陰徳あれば陽報ありと申して、皆人は主にうたへ主もいかんぞをぼせしかどもわどのの正直の心に主の後生をたすけたてまつらむとをもう心がうじやうにしてすねんをすぐれば・かかるりしやうにも・あづからせ給うぞかし・
此は物のはしなり大果報は又来るべしとおぼしめせ、
又此の法門の一行いかなる本意なき事ありとも・みずきかず・いわずして・むつばせ給へ、大人には・いのりなしまいらせ候べし、」

大切なのは「広宣流布を目指す信心」です。
必死に広宣流布のために戦っていれば、いがみあっている暇などない。

次元は違うかもしれないが、「対話」は善です。
連帯を築き団結を創るからです。
「拒絶」は悪です。
分断を招き破壊をもたらすからです。
まず会うこと。そして話すことです。

また、「たとえ、一人になっても自分は前進する」という「一人立つ」強さがあってこそ、真の団結はできる。
決してたがいに寄りかかるということではない、

何かあれば、直接、話しあい、すっきりと納得しあっていくべきである。

戸田先生は「異体同心の心というものは、心ではないのです。
異体同心の心は、信ずる心です。

では、団結の鍵は何か。
それは、一見、矛盾するようであるが、自らが「一人立つ」ことである。
自分が真剣に祈り、強くなることだ。

皆が意見を言える。
また、皆の意見を聞く。
そして、皆で協議するという組織の雰囲気がきわめて重要となる。

友の喜びを、わが喜びとする。
友の活躍を心から讃えていく。
苦難の時は一緒に悩み、励ましを送る。
共に笑い、共に泣いて、人生の幾山河を超えていく。
この人間性輝く、温かな結合に、真の「異体同心」が生まれるのです。

深い「哲学」たゆまぬ「行動」一貫した「勇気」
万民が皆、平等 日蓮仏法には、人種や民族、階層、男女の差別はまったくありません。

仏法は峻厳。
魔とは分断を狙う働きでもある。

苦しい時こそ、けなげな同志に、声を惜しまず、ねぎらいと励ましを送り続けることです。

(大白蓮華p91~)

※p97 6行目 御書p278はp1178の 間違いと 聖教新聞社に 聞きました


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ




[PR]
by tomotiyoo | 2016-12-09 00:15 | Comments(6)

ちよが、本音で語るブログです


by ちよ