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真実を語る

このブログを、最初から知っている人は、どのぐらい、いるのだろう?
もともとある出来事を、沈静させたいと思って、初めたブログ。
解決したら、やめるつもりでいた。
それがいつからか、私への、応援コメが入ってくるようになり、ついでのつもりで書いていた記事。
あらから、約3ヶ月。すっかりはまってしまった。

私は、2年程前、本気で、自分を変えたいと思っていた。
それまでは、変わるということを、ずっと避けていたのだ。
「人間革命」を、読んでいながら、心の中で否定し続けていたのだ。

私は、あるブログと出会って、そして、最高の先輩に出会って、いい友人に囲まれて、少しづつ変わっていった。
今は、使われていない、唱題会の会場に、紙が1枚張られていた。

「世界を変えたかったら、人間を変えることだ。
人間を変えたかったら、自分が変わることだ
自分を変えたかったら、まず変わると決めることだ」
もちろん、先生の言葉だ。
(うろ覚えなので、間違ってたら、教えてください。)
50年間、1度も変わりたいと思わなかった私が、初めて、自分を変えようと思った。

それはそれは、苦しい作業である。
祈り━それはあきらめない勇気だ
http://kosenrufu.ldblog.jp/archives/1311577.html
何回も何回も読み直しては、唱題に励んだ。

実は、このところのコメントの多さに、少し、不安を抱いていた。
お題目の時間は大丈夫か?
睡眠不足になりはしないか?
きちんと会合にいけているだろうか? と。
しかし、私の不安は、今はない。
みんなで語り、自分をさらけ出し、お互いに励ましあっている。
私が、目指すところの、創価学会の世界だ。
皆が、それぞれに、真実を語っているのだ。
希望という光を持って。
ここから、一人一人、すっきりした信心で、自分を見つめ、宿命と戦い、各々の今いる場所で、自分の使命をそれぞれ果たしていってくれると思うからだ。
そう信じているからだ。
私の心は、今日も晴れやかである。

ブログを始めるきっかっけになった出来事や、その時々の人々。
全ての事に感謝しつつ。
合掌。
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by tomotiyoo | 2014-01-15 22:00 | Comments(106)

新・人間革命 鳳雛より 抜粋
「1965年(昭和40年)中等部は全国の34本部で結成を見たのである。
その時の指針は
一.勤行をしっかりしましょう。
二.勉強をしっかりしましょう。
三.学校にきちんと行きましょう。
四.親に心配をかけないようにしましょう。
五.正しく、強く、明るい毎日を送りましょう。

伸一は語る。
「すべては、真剣さだよ。私は、21世紀のことを真剣に考えている。その時に、誰が広宣流布を、世界の平和を、担っていくのか。
誰が21世紀に本当の学会精神を伝えていくのか。
何もしなければ、人は育たない。
大切なのは触発だ。その触発をもたらすには、日々、命を削る思いで、成長を祈ることだ。
そして“どうすれば、みんなの励みになるのか”
“どうすれば希望がもてるのか”“どうすれば勇気が出せるのか”
責任感とは、その一念の強さのことだ」と

池田先生は、「何のため」ということを、常に私たちに教えてくださっている。
中等部時代の、私の一番の思い出は、先生と一緒に勤行をさせていただいたことだ。
もったいなくも、本部で行われた中等部員会にも、代表で何回か参加させていただいている。
中等部歌の、指揮の練習の際、散策と、留守番とに別れた。
私は、留守番組だった。
散策の人たちが、頬を高揚させて、帰ってきた。
池田先生にお会いできたと言うのだ。
先生の話は、絶対に退転してはいけないよ。という事だった。
その時、お会いできなかったからではないが、私も、何度か退転してしまう。
今は、絶対に退転しない事を誓い、私の周りからは、退転者を出さないことを毎日の活動の目標にしているところである。
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by tomotiyoo | 2014-01-15 00:00 | Comments(190)

映画 「くちづけ」

神様、 
もう少しだけ
一緒にいさせて━

実際にあった事件の三面記事を読み、宅間孝行が原作と脚本を手掛け、知的障害のある娘と父との父娘愛を描いたヒューマン・ドラマ。
知的障害者たちのグループホームを舞台に繰り広げられる温かな交流、ヒロインの恋、父の深い愛などがユーモアを交えながらつづられる
知的障がいを持つ娘のマコ(貫地谷しほり)を、男手ひとつで育てる愛情いっぽん(竹中直人)は、、すでに30年がたっている。
出産直後になくなった妻に代わり、かつては人気漫画家だったが休業し、娘マコを男手ひとつで育てていた。
三十歳になるマコの心はずっと七歳のまま。
知的障がい者のためのグループホーム「ひまわり荘」で住み込みで働き始めたいっぽんと、そこで出会ったうーやん(宅間孝行)に心を開くようになったマコ。
ひまわり荘の経営者(麻生祐未)の娘(橋本愛)の友達がこのグループホームを訪れて、知的障がい者をキモイと言うシーンに心が痛む。
うーやんという障がい者の兄を持つことで妹(田畑智子:うーやんの保護者)の結婚が破談になったり、保護者が障がい者年金を使い込むケースなど、その取り巻く環境や問題もさりげなく織り込んでいる。
そして、いっぽんにガンが見つかり、余命3ヶ月と宣告される。
うーやんは、妹と一緒に住むため、グループホームを離れ、1人減り2人減り
グリープホームは、閉鎖に追いこまれる。
いっぽんは、病気のことを誰にも言えず、自分が死んだあと、娘は、どうなってしまうかと一人悩む。
他の施設に預けるが、マコは施設の脱走を繰り返す。
知的障がい者に対しての、偏見。
自立ができないため、犯罪にまきこまれたり、冤罪事件やホームレスになる人が多いとの心無い悪口。
そして最後は・・・
いっぽんの残したマンガの中で、うーやんとマコが結婚してるのが救い

私の中では、オリビア・ハッセーの、ロミオとジュリエット、
昭和49年の砂の器に並ぶ、名作である。
思いっ切り、笑えて、思いっ切り泣ける、とてもせつない映画だった。
そして、全ての障がいというものを、考えさせられた。
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by tomotiyoo | 2014-01-14 00:00 | Comments(86)

いい一日

昨日は、友人の、息子さんの成人式だった。
嬉しかったからと、電話があった。
彼も、世間でいう所の、バツ一。
近くに住む、息子でありながら、久々の再会だったという。
大人の事情で、離れていても、どこまでいっても親子は親子。
どこかで繋がっていれば、後継の道を、いつかは、繋いでいけると、私は信じている。
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by tomotiyoo | 2014-01-13 03:48 | Comments(188)

ちょっとおでかけ

留守番よろしくー
みんな 夜の勤行したのー?
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by tomotiyoo | 2014-01-12 21:11 | Comments(120)

お知らせ

いたずらコメントが入りましたので、当分の間、承認制とさせて頂きます。

仏法の正義や哲学を語り抜く声は、すべて師子吼となる
①偽者の正体を暴く
②邪悪を寄せつけない
③同志を守り、安心させる
④内なる仏の生命を呼び覚ます
⑤戦いをリードする
⑥全てを自身の味方にする
⑦自身と同志を高め、豊かにしていく、など
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by tomotiyoo | 2014-01-12 07:54 | Comments(107)

造語 「ものまね楽語」

コロッケさんが、つくった、落語をものまねで楽しくお届けするという意味だと言う。
3月の民音講演である。

推進演目は、アイリッシュミュージックとダンスだ。
アイリッシュと言ったら、真っ先に浮かぶのが、アイリッシュコーヒー。
私の大好物である。
今は、出してくれる店が、近くにないから寂しい。
代わりといってはなんですが、アイルランド民謡、 庭の千草でも、お聞きください。
http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%BA%AD%E3%81%AE%E5%8D%83%E8%8D%89&tid=5c5db72d14e2e3d143c217ca5c9e4486&ei=UTF-8&rkf=2

東京は、恵まれていて、どこの劇場でも、1時間もあれば行けてしまう。
母も、民音責任者をしていたので、小さいころから、随分連れて行ってもらった。
あの、母の事である。チケットは、1枚。
私は、一応、ひざの上。
周りを見渡して、空いている座席を見つけると、私をそこに座らせた。
随分、おおらかな時代である。
誰も、何も言わない。

私も、劇場関係で、働いていた時代があって、その会社からよく、無料のチケットを戴いていた。
2人席の、桟敷席に、母と、叔母と、私の3人で見ていると、案内さんが、ペンライトを持って、やってくる。
申し訳ありませんが、と言いかけて、私の顔を見ると、失礼しました。と言って、去っていく。
随分、いい部署にいたものだ。
親子そろって、このずうずうしさ。
今思えば、そういう会社に就けたのも、母が長いこと民音担当をさせていただいた功徳なのだ。

ある日、映画のチケットが、手に入らず、勤めていた関連会社の人が、名刺に一筆書いてくれた。
それだけで、映画が見られた時代である。
その名刺を持って、友人と2人で、鎌田行進曲を見に行った。
映画の、前に、お得な前売り券は、と、コマーシャルが入る。
友人は、「ちよボー。お得な名詞とは言わないのかい?」と。
そして、その人は、ただで見るのもいいけど、本当に見たい物は、お金を出してでも見なくてはいけないよ。と
今でも、その言葉をよく覚えている。

先生が、下駄履きで行けるコンサート。芸術を庶民の手に、と創ってくださった民音。

民主音楽協会のモットー
一.文化の誉れ!先駆の民音
一.友好を結ぶ!使命の民音
一.平和を創る!世界の民音

今後は、日本の伝統芸能を、世界に伝える活動が増えてくると聞いた。
私たちの、賛助会員費で、平和の一端を担えると言うのは、嬉しい限りである。

民音の会合から帰って、コロッケが来るよ、と言ったら、バカボンパパはすっかり、食べ物のコロッケだと思って、どっから来るのと聞く。
私は、民音と答える。
話がかみ合わない。
好みも、バラバラ
去年は、1度だけ、一緒に映画「くちづけ」を見に行った。
この話は、また後日。
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by tomotiyoo | 2014-01-12 00:00 | Comments(30)

勇気

2013年12月号 灯台
すずき・こうじさんの記事である。
すずき氏とは、「リング」「らせん」で有名な作家である。
ちなみに、バカボンパパは、貞子が嫌いだ。
「怖いのだ」 と言う。
氏は、大学卒業後、子育てに励みながら、学習塾を切り盛りし、創作活動に取り組んでいたという。

「私は、人間のキャラクター(性格)において、もっとも高貴なものは「勇気」
だと考えています。
それも、理性に裏付けられた勇気です。
青少年の問題が大きくなると、「優しさ」や「思いやり」といった情操教育の大切さばかりが語られがちですが、情緒(感情)では、恐怖に打ち勝つことができません。
一般的に情動と呼ばれる感情を、いいほうから順に並べれば、
愛、優しさ、思いやり、喜び、安心、後悔、悲しみ、不安、嫉妬、絶望、恐怖
怒り、憎悪・・・などとなります。
列記された項目の後者になるほど、肉体に作用する力が強烈になるのが分かります。優しさや、思いやりの感情など、恐怖に煽(あお)られたり、憎しみを募らせたりすれば、簡単に吹き飛んでしまう。昨今報道される事件の原因とされるほとんどはここにあります。
人間は弱い生き物です。どれほど、感性を磨き思いやり優しさを身に着けたとしても、理性に裏付けられた勇気がなければ、いざと言う時 もろくも崩れ去ってしまう。普段から、徹底して、論理的に考えると言う訓練を受けていないため、ピンチの時にどう対処すべきかが分からず、自分を見失ってしまうのです。
勇気とは、恐怖を克服して初めて身につくキャラクター(性格)、初めから勇気を持ってくる人間はいません。目の前の課題に挑戦し、困難を克服していく経験の中で、自然と育まれていくものです。(中略)

私は、長女にも次女にもなるべく早い時期に自動車免許を取得するよう勧めていました。そして免許を取ってからは、娘たちの車に数百時間同乗し
安全運転のコツや,おきやすい事故の傾向性について徹底的に教え込んだのです。(中略)
私たち大人は、子供の危険を先回りして、隠してしまうのではなく、危険とどう向き合い撮り超えていくのかと言う生きた哲学こそ教えていくべきだと思います」と。

私は、幼い頃から、もともと勇気のある人間だと思ってきた。
しかし、それは、きっと、両親から学んだものなのだと、改めて、感じることができた。
 信心の話をするのに、勇気がいると言う人もいるが、(慈悲に変わるのが勇気)私は子供のころから、当たり前のようにしていた。
家に、友達が遊びに来れば、題目三唱させ、先生の写真に「お父さん?」と質問され、知らず知らずのうちに、学会を語っていた。
だから学会宣言って何?の世界なのである。
今更ながら、そういう環境にいたことに、感謝している。
お父さん。お母さん。ありがとう。
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by tomotiyoo | 2014-01-11 00:00 | Comments(187)

歯が入った

所謂、部分入れ歯である。
私は、入れ歯が嫌いだ。
まだ私が、バカボンパパの、居候だった頃、バカボンパパの入れ歯がなくなった。
バカボンパパ曰く「お前がどこかにやったのだろう」
私「入れ歯 見るだけで嫌だもん。触れるわけないじゃん」
バカボンパパ「絶対 お前だ」
「いや 違う」
そんなくだらない押し問答のあと、入れ歯を探して、大掃除を。
なんと、テレビの後ろに、飴やガムなどと一緒に、大事そうに入れ歯が置いてあった。
それは、・・・
考えられるのは、ねずみだ。
テーブルに置いてあった、飴やガムを、せっせかせっせか、運んでいたのだ。
私は、ねずみ年。
歯は、とても丈夫だった。
よく人を噛み付いて、傷を負わせていた。
そんな歯も、年とともに弱くなり、去年奥歯を2本抜いた。
そして今日、歯が入った。
歯医者さんは、痛くても嫌でも、1日最低30分は入れておいてくださいね。と
痛くないし、うっとおしくもない。
これなら、歯を磨く以外、24時間一緒にいても構わない。
不思議なもので、自分の分身。いとおしく思える。
これも功徳なのかな?
歯だけに、ハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
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by tomotiyoo | 2014-01-10 00:00 | Comments(63)

妙一尼御前御消息

婦人部グループ学習を、ひらがな御書にしてみました
誤字脱字があったら、お知らせください

みょういちあまごぜんごしょうそく・
妙一尼御前御消息
けんじがんねん ごがつ ごじゅうよんさいおんさく・
建治元年五月 五十四歳御作
みょういちあまごぜん・
妙一尼御前
それ てんに つきなく ひ なくば そうもくいかでか しょうずべき・
夫れ天に月なく日なくば草木いかでか生ずべき、
ひとにふぼあり いとりもかけば しそくら そだちがたし そのうえ かこの・
人に父母あり一人もかけば子息等そだちがたし、其の上過去の
しょうりょうは あるいは びょうしあり あるいは じょしあり とどめおく・
聖霊は或は病子あり或は女子あり、とどめをく
ははも かいがいしからず たれに いい あづけてか めいどに・
母もかいがいしからず、たれにいゐあつけてか冥途に
おもむきたまいけん・
をもむき給いけん。
だいかくせそん おんねはんのとき なげいて のたまわく われ・
大覚世尊・御涅槃の時なげいてのたまはく・我
ねはんすべし ただ こころにかかることは あじゃせおうのみ・ 
涅槃すべし但心にかかる事は阿闍世王のみ、
かしょうどうしぼさつ ほとけに もうさく ほとけは びょうどうの じひなり・
迦葉童子菩薩・仏に申さく仏は平等の慈悲なり
いっさいしゅじょうのために いのちをおしみ たもうべし いかにかきわけて・
一切衆生のためにいのちを惜み給うべし、いかにかきわけて
あじゃせおうひとりと おおせあるやらんと といまいらせしかば・
阿闍世王一人と・をほせあるやらんと問いまいらせしかば、
そのごへんじにいわく「たとえば ひとりにして しちしあり このしちしのなかに・
其の御返事に云く「譬えば一人にして七子有り是の七子の中に
いっし やまいにあえり ふぼのこころ びょうどうならざるには あらず・
一子病に遇えり、父母の心平等ならざるには非ず、
しかれども びょうしにおいては こころ すなわち ひとえに・
然れども病子に於ては心則ち偏に
おもきがごとし」とううんぬん てんだい まかしかんに この・
重きが如し」等云云、天台摩訶止観に此の
きょうもんを しゃくしていわく「たとえば しちしのふぼ・
経文を釈して云く「譬えば七子の父母
びょうどうならざるにはあらず しかれども びょうしゃにおいては・
平等ならざるには非ず然れども病者に於ては
こころ すなわち ひとえに おもきがごとし」とううんぬん とこそ・
心則ち偏に重きが如し」等云云・とこそ
ほとけは こたえさせたまいしか もんのこころは ひとには・
仏は答えさせ給いしか、文の心は人には
あまたのこ あれども ふぼのこころは やまいするこに ありとなり・
あまたの子あれども父母の心は病する子にありとなり、
ほとけのおんためには いっさいしゅじょうは みな こ なり・
仏の御ためには一切衆生は皆子なり
そのなか つみふかくして せけんのふぼを ころし ほとけ・
其の中罪ふかくして世間の父母をころし仏
きょうのかたきとなるものは びょうしのごとし しかるに・
経のかたきとなる者は病子のごとし、しかるに
あじゃせおうは まかだこくの ぬしなり わが おおだんなたりし・
阿闍世王は摩竭提国の主なり・我が大檀那たりし
びんばしゃらおうを ころし わがてきとなりしかば てんもすてて・
頻婆舎羅王をころし我がてきとなりしかば天もすてて
にちがつに へんいで ちも あずかじと ふるい ばんみんみな・
日月に変いで地も頂かじとふるひ・万民みな
ぶっぽうにそむき たこくより まかこくを せむ これらは・
仏法にそむき・他国より摩竭国をせむ、此等は
ひとえに あくにん だいばだったを しとせるゆえなり けっくは・
偏に悪人・提婆達多を師とせるゆへなり、結句は
きょうより あくそう みにいでて さんがつのなのか・ 
今日より悪瘡身に出て三月の七日・
むげんじごくに おつべし これがかなしければ われ・ 
無間地獄に堕つべし、これがかなしければ我
ねはんせんこと こころに かかるというなり われ あじゃせおうを・
涅槃せんこと心にかかるというなり、我阿闍世王を
すくいなば いっさいのざいにん あじゃせおうのごとしと・
すくひなば一切の罪人・阿闍世王のごとしと・
なげかせたまいき・
なげかせ給いき。
しかるに しょうりょうは あるいはびょうしあり われすてて・
しかるに聖霊は或は病子あり或は女子あり・われすてて
めいどにゆきなば かれたるくちきのようなる としよりあまが・
冥途にゆきなばかれたる朽木のやうなるとしより尼が
ひとりとどまり このこどもを いかに こころぐるしかるらんと・
一人とどまり此の子どもをいかに心ぐるしかるらんと・
なげかれぬらんと おぼゆ かのこころの かたがたには または・
なげかれぬらんとおぼゆ、かの心の・かたがたには又は
にちれんがこと こころに かからせたまいけん ぶつご・
日蓮が事・心にかからせ給いけん、仏語
むなしからざれば ほけきょう ひろまらせ たもうべし・ 
むなしからざれば法華経ひろまらせ給うべし、
それについては このごぼうは いかなることもありて・ 
それについては此の御房はいかなる事もありて・
いみじくならせたもうべしと おぼしつらんに いうかいなく・
いみじくならせ給うべしとおぼしつらんに、いうかいなく・
ながし うしないしかば いかにや いかにや ほけきょう・
ながし失しかばいかにや・いかにや法華経
じゅうらせつは とこそ おもわれけんに いままで だにも・
十羅刹はとこそ・をもはれけんに、いままでだにも・
ながらえたまいしかば にちれんが ゆりてそうらいしとき・
ながらえ給いたりしかば日蓮がゆりて候いし時
いかに よろこばせたまわん・
いかに悦ばせ給はん。
また いいしこと むなしからずして だいもうここくも よせて・
又いゐし事むなしからずして・大蒙古国もよせて
こくども あやおしげになりて そうらえば いかによろこびたまわん・
国土もあやをしげになりて候へばいかに悦び給はん、
これは ぼんぷのこころなり・ 
これは凡夫の心なり、
ほけきょうを しんずるひとは・
法華経を信ずる人は
ふゆのごとし ふゆはかならず はるとなる ・
冬のごとし冬は必ず春となる、
いまだむかしよりきかず・みず・
いまだ昔よりきかず・みず
ふゆのあきと かえれることを いまだきかず・
冬の秋とかへれる事を、いまだきかず
ほけきょうを しんずるひとの ぼんぷとなることを
 
法華経を信ずる人の凡夫となる事を、

きょうもんには・
経文には
「にゃくうもんぽうしゃ むいちふじょうぶつ」と とかれてそうろう・
「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候。
こ しょしょうりょうは ほけきょうに いのちをすてて・
故聖霊は法華経に命をすてて・
おわしき わずかのしんみょうを ささえしところを ほけきょうの・
をはしき、わづかの身命をささえしところを法華経の
ゆえに めされしいのちは すつるにあらずや かの・ 
ゆへにめされしは命をすつるにあらずや、彼の
せっせんどうじの はんげのために みをすて やくおうぼさつの・
雪山童子の半偈のために身をすて薬王菩薩の
ひじをやきたまいしは かれは しょうにんなり ひに みずを・
臂をやき給いしは彼は聖人なり火に水を
いるるがごとし これは ぼんぷなり かみを ひに・ 
入るるがごとし、此れは凡夫なり紙を火
にいるるがごとく これをもって あんずるに しょうりょうは・
入るるがごとし・此れをもつて案ずるに聖霊は
このくどくあり だいげつりんのなかか だいにちりんのなかか・ 
此の功徳あり、大月輪の中か大日輪の中か
てんきょうをもって さいしのみをうかべて じゅうにじに・
天鏡をもつて妻子の身を浮べて十二時に
ごらんあるらん たとい さいしは ぼんぷなれば これを・
御らんあるらん、設い妻子は凡夫なれば此れを
みず きかず たとえば みみ しいたるものの かみなりの・
みずきかず、譬へば耳しゐたる者の雷の
おとをきかず め つぶれたるものの にちりんを みざるがごとし・
声をきかず目つぶれたる者の日輪を見ざるがごとし、
おんうたがい あるべからず さだめて おんまもりと・
御疑あるべからず定めて御まほりと
ならせたもうらん そのうえ さこそ おんわたり あるらめ・
ならせ給うらん・其の上さこそ御わたりあるらめ。
ちからあらば とい まいらせんと おもうところに ころもを・
力あらばとひまひらせんと・をもうところに衣を
ひとつ たもぶでう ぞんがいの しだいなり ほけきょうは・
一つ給ぶでう存外の次第なり、法華経は
いみじき おんきょうにて おわすれば もし こんじょうに・
いみじき御経にてをはすれば・もし今生に
いきある みともなりそうらいなば あまござんの いきて・
いきある身ともなり候いなば尼ごぜんの生きて
おわしませ もしは くさのかげにても ごらんあれ おさなき・
をわしませ、もしは草のかげにても御らんあれ、をさなき
きんだちらをば かえりみたてまつるべし・ 
きんだち等をばかへり見たてまつるべし。
さどのくにともうし これともうし げにん ひとり・
さどの国と申しこれと申し下人一人
つけられてそうろうは いつのよにか わすれそうろうべき・
つけられて候は・いつの世にかわすれ候べき、
このおんは かえりて つかえてて まつりそうろうべし・
此の恩は・かへりて・つかへたてまつり候べし、
なむみょうほうれんげきょう なむみょうほうれんげきょう・
南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・
きょうきょうきんげん・
恐恐謹言。
ごがつ にち にちれんかおう みょういちあまごぜん・
五月 日 日蓮花押 妙一尼御前
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by tomotiyoo | 2014-01-09 00:00 | Comments(25)