2017年 09月 10日 ( 1 )

母の財務

多分 20年近く前の事だと思います

「私は、80過ぎの主人と2人暮らしで国民年金と1日4時間のパートで生活し、その中から月1万円は財務にと決めております。
去年腰痛で3か月仕事を休み、その間の積み立ては苦しいこともありましたが、がんばってきました。
その頃、指導部の昼間の会合で、ある娘さんが財務に使うようにと100万円お母さんに渡されたという話を聞いたと、ある人が話してくれました。
その話を、娘にしたところ、娘は主人と相談し、足りない分は出してあげるから、できるだけ頑張りなさいと言ってくれました。
私も、娘夫婦の負担を少しでも軽くしようと考えました。私には、20年上の姉がおり、90近くになるのでいつ不幸があってもと思い、10万円だけ別にしてありました。
しかし、姉は今年中は絶対に死なないと確信し、そのお金も出すことにしました。
おかげさまで姉はますます元気に生活しています。
そして、総額の3分の一には少し手が届きませんでしたが、不足分は娘夫婦が足してくれて、3人揃って3ケタの財務をすることができました。

一時期、夏バテで、かなり弱っていた主人も、今年の猛暑にも負けず、元気にしております。
この年になっても、働ける喜びをご本尊に感謝し、去年自分自身でご供養した額は、必ず完遂すべくがんばって参ります」

この原稿が出て来て 自分の記憶は いい加減だな~と思いました
腰痛で 母が 仕事を休んだことは 全然覚えていない100万円 渡した気になっていた
薄情な 娘ですね (´・ω・`)ショボーン
最近 つくづく 思うのですが 母の原稿にもあった「絶対に死なないと確信」ここが 凄いなと
戸田先生が 「偉い人」とは「確信のある人」と仰っていたと思うけど この確信と 覚悟が 大事なのだと思う

一時 超貧乏に突入した私は 母から 母の葬儀代を 借りた事がある
その時 母は こう言った
もし、私が、葬儀代を貯めずに死んだら、葬式は出さなくてもいいよ と
だけど Tちゃんだけは 呼んでね 
Tちゃんは 母が 折伏した 私のいとこ
口の悪い母は 「万年 副B担さん」と呼んでいた
Tちゃんも ホントの事だから しょうがないよ と (笑)

母から借りたお金 母は 返さなくていいと言ってくれた
私は 泣いた
悔しくて 悲しくて 
お風呂の中で泣いた
もう 絶対に 借金はするまいと思った

母は 葬儀代と 車代を残して逝った
子どもの頃 冷蔵庫の中の 無駄な食品を見て育った私
マータイさんの もったいないを 受け継いだ

晩年 母は 無駄遣いはしなくなったけど 決してケチではなかった
人に ご馳走してあげることや 物を差し上げることが 好きだった
最期の 私への 誕生日プレゼントが 車だったんだね
ありがとうって 言えなかったけど(泪)

財務って 人間革命 経済革命ができるんだと つくづく思う
1度だけ 私の心をよぎった 嫌らしい気持ち・・・
「こんなにやってきたのに」

人生 最期の最期まで わかりませんね
途中で 愚癡の心で退転していった方々
本当に気の毒です


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by tomotiyoo | 2017-09-10 05:30 | Comments(14)