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大晦日

今年1年振り返ります
1/26 「SGIの日」記念提言(3月号大白P86~)
「苦悩を分かち合い、心を尽くす中に
自他共の幸福を開く大道が
自己責任論の驕りを打ち破った釈尊
仏道を行じるとはほかでもない。
目の前で苦しんでいる人、困っている人たちに寄り添い、わが事のように心を震わせ、苦楽を共にしようとする生き方こそにある
その意味から言えば、他人が病気や老いに苦しむ姿を見て、人生における敗北であるかのようにみなす事は誤りであるばかりか、互いの尊厳を貶める事につながってしまう。」と
私は自分の考え方を、猛省しました。

介護の仕事に就いたものの、自分の力のなさに退職。
事務に就いても、現状についていけなかった。
就職したいという祈りは、叶ったものの、チャンスをつかむだけの努力を、私は怠っていたのだ。
現在、養父の世話になっている状態だが、その中で、自分の本当にやりたいことが見つかり、只今勉強中です。

今年一番の、嬉しい事は、皆さんと出会えたこと。
ネットで知り合った友人と、実際に会えたこと。
依正不二が、嫌いでなくなった事。
いとこの死。(いとこといっても、80歳を超えていた。悲しかったけど、いい死に顔だった)
車を手放した事。
任用試験。
東大卒の、いい先輩ができたこと。
友情が、もっとも大事だと、気づいた事。
たくさんの励ましをいただいた事。
先生をより身近に感じられた事。
ブログを始めた事。
とにかく全てが楽しかったこと。
愚痴が減った事。
婦人部で、何でも話せる先輩ができたこと。
すべての事に、感謝できた事。
御書を、身で読めたこと。
一歩成長できた事。

まだまだあると思うけど、とりあえず、このへんで

来年は、とにかく折伏がしたーい
もっともっと友達増やしたーい
何でも挑戦したーい
また時間があったら、何か書くかも。
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by tomotiyoo | 2013-12-31 08:45 | Comments(69)

年の瀬に

五木ひろしさんと木の実ナナさんの、デュエット曲「居酒屋」

♪絵もない 花もない 歌もない♪
と言うわけで、ナイナイづくしのこのブログを、見ていただいた皆様
本当にありがとうございました。

忙しい年の瀬に、今までの、感謝をこめて、私が以前作った地区歌を、友人の佑さんのピアノと、歌で、お送りします。
もう、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、
佑さんとは、「創価の森の小さな家」で知り合いました。
現在、佑さんは、統合失調症と戦いながら、地元の組織で、ピアノ演奏をされ、皆さんに喜ばれているそうです。
ここからは、創価の森ブログの転載になります。

「Commented by 角田佑介 at 2012-09-14 04:01
僕はずっと学会不信でした。
創価班の大学校生の時の幹部の人たち、毎日のように家に来てくれる部長さん、そして池田先生のことすらも随分悪く批判したことがあります。
全てが自身の弱い命の現れだとも気付かずに・・・。
そのうち僕は病気になりました。統合失調症という心の病気です。自分自身がまったく思うようにならず、心と体と頭がバラバラに動いてるような感覚でした。
薬の副作用でいつも舌が口から出ていました。
仕事も出来なくなり借金もあったので自己破産しました。
・・・何も残らない、本当に惨めな姿になりました。
今年に入って、3月から100万遍の挑戦を始めました。
100万遍あげたら功徳があるとかは問題じゃないんです。
ただ、自分で決めたことは最後まで貫きたい。
何をしても中途半端だった僕にとって、100万遍あげきれる自分になれることが何よりも最高の功徳です。
先は長いですが頑張ります!」

そして、2013年7月3日 ユーチューブに載せてくれました。

『ありがとうの歌』http://www.youtube.com/watch?v=YBozoYNZRXo

名前も知らない誰かが 僕に言った『ありがとう』
じゃあ僕もお返しに

こんなに下手なピアノを
聴いてくれて『ありがとう』また会いましょう

眠れぬ夜は続く 声もあげられない
それでもこの道
何が待っているのだろうか

ありがとう ありがとう どんな悲しみも痛みも
そのすべてがいつの日にか 幸せに繋がっているなら



7月27日

「16ヶ月もかかってしまったけど100万遍唱題達成いたしました。
色々ありがとうございました。
今から6年前、僕は統合失調症と診断されました。
僕はもうボロボロでした。気が狂ったように叫びながら涙が止まりませんでした。
毎日のように自宅を訪ねに来ていた男子部も、僕が病気になった途端ぱったり誰も来なくなりました。電話一本ありませんでした。
僕の中では不信が募りました。

そんな僕が100万遍に挑戦しようと決めた理由は2つあります。
ひとつは『必ず病気も治るからやってみない?』との祖母の言葉。
もうひとつは『ひとりで出来る事だから』です。
僕は組織に不信を抱いていたので諸々の活動をする気は一切なかったけれど、100万遍には挑戦してみようかと思いました。

それから16ヶ月。僕は100万遍を唱え終わりました。その結果なにを得たか。

結果だけ言うと、それらの祈りはなにひとつ叶いませんでした。
しかし重要なのはそこではありません。
僕は目には見えない大きなものを得ることが出来ましたから。

それは『希望』です。あるいは『生きる力』と言ってもいい。
抜け殻だったあの日の僕はもういません。
僕はこの100万遍で蘇生したのです。

ちよさんも言っておられました。どんなに恵まれていても希望がなければ不幸だと。

目に見える功徳だけが全てではありません。希望があればいいんです。
それだけで生きていけますから。
生きてさえいけるなら、人はなんだってできるのですから。

管理人さんをはじめ創価の森の方々には大変お世話になりました。
そしてあの時書いた詩が現実のものになりました。
100万回分のありがとうを言いたいです。

皆さん本当にありがとうございました!×100万(笑)
大きな目標がひとつ終わりました。
次は何に挑戦しようかな。ゆっくり考えてみます。」


7月30日 ユーチューブhttp://www.youtube.com/watch?v=1gcUzoFXRHY

『眠れぬ夜の歌』

眠れない夏の夜 開け放つ窓の星空に
久遠の時間を感じながら 僕は想いを巡らせる

願いは祈りに変わり 祈りは希望に変わる
希望は生きる力となり 人はまた歩き始める

過去には戻れはしないけど 未来は拓いていけるよ
そんな当たり前のことがやっと 今ならば信じられる



ずうずうしい私は、佑さんにお願いをしました。
今はもう、統合されてしまった地区なのですが、作って皆で、歌っていた歌があります。
それを、ユーチューブに載せていただけないかと、わがままな、お願いしたところ、快く引き受けて下さいました。
そして、ある日、我が家に、ピアノのCDと、歌詞のコピーを30枚(地区員さんの分として)送っていただいたのです。
もう私は、その真心に、感動しました。
たかが、ネット されどネットです。
パソコンの向こう側には、人の温かい心があるということを、実感しました。

というわけで、ふみきりをこえて、どうぞお聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=_k4UsCvMVNM


皆様、よいお年をお迎えください。
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by tomotiyoo | 2013-12-30 00:00 | Comments(62)

カナダ

「1993年秋、池田先生は、モントリオールと、バンクーバーを訪れ、語る。
「美しいモントリオールに来てから、私は、写真も撮りました。
詩も浮かびました。
そして、おいしい空気もただで、いっぱい吸わせていただきました。
こんないい空気を吸っていれば、皆さんの頭脳が、すっきりと聡明であることも、当然だと分かりました。
何があっても楽しめる境涯。価値的なものの見方と知恵。
すべての悩みを打開していける力。それは「自分自身を磨く」ことで開かれる。
それが「人間革命」である。それが、「一念三千の実践」である。
カナダの皆さまは、どうか、だれよりも「聡明な人生」即「幸福な人生」となっていただきたい。
何があっても動じない、何があっても揺るがない。その人が王者なのである。
世界各国から、移民が集まり、多様な人々が暮らす、バンクーバー
池田先生は、詠(うた)った。
「いずこより 使命のままに 来(きた)りたる
  バンクーバーの 同志の強さよ」
バンクーバー宣言。
“快活に愉快に生きよ”
“誇りを持って生きよ”

「一人一人皆、個性がある。考え方も違う。文化の背景も違う。
習慣も違う。そうした差異を乗り越えていくには、まず、人間として、おたがいに仲良くなっていくことである。」
「法と言っても、人の振る舞いにあらわれる。
まず、人間として心を開いて、友情を結んでいく。そこから、「法」への
理解も生まれ、共感が広がり、信頼が深まる。
絶対にあせる必要はない。心広々と、悠然たる前進をお願いしたい」と
12/16・ 12/24・ 12/28 の聖教新聞より

私は、カナダへは、10年ぐらい前の夏、ニューヨークから、バスでナイアガラの滝を見に行きました。
夜は、スカイロンタワーに上り、昼間は霧の乙女号に乗りました。
今、トロントは、アイスストーム(氷雨の嵐)で、ちょっと大変な状況になっているようで、停電するところもあるようです。
最高気温マイナス12度で、太陽が出ると樹氷がキラキラ光って綺麗だそうです。
世界は広いけど、ネットがあれば、繋がれるね。
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by tomotiyoo | 2013-12-29 00:00 | Comments(20)

人はなぜ涙を流すのか?

涙とは、コミニュケーションの道具。
これは、去年の11月号、第三文明に載っていた、脳科学者 茂木健一郎さんの話です。

「まずは、泣く自分を受け入れること。
涙は必ず、感情の大きな動きと絡んでいる。
そして、涙というものは、コミニュケーションの道具でもある。
子供が転んで怪我をしてもその時泣かずに、お母さんの顔を見て泣き出す事が多い。
つまり、涙が、お母さんへのメッセージだという事だ。
一人で泣いても、コミニュケーションの道具としての、意味を持たない。
たまには、他人の前で泣いて、あなたの感じやすい心、豊かな情緒を相手に伝えてみてはどうか。
悲しい映画を見たり、感動的な小説を読んだりして、流す涙もいいが、それはあくまでも「借り物」
一生懸命生きて、いろいろ失敗して、あるときすべて人生の「ジグソーパズル」のピースが、そろった瞬間に、流れる涙が、もっとも尊い。
苦労の末に流した涙は、心の壁をこえていくのではないか。」と

私の友達、男でも、泣き上戸が結構いて、よく泣かせたものです。
でもそれは、今の自分が悔しいだけなのでしょう。
じっとこらえて今に見ろ。

諸法実相抄には(p1360)
「うれしきにも・なみだ・つらきにもなみだなり
うれしきにも・なみだ・つらきにもなみだなり
なみだはぜんあくに つうずるものなり 
涙は善悪に通ずるものなり
かのせんにんのあらかん ほとけのことをおもいいでて  なみだをながし
彼の千人の阿羅漢・仏の事を思ひいでて涙をながし、
ながしながら もんじゅしりぼさつは みょうほうれんげきょうと
ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と
となえさせたまえば せんにんのあらかんのなかの あなんそんじゃは
唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者は・
なきながら にょぜがもんとこたえたもう よの きゅうひゃく
なきながら如是我聞と答え給う、余の九百
きゅうじゅうにんは なくなみだを すずりのみずとして また
九十人はなくなみだを硯の水として、又
にょぜがもんのうえに みょうほうれんげきょうと かきつけしなり
如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり、
いまにちれんも かくのごとし かかるみとなるも 
今日蓮もかくの如し、かかる身となるも
みょうほうれんげきょうの ごじしちじを ひろむるゆえなり
妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり、
しゃかぶつ たほうぶつ みらい にほんこくの いっさいしゅじょうの
釈迦仏・多宝仏・未来・日本国の一切衆生の
ために とどめおきたもうところの みょうほうれんげきょうなりと
ために・とどめをき給ふ処の妙法蓮華経なりと、
かくのごとく われもききしゆえぞかし げんざいの だいなんを
かくの如く我も聞きし故ぞかし、現在の大難を
おもいつづくるにもなみだ みらいのじょうぶつをおもうて
思いつづくるにもなみだ、未来の成仏を思うて
よろこぶにも なみだせきあえず とりとむしとはなけども なみだおちず
喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、
にちれんは なかねども なみだひまなし このなみだ せけんのことには
日蓮は・なかねども・なみだひまなし、此のなみだ世間の事には
あらず ただ ひとえに ほけきょうのゆえなり もし からば
非ず但偏に法華経の故なり、若しからば
かんろのなみだとも いつべし ねはんきょうには ふぼ きょうだい
甘露のなみだとも云つべし、涅槃経には父母・兄弟・
さいし けんぞくにわかれて ながすところのなみだは しだいかいの
妻子・眷属にはかれて流すところの涙は四大海の
みずよりも おおしといえども ぶっぽうのためには いってきをも
水よりもををしといへども、仏法のためには一滴をも・
こぼさずとみえたり ほけきょうの ぎょうじゃとなることは かこの
こぼさずと見えたり、法華経の行者となる事は過去の
しゅくじゅうなり おなじ そうもくなれども ほとけと つくらるるは
宿習なり、同じ草木なれども仏とつくらるるは
しゅくえんなるべし ほとけなりとも ごんぶつとなるは また
宿縁なるべし、仏なりとも権仏となるは又
しゅくごうなるべし
宿業なるべし。」

どうせ流す涙なら、折伏できたと、喜んで、共々に涙を流したいなー と思うちよである。
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by tomotiyoo | 2013-12-28 00:00 | Comments(30)

大野さん ありがとう

大野さんから、お手紙戴きました。
私の自戒と、お礼を兼ねて、コピーさせていただきます。

「色々不安は残りますが、一先ず峠は越えたと思うので、温泉に出かけようと思います。
短い間のほんの数レス程度のお付き合いでしたが、いよいよお別れです。
ちよさんのブログにご挨拶しようかとも思ったのですが、静かにお別れするのも乙なものだと思い、こちらから失礼します。
私がちよさんのメアドや電話番号を知っていて、リアルでつながっていると思われたことで、色々不愉快な思いをさせてしまったと思います。
本当にすみませんでしたね。
お詫びの気持ちを込めて置き土産代わりにお話を一つ。
戸田先生は「下郎の酒を飲むな」とご指導されました。
現実であれ、ネット上であれ、お酒を飲んで何かをすることは事件・事故につながる危険性が高まります。
卑近な例で申し訳無いのですが、私の祖父は酒で身を持ち崩すほどの大酒のみでしたが、池田先生や柏原ヤスさんの激励を得て人生を蘇生させました。
一滴でも酒が入ったら勤行しないのは当然のこと、学会員にも会わない、信心の話をしないことを徹底していました。お陰で天寿を全うして亡くなりました。
「建設は死闘、破壊は一瞬」です。何気ない一言で大切な人間関係がいとも簡単に壊れてしまいます。今回、ちよさんは、言葉の重みをこの上なくご理解なさったと思います。
お酒は言葉の重みを忘れさせる作用があるのです。
どうか用心に用心を重ねて楽しいネットライフを存分に満喫して下さい。
益々のご活躍を祈っております」

ちよから、お礼の手紙です

ありがとうございます
特にお酒の話は、気をつけなくてはいけないことですね
私の場合、自分でやっちゃったーってホントに失敗しないと、懲りない面々なんです
「破壊は一瞬 建設は死闘 惰性は暗 希望は明 後退は死 前進は生」
今月の、記事で、書いたところなのです
心していきます
私が、諸天諸神と言ったことで、誤解をしている人もいるみたいですけど・・・
実は私、、3人の区の幹部の方に、一連のやり取りを見ていただいて、相談しました。
1人は、ネット大嫌いな方で、(今は、私がやっていることには、理解を示してくれてます)「そんな相手をしてる時間があったら、もっとお題目をあげなさい」と。
もう1人の方は、「とにかくそんなものは見ないで、いい記事を書きなさい」と
そして、もう一人の方は、「コメント入れてあげたいけど、やり方がわからない」と。
そんな時に、大野さんが現れてくれたものだから、私にとっては諸天諸神という事なんです。
私が言いたいことを、そのまま言ってくれたって感じですので。
私達だけの為でなく、これからブログをやっていくすべての方に、エールを送っていただけたと思います。

私は、周りから、怒らせるのの、天才と言われていました。
元旦那様、とっても優しい人で、怒ることをしなかったんです。
どうにか怒らせたくて、怒るように祈っていたこともあります(笑)
その人が、ある日、怒り出したら、怒りん坊になってしまって、祈りが効きすぎちゃったみたいです。
私は、ネットの、コメント欄を通して、一人でも、励ましを送れればいいなと思っていました。
それがこういう形で、う○こブログになっちゃって、大野さんのお陰で、軌道修正できたようなものです。
ブログのおかげで、大野さんに出会えた事に、感謝です。
動機がどうであれ、今こうやって、ブログをやっていることに、全ての人に感謝しています。

26日の新・人間革命にも、イソップ物語をひいて、「信念に生き抜いてこそ、人間の正義は貫かれることを、知ってほしかった」とあります。
これからも、がんばりますので、
たまには、遊びに来てくださいね。
私が過ちをおかしそうな時は、「おいこら ちよ しっかりしろ」と声をかけてください。
大野さんが、あのようなブログを、立ち上げなくていいような、創価学会ブログ村になることを、祈っています。

温泉 ゆっくり浸かってきて下さいね
どうかお体を大切に。
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by tomotiyoo | 2013-12-27 06:09 | Comments(27)

やってもーた

おはようございます
昨日は、大変失礼しました
皆さん 優しい方たちで、ブーイングがなくって、ちょっと寂しい(笑)
昨日は、Sさん宅で、友人に戴いた、シャンパンを飲んでいました
下町の、おやじ達には、ちょっと高級すぎて、ビールに変えたものだから、ほとんど一人で1本飲んでしまいました
その後に、ビール
久々に呑みすぎました(反省)
でもね これってすごいんです
昔は、ワインを一人で約2本飲んで、それから夜の街に、くり出していました
そして、最後は、必ずといっていいほど、誰かと喧嘩
あーいいお酒に変わったなーと自分で感心
そう ちよは昔、アルコール依存症でした
病院に行ったわけではないので、自己診断ですよ
今日は、呑まないぞーって、地下鉄の階段を登って、あと3段っていうところで、さあ 今日は何処にのみに行こうかなーって思って、公衆電話から、友人に誘いの電話をかけていました
自分で気をつけて、週に1回休肝日をもうけていましたけど、あとは、ほとんど2日酔い
よく会社クビにならなかったなー
その頃行ってた会社は、2食昼寝つき
3時から4時まで、(昼間です)畳のロッカー室で、寝てました
今から考えると、とってもいい上司と、仲間に囲まれて、超幸せな時間を過ごしていました
でも、今のほうが、もっともっと幸せですよ
幸せは、感じるもの
どんなに環境が整っていても、その人の心が、幸せって感じられなければ、不幸なのですから・・・・
そんな、不幸な時代もあったんです
「冬は必ず春となる」
さあ 春に向かって前進だー
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by tomotiyoo | 2013-12-26 08:00 | Comments(23)

酔ってまーす

たまにはいいよね
そんなことがあっても
みんな 悩んでるんだよなー
いろいろな事に
そんな事おかしいとか、変だとか
ただ、自分に経験がないだけじゃん
笑っちゃうよね
「へー そうなんだ」ーって どうして聞けないのかね?
うちの親子は 、「ばかだねー 」それで済ましています
分からない事 それをわかろうとしない事
それを簡単にばかだねーそう言っています
今日は ちょっと酔っていますので、「ちよ おかしいよ」 と思う方はブーイング宜しくお願いします
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by tomotiyoo | 2013-12-25 22:39 | Comments(18)

うわばみ

少年少女きぼう新聞を読んだ
心の目でのぞいてごらん
私の大好きな「星の王子さま」だ
何に見える?
http://www.1mame.net/zou.html
去年だったか、座談会でうわばみのTシャツを着て、これ何に見える?と言ったら、帽子という声が圧倒的に多かった。
私の後ろにいる、地区婦人部長は、Tシャツの後に答えが出ていたので,「ゾウ」と答えた
私は、以前、神奈川県、箱根にある、星の王子様ミュージアムへ2回行った。
私は、学会の建物をたくさん見ているから、作り物は、ちょっとやそっとでは、感動しない。
東京ディズニーランドができて、初めて行った時のホーンテッドマンションには、感激したが、それ以上のものだった。
とにかくおしゃれ。
別世界に来たような、気にさせてくれた。

1900年フランスのリヨンの生まれ。
サン=テグジュペリ。
彼の一生は、不幸に見えたけれど、1943年に出版された「星の王子さま」は、今でも世界中で、読まれている。
映像ホールで、私は大泣きをした。
心が洗われる思いだった。

サン=テグジュペリ
「心でみなくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ。
めんどうみたあいてには、いつまでも責任があるんだ。
まもらなきゃならないんだよ、
バラの花との約束をね・・・・。」
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by tomotiyoo | 2013-12-24 08:39 | Comments(20)

心の病とくくるの乙女

心の病ある仲間の旅たち 2013年10月25日

2012年
12月に初めてバルさんにあった。
躁うつ病で元気がなくすべてのことに自信がないように見えた。   
純粋な男だ。病気が憎くなった。こんないい男を苦しめる病気を体から出て行けと叫びたい気持ちだった。
彼は病気が発症する以前は普通に働き結婚をし子供もできた。

しかし、その頃から自分の異変には気づいていたが病気とは思っていなかった。
仕事に失敗し、新築したばかりの家も手放してしまった。
眠れなくなった。病院で躁うつ病と診断された。
妻は彼の病気を理解してくれなかった。仕事ができなくなり離婚。借金のことで親戚に迷惑をかけたことが彼を苦しめた。
自殺未遂を図り2年間入院した。

退院して仕事をした。
病気のことを隠して働いた。そうしなければ働けないと思った。
しかし、それが彼を追い詰めてしまった。仕事をはじめて2ヶ月後に体が動かなくなった。
仕事をしたい、頑張りたいと思っても体は動かず時間だけが過ぎていった。

仕事を失い自信喪失した。

  
 バルさんは音楽が好きでくくるの乙女に興味を抱いていた。
 そこでくくるの乙女が演奏している様子を見てもらった。
 耳が聞こえなくてもドラムを叩きキーボードを演奏するくくるの乙女に彼の心は動いた。
 
 その頃から今の自分を変えたい、前向きなことを話してくるようになった。
 それ以前は過去の失敗の話だけで未来の事を語ることはなかった。
 

 以前、病気を隠して仕事が続けられなかった。そこで病気への配慮がある就労A型の職場を希望した。
 しばらくして就労A型の職場が決まった。 しかし、自信がなかった。
 突然襲ってくる脱力感、無力感、過去の失敗が邪魔した。
 
 くくるで働かせてくれと言ってきた。仕事に自信がないので仕事に慣れておきたいとの事でした。
 嬉しかった。もちろん。OKでした。



2013年1月
 バルさん、チラシ配り、調理補助など一生懸命やってくれた。
 チラシ配りでは突然雨が降りだしたこともありましたが黙々とチラシを配ってくれました。
 仕事は遅いですが丁寧な仕事でした。

 一月の終わり頃から就労A型で働き始めました。

 今の目標は2年間仕事を続けることです。
 それができたら一般就労してお金を稼ぎたいそうです。


 
10月5日
 バルさんと
  夢について語った。

 彼の夢は体験発表をすることだ。体験発表したい理由は二つあった。
 一つは娘の事だ。
 娘とは10年ぐらい会っていない。結婚しているかもしれない。
 今の自分では会いたい気持ちはなれない。
 仕事を頑張りオヤジは元気だよと伝えたい。

 二つ目は同じ病気で悩んでいる人の事です。
 周りの人の理解が得られず辛い体験をしてきた。
 躁うつ病で悩んでいる人に俺も辛かったけど今は元気だよと言いたい。
 

  三つ目は音楽を楽しみたいです。
 今は仕事を続けることで精一杯。先ずは仕事を継続すること。それができたらくくるの乙女と
 一緒にライブがしたい。マイケルと心の病ある仲間とライブがしたい。
 
 バルさんはこの三つの目標に向かっています。時には落ち込み、焦り、踏ん張り、自己嫌悪
 との葛藤・・・・そう簡単に良くなる病気ではないです。

 でも希望と夢はそんなバルさんを支えていると思います。
 

 
 私も夢みています。 3年後 5年後、バルさんが体験発表しライブのステージに上がっている姿を!


 12月12日

先日、バルさんと話をした。
彼は本を読むとボーとして何を書いているのかわからなくなる。
ウツ病を発症してからは新聞を読むこともあまりなくなった。
彼はS新聞を愛読しているが積ん読の状態だ。
一ヶ月ほど前、人○革○ の小説だけでも読んだらと話した。
読んでみると言った。
それから彼は読んでいるようだ。

内容を理解しているとかは疑問だが、読み続けていることは凄いと思う。

私にはよくわからないが、どうしょうもない無力感が襲ってくるとのことだ。
そんな中での読書だ。
今までできなかったことに挑戦しているバルさんだ。
声が弾んでいた。ほんの少し、顔をあげるだけでも違った世界が見えると思う。
バルさんと話をしていると元喜になってくる。

  
12月20日
バルさんと初めて会ってから一年となった。一年前のバルさんと今とでは雲泥の差だ。
自信も希望もなく、どうやって生きていけばいいのか、ただ生きている感じだった。
仕事をし、自分で稼いだお金を自由に使えることは幸せなことなんだと思った。



焦らず、ゆっくり、一つ一つの目標を達成してほしい。
来年の1月27日(?)で仕事が一年となる。一年仕事をやりきったら自信がつくだろうな。
楽しみだ。バルさん、今年はいい年だったね。来年もよろしく。
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この記事へのコメント

おはようございます
御本尊さまの前で、お題目をあげながら読まさせていただきました。
涙こぼしながら読まさせていただきました。
どう言葉にしたらいいのか、とまどっています。
不思議だなぁと、思うこと。
先週土曜日の夜、我が地区は座談会がありました。
そのとき、わたしは初対面の婦人部のかたが地区婦人部長と一緒に来られました。
そのかたは、耳が聞こえないかたでした。
言葉もうまく喋れないとのこと。
婦人部長は、ひとりの会員さんのために手話を習ったと過去にわたしの元奥様に聞いたことがあります。
あ、このかたのことなのかと思いました。
婦人部長は、みんなのことを手話で紹介され、そのかたは、みんなにとても丁寧に感謝の思いを顔と全身で表現して伝えてくださいました。
そして、
「御本尊さまは凄いよ!」と一生懸命に言葉を発したあと、
「南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」
とハッキリと三唱されたのです。
これが、わたしの実証だと!
もうみなさんビックリ!
その後、今年最後の座談会ということで、先生の指揮の威風堂々の歌をみんなで熱唱しました。
そのかたは、感涙しながら誰よりも大きな声で歌いました。
その後、わたしも手話を覚えて、このかたを励ましてあげたい、感謝を伝えたいと、ふと思いました。
もうひとつ。
我が地区には、お父さんを亡くしてからうつ病にかかった壮年のかたがみえます。
わたしのひとつ上のかた。
44歳だと思います。
いいひとなんです。
優しいひとだからよけいにでしょうか。
一緒に我が地区を盛り上げていきたい、が、どうしたらいいか。
このかたは、お母さんと二人暮らし。
やはり、働けないから将来が心配です。
そんな折、うるとらまんさんと、こうして知り合えたことは、わたしは不思議でなりません。

by いまいち
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by tomotiyoo | 2013-12-23 00:00 | Comments(69)

12/22 「統監部の日」

1952年12月22日
飛躍的な会員の増加に対応するため、戸田先生の構想のもと、新体制の強化が図られ、統監部が設置されました。

人間革命 第6巻 離陸には、
「翌22日には、全国構想に備えて、新たに地方統監部が設置された。
初代地方統監部長には、原山幸一が任命された。
それにともない、原山がこれまで勤めてきた文京支部長の後任に、田岡治子が就任した。
清原かつについで、女性二番目の支部長である。
飛躍的な会員の増加に対応した組織、体制の強化は、こうして堅実に図られていった。そして、12月24日、この年最後の本部幹部会が開かれた。」
と書かれています。
そういえばうちの母が、B長だったこともあったなあ。

この年は、笠原事件の決着をみた年で、神本仏迹論をめぐる事件で、池田先生と寺側との会話が書かれているので、ここもぜひ読んでいない人は、読んでいただきたいと思います。(P278)

統監と言えば、M子の本尊お取替えの時も、統監があるかないかで、すったもんだしました。
私は、個人的に、統監というものは、学会の戸籍や、住民票のようなものと思っています。
統監に名前があるということは、学会家族の証であって、今は、お休みをしていようと、必ずその人でなければならない使命があるわけで、全幹部が、その一人にために全力で、激励していく必要があると思っています。
先日、M子のしらゆり長さんから、お電話をいただきまして、M子の本尊取替えがあったからこそ、今彼女は地区の中で、とってもいい存在になっているとお褒めの言葉をいただきました。
今年最後の座談会では、しらゆり長さんと、M子、感極まって、号泣したと言う話がありました。
その地区でも、まだ、日顕本尊を持っている人がいるようで、なかなか家に上げてもらえず、個人指導ができないと、言っていました。
どんどんM子と一緒に、家庭訪問に行ってくださいと、お願いしました。
M子の成長ぶりは、私にとっても予想外でした。
酔っては、うちに電話をしてきて、学会の悪口を言っていたんです。
短気な私は、会えば、いつも喧嘩。
そんな事が、何年続いたでしょう。
伝統の2月、若い人を折伏をしたいと思って、一番に、思いついたのが、M子の息子さんでした。
それが、本尊お取替えの、最初のきっかけです。
まずは新聞を贈呈し、読まないといっていたので、マンガだけでも読んで頂戴とお願いし、それが、自分で購読するようになって、新聞の感想を携帯で話してくるようになりました。
その年の10月、お取替えをして、今年の10月で1年経ちました。
選挙は、人には頼まない、会合も、家の事がおろそかになるようなら出ない。そんな事を言ってました。
今では、まるで別人です。
「昔の私は、嫌なことからずっと逃げてきた。
今は、なんでも挑戦しようと思っている」と。
茨城の、同志に感謝しつつ、もうそろそろ、M子の広宣流布は、M子に任せようと思っています。
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by tomotiyoo | 2013-12-22 00:00 | Comments(31)