2017年 08月 29日 ( 1 )

母の 誤算

先日102歳で お亡くなりになられた 母を折伏してくださったHさん 
本当は 母も 一緒に見送ると思っていたことでしょう
母は この方の奥さんと


二人に折伏され 幹部の納得いく話に入会を決意したそうです
102歳のお母さん Hさんは あの 東日本大震災の時も 母と一緒にいました
揺れがおさまっても 母のところに 電話は通じず 途中渋滞していたので 進路をを変更し Hさん宅を 覗きました
すると 出てきたのは うちの母
Hさんと Hさんのお隣さんと 3人で お茶のみをしていたそうです
「一緒だったから 怖くなかったよ」と 3人 声をそろえて言ってました

このHさん 念仏の寺の 一人娘として 生まれたようです
お嬢様として 大事に育てられたそうですが 早くに両親を亡くし おじの寺で 跡取りとして 育てられたようです
娘盛りになって 跡取り息子と 恋に落ちる
世が世であったので 結ばれぬ恋 
二人は 駆け落ち同然で 墨田区へ移り住んだそうです
3人の子に恵まれたものの 生活はどん底
子どもをおぶって 線路に飛び込もうか 悩んでいた時に 折伏され入会
戸田先生の講義の時には 3人の頭をなでられ 広布の人材にするんだよと 激励されたそうです
私が Hさん家族を知ったのは わが家の斜め前に 引っ越されてからの事
その家が 大B(今の地区)の拠点となり 旦那さんは お習字がとても上手で 座談会の都度 何か書いてくださっていました
御書も得意で 私は子どもながらに 憧れていました
旦那さんが亡くなれた時 「私も長くないわ~」 なんて言っていたけど 意地悪な私は「Hさん そんなに 仲良かったっけ~?」と言って 二人で大笑いしました
オホホホホと よく笑う人でした

Sさん 昔は ご本尊様が 真っ黒にみえていたんだと 語ってくれたことがあります
これが 邪宗の害毒なのですね

私が 会員制の冠婚葬祭の仕事をしていた時に 一番初めに会員さんになってくれたのが Hさんの 息子さんでした
おふくろのために とは言ってくれたのですが その頃は まだ 私も 仕事に自信がなく Hさんが 長生きしてくれるよう 一生懸命祈りました(自分勝手な祈りですね(笑))
そして 時は流れ その息子さん うちの母が亡くなる1週間前に 他界しました
順番が・・・

Hさんは いつも こたつの後ろに寝床があって 大抵起きていた
寝たら 勤行できなくなる ということだと 後から知った
私も 最期の最期まで 勤行ができる人になりたい



母は 二人を送ることはありませんでしたが 今頃 みんなで話をしているのでしょうか?

娘さんから 嬉しいメールがありました
「姉妹がいない私は 過去世でなんかとっても関わり合いがあったようで」と

Sさんからの 縁で 今 私は こうして信心ができる
最期の言葉は ありがとう
創価家族は ありがたい
kちゃん これからも 末永く よろしくです(^^♪

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by tomotiyoo | 2017-08-29 00:00 | Comments(18)