真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

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仏教用語にないこんな言葉を書くとお叱りを受けるかもしれませんが、我が家では、良くこの言葉を使います。
先生は、かつて、何かの本で、罰即利益と言っていて、同じことだよねと、喜んだ記憶があります。
罰とは、ある定めに従わない行為が、みなされた際に、その行為をなしたものに対して、苦しみを与える事。
法律の場合は、刑罰。
宗教上の場合は、仏罰。
道徳的な場合は、私罰。

過去の業だとかなんだかんだ言ったって、現世にどんだけ悪いことをしてきたんだよ と自分に、問いただした。
ご本尊が、罰を与えるわけがない。
わが身から出た汚い心が、わが身から病として出ただけではないのか。
そう、思えたとき、自分自身が変わる以外にないことに気がついた。
誰のせいでもなく、全ての、現象は自分自身なのだから。

罰に対する御書は
ここをクリック

功徳
優れた善行の徳
功徳に関する御書は
ここをクリック

仏法では、煩悩即菩提
ここをクリックl

地獄即寂光
ここをクリック

九界即仏界
御書p256
「一念三千は九界即仏界・仏界即九界と談ず、」

学会では、信心即生活
ここをクリック
など、いろいろなところで、即と言う言葉が使われている。

①二物相合(にもつそうごう)の即
例 清浄の蓮華と、汚れた泥土との関係
②背面相翻の即
現実の相(すがた)は二つでも、その本体は一つであること
例 人の背中と正面は別の姿であるが、本体は一つ
③当体全是(とうたいぜんぜ)の即   
対立するように見える二つの矛盾する性質が、それ自体において同一個の当体に全て具わる事
例 九界と仏界

子供のころ聞いたのは、即とは、南無妙法蓮華経だと。

御書P514
「地涌の菩薩を現証と為す事は経文に如蓮華在水と云う故なり、」
如蓮華在水(れんげのみずにあるがごとしとよむ)
蓮華とは、地湧の菩薩をさし、世間の汚泥の中にあっても、それに染まらないさまは、ちょうど、蓮華が泥水の中に、華を咲かせるようなものである
お題目をあげれば、泥の中の蓮華が、きれいな華を咲かせるように、人間もきれいな華が咲くというのだ。
それも、深ければ深いほど、汚ければ汚いほど、きれいな華が咲くというのだ。
私の、今までの苦悩は、全て私の身から出た罰である。
しかし、題目によって、その過去さえも、きれいな華へと変えていけることができる。
なんて、素晴らしい法に出会えたのか。
そう思うと、自然と両親に感謝の念が出てくる。

少々遠回りをしたようにも感じるが、色々な罰が出て、それがあったからこそ、今の自分自身があるということを実感する今日この頃である。
過去の事にとらわれるのではなく、明るい未来に今日から進んでいこう

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by tomotiyoo | 2014-03-23 12:36 | Comments(67)

対話

ハピちゃんががんばってるから 開けました
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by tomotiyoo | 2014-03-22 20:53 | Comments(51)
その年、5月に、うずらという猫が死んだ。
この子は、夏の暑い盛り、旦那さんが会社の近くで拾ってきた猫だ。
電話で、死にそうな子猫がいるんだけど、連れて帰っていい?
うん 死ぬんだったら、うちで死なせてあげれば
そう言って、連れてきたら、元喜になっちゃって。
その頃、家族3人仕事をしていたから、昼間は留守になってしまう。
旦那さんは、バイクのヘルメットを入れるところに、猫を入れて、毎日猫と一緒に出勤していた。
この子は、ちゃんと、火葬してもらった。
家族3人、久々に勤行した。
旦那さんとの勤行は、これが最後となった。

奇妙な4人の暮らし。
不便なことはなかった。
そして、その年の暮れ、都営住宅が当たった。
次の年の9月。今いるところに、引越しすることになった。
その年の6月。
毎年、恒例の、母の誕生日旅行から、帰ってきたら、会社から、留守番電話が入っていた。
パートを初めて5年目。ある事で、仕事を辞めなければいけなくなった。
ここからが、貧乏のどん底に陥る。
その年、この地区に、派遣で来た人が、10時間唱題の人である。
話がしたいと思い、うちに来て欲しいといった。
生意気な私は、立てひざで、タバコをふかし、彼女は正座をして、私の話を聞いていた。
1つだけ、私と同じところがあった。
それが、題目のリズムの話だ。
先生と呼吸を合わせる。久々に、先生の事を熱く話す人に出会った。
惚れた。
この人と、がんばってみようと思った。
今までの事を全部聞いてくれた。
全て包み込んでくれた。
時間を作っては、10時間唱題をしてくれた。
その年の暮れ、最後の、酷い鬱に襲われた。
バカボンパパは、朝から晩まで、体が痛いと言う。
泊まりに来ていた母は、圧迫骨折で、まともに起きられない。
イライラして、どうしようもなかった。
寝込んだ。
でも、以前とは違っていた。
不安がない。
少し休めば、また元に戻る。
そんな感触があった。
もう、あんな、地獄のような日々は嫌だ。
2.3日休めば、必ず、元に戻る。
そんな確信ができた。
そして、それが最後。
寝込むことがなくなった。
できない事に、イライラすることがなくなった。
できない事を、数えるより、できることを数えるようになっていった。 

長い長いトンネルを抜けて、振り返ってみると、いくつかの事に気づくことができる。
人間が落ちていく時、感謝を忘れ、人のせいにして、傲慢になり、嫉妬、悪口罵詈。

今、私は、カウンセリングの勉強をしている。
私の、経験を、同じ苦しみで悩む人の、助けになれればと思っている。
最後は、自分で立ち上がるしかない。
しかし、必ず、それには、家族、友人、周りの人の理解と、励ましが必要だ。
励ますといっても、ただ、がんばれと言うような言葉は、相手の心を重くさせてしまうこともある。
心に寄り添い、傾聴、共感し、差異を認め合う。
必ず良くなることを、確認しあう。
確信する。
お陰さまで、今までに、何人かの人を、元喜にすることができた。
もちろんその人自身の、努力だ。
しかし、そこに、同苦ということができ、一緒に成長できる事に、本当の幸せを感じることができる。
何に命を使うか。これを自覚した時、人は大きく変わる事ができるのだと思う。

何が1番大変なんて事はわからないけど、一通り経験したこと。 
アルコール依存。
共依存。
不安神経症。
急性胃腸炎。
円形脱毛症。
躁。
鬱。
人間不信。
解離性障害
などなど。
私の場合、原因は、先生すらも、信じられなくなったこと。
人間不信ですね。
ご本尊様は、信じられても、それを信じる自分自身を信じられなくなりましてね。
何度も何度も、先生のこれを、読みました。牙の大河さん ありがとうございます。

祈り――それは、あきらめない勇気だ。
祈り――それは、あきらめない勇気だ。
自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は必ず変えられる!必ず!”。
確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り――それは、恐怖の破壊なのだ。
悲哀の追放なのだ。
希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。

自らを信じよ!
卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。
胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り――それは、我が生命のギアを大宇宙の回転に噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、全宇宙を味方にして、
幸福へ幸福へと回転し始める逆転のドラマなのだ。


2004.10.10
我がふるさとは世界


私が、一番、辛かったのは、鬱かな?
だって、どうがんばったって、勤行唱題ができないんだもん。
これは、経験した人じゃないと、分からないね。きっと。
だから、まず、知っている人に相談してみよう。
お医者さんだって、薬を出すだけじゃないかもしれないよ。
そうだね。相談できる元喜があれば、っていう話だよね。

結論
心の病、特に欝は、一人では、とてもやっかいな病です。
どうか、まわりにそういう人を見つけたら、優しく寄り添ってあげてください。
話を、聞いてあげてください。
認めてあげてください。
時には、ほっといてあげてください。
そして、私は、あなたの味方だよと、必ず良くなることを、信じてあげてください。
長いこと読んでくださり、ありがとうございました。
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by tomotiyoo | 2014-03-22 01:08 | Comments(45)
もうこの頃は、ほとんど自宅には、昼間だけしか、帰らなくなる。
そんなある日おきた、カラス事件。
私は、生き物が好きだ。
特に猫。
私が、引きこもっていた頃、唯一の親友がおませだった。
この子は、私が折伏したFさんが、つれてきたチンチラの子供の1匹。
6畳一間のアパートで、猫が6匹生まれた。
おませが、バカボンパパの家に引き取られて、その後、私も引き取られることになる。
おませと一緒の散歩は、楽しかった。
桜の咲く頃、バカボンパパのうちの近所の公園へよく行った。
おませは賢い。
散歩行く?と聞くと自分から、かごに入ってくる。
医者に連れて行くときは、散歩と言っても、逃げる。
なぜ分かるのだろう?
今でも不思議だ。
そうそう カラスの話ね。
残った猫のご飯を、ベランダにおいておくと、カラスが来るようになった。
2匹。
だんだんなれてきた。
かーこと呼んでいた。
カラスでも良く見ると、かわいい顔と、そうでないのがいる。
頭には、ハートがない(笑)
えさがないと、窓を、トントンと優しくたたくようになった。
バカボンパパが、そばに行くと逃げる。
後もう少しで。手からて食べるんじゃないかと思うほど、近くに寄るようになった。
それが、ばれて、アパートを出なくてはならなくなった。
都営住宅に申し込んでも、なかなか当たらない。
そうだ。
うちの1階が空いている。
母の部屋だ。
私がこんな状態だから、母は、一人暮らしを始めた。
元はと言えば母が悪い。
私はそう思っていた。
我が家は、家の前に車を置いていた。
旦那さんが、出勤するのは7時30分。
その後は、空いている。
その頃バカボンパパは、中古のクラウンを乗っていた。
それが気にくわないのか、遊びに来ても家の前におかないようにと、文句を言ってきた。
自分だって、乗せてもらうくせに、なんて事を言うんだろう。
母は、バカボンパパが嫌いだった。
自分の娘の、命の恩人だよ。
分かってないね。
おませを追い出したのも、母だ。
私が、こんな変な性格は、母が作り出したものだ。
私はずっと、心のどこかで、母を憎んでいた。
もちろん今は違いますよ。
もう、母、仏様のようですから。(笑)
またここで、どなたかクレームつけるんでしょうね(笑)
ああ また話が脱線。
その空いた部屋に、住ませてもらおうと考えたのだ。
交渉成立。
その間も、バカボンパパは、都営住宅の、申し込みをしていたようです。
そして、元の家に、バカボンパパと一緒に引越し。
うーん?出戻り?
おかしな同居生活が始まるのです。
1年ほど、1階にバカボンパパと私は、住んでいました。
ここには、もう1人住人がいて、それが、今私とよく飲みに行くM君である。
彼との付き合いも長い。
M君とは、家族ぐるみのお付き合い。
妹は、女子部当時、私の部員さん。
よく一緒に、折伏しましたよ。
ある日、彼女が、連れてきた友人。
信心の話をしていたら、怖いと言い出し、おじさん(当時の支部長)の後ろに、おばあさんがいると言い出し、大騒ぎになったことが・・・
支部長は、慣れたもんで、はい ちよちゃん みかんむいてあげてって
こんな時に、みかん?と思いながらも、彼女に食べさせた。

引っ越したのは、忘れもしない平成21年10月20日
ここちょっときついから、読まないほうがいいかも・・・
見たくない人、次の記事に行ってくださいね





















引っ越して、おませと一緒に、久々の散歩
帰ろうとしないので、まあ 片付けもあるし、慣れた所だし、そう思って帰ってきた。
なかなか帰ってこなかったので、捜しに行った。
踏み切りで・・・
顔はそのまま
あれ?って顔して
もうどうする事もできなくて、泣きながら家へ帰った。
おじちゃーん おませがー
おねーちゃんと旦那さんに電話した。
お題目あげてーって。
結局、バカボンパパが、電車の会社へ電話して、処理してもらった。
どうする事もできなかった。
つづく
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by tomotiyoo | 2014-03-22 01:00 | Comments(6)
私の話は、記憶があやふやで、前後して、同じ事を何回も言うようなので、その辺は大目に見て欲しい。(笑)

たしか何で、夜のバイトをすることになったのか?
そんな事を、書こうとしていたような・・・

私は嘘が嫌いだ。
散々嘘をついておいて、そんな事を言うのは、おかしいことだが、自分が嘘を言うせいか、人の嘘を見破る。
特に、旦那さんは、鼻が広がる。
すぐばれる。
だが、ばれないこともある。
それは、お互い嘘だと思っていない嘘である。
実父が亡くなった時、旦那さんの会社の社長に、挨拶するため2人で行った。
その時の話である。
お父さんとY君が(旦那さん)うちの会社に初めてきた時、礼儀正しい息子さんだと思ってたんですよ と
えっ お父さんと 何それ?(心の叫び)
帰ってから問いただした。
職安(今のハローワーク)から行ったんじゃないの?
お父さんからの、紹介なの?
言ってなかったっけ?
聞いてないよ。いつも、ご本尊様のお陰、功徳って言ってたジャン。
ここでは、ハイヒールキックは出なかったと思うけど、何であんなに怒ったのかな?
私も好きにする。そんなわけで、おこづかいが稼げて、ただ酒飲める夜の世界へ。
夜のバイトは、結構好きで、その後飲みに行くのが楽しみになった。
元々おおらかな性格の旦那さん。
私がいなくて、ゆっくり眠れるほうが、良かったのかもしれませんね。
私、飲むと寝なかったんですよ。
飲めば飲むほど、目が冴える。
旦那さんは、眠くなる、
そんなこんなで、衝突もしばしば。
しまいには、俺を殺す気かと怒られた。
このせりふ、どこかで聞いたことがある。
そうだ。義父も言っていた。
がんで、闘病中。
良くなったら、温泉にでも行こうよ。
その返事だった。
殺す気なんかないよ。
まあいいや。

そういえば、飲んだ、次の日救急車呼んだこともあった。
心臓がドキドキして、どうしょうもない。
行きつけの、お好み焼きやさんの夫婦に電話して、家に来てもらった。
まだ、アパートに住んでいる頃だ。
私が、苦しんでいるのに、枕元で、夫婦喧嘩が始まった。
もう、どうしょうもない。救急車を、呼んでもらおう。
そして、病院での、診断。急性アルコール中毒。
皆が首をかしげる。急性?慢性なら分かるけど・・・
うわさを聞きつけ、地区の人たちが、見舞いに行ったという。
○○さんが、救急車で運ばれたそうですが・・・
いえ、その様な方は、いません。
そうなんです。
私達、結婚式を挙げながら、籍を入れてなかったんです。
ちょうど丸1年。
こういう事があると、不便だねって事で、籍を入れました。
結婚式が、3月26日。
旦那さんの誕生日。
そして、籍を入れた日も一緒。
やっぱ、私達って、変わってる?

酔っ払いの私は、最悪だ。
おんぶと言って、しゃがめば、ハイヒールキックが飛ぶ。
どこにいても、迎えに行かなくてはならない。
なぜそこまでするのかと聞いたら、他の人には、迷惑かけられないんだって。
旦那さんのかわいそうな話をしたら、一晩あっても書ききれないので、この位にしておこう

引越しの時も、何もできなくなって、親猫の、ミミちゃんを運ぶだけで、皆に偉いと言われた。
私は、今思うと、本当に恵まれていた。
いつも、誰かが助けてくれていた。

バカボンパパも、入会後、近くに引越ししている。
そこは、オートロックだった。
私は、未だに鍵が嫌いだ。
すぐ無くす。実際に無くなったのではなく、ポケットや、バックからあとで、出てくる。
よく、自宅で、鍵をかけられて、家に入れないことがあった。
そんな時は、バカボンパパのところへ行く。
バカボンパパも、他で迷惑をかけるのなら、うちにおいておいた方がいいと考えていたようだ。
完全な酒乱である。
でも、いつもこうとは限らない。
かわいらしくしている時があるから困るのだ。
いつか治るだろうと・・・
まあ 治りましたけどね(笑)

いつしか、バカボンパパと私のことが、組織内で、問題になっていたようだ。
それでも、何人かの人は、私の実態を知っていた。
その中で、組織編成の話があった。
旦那さんに、希望を言えるとしたら、どうするか、聞いた。
どこでもいいと。
私も、どこでもよかった。
しかし、まだ育て上げていない、新入会者と、離れ離れになるのは、ちょっと不安だった。
もちろん、バカボンパパとも、本部さえも変わる。
私は、元々、派遣には反対だった。
1年しっかり育てて、1年経ったら、地元へ帰る。その方がいいと思っていた。
しかし、とも、ちよコンビ。
最強になっていた。
それは、バカボンパパの事、手放したくないのが、人情と言うものだ。
しかし、今回は、非情なまでの、編成だ。
その前に、この会場をどうするかと言う、話し合いになった。
区幹部、本部幹部、支部幹部に私達夫婦は、囲まれた。
そこで、私は、とんでもない目にあう。
それでも、壮年本部長は、私をかばってくれた。
自分の叔母も、鬱だから、よく分かると。
この方、いつも、バカボンパパが、私のことで困ると、相談にのってくれた人だ。
やはり、話をしなければ分からない。
バカボンパパが、そういう努力をしてくれていたことが嬉しかった。
一方、本当の家族は、受け入れられなかったのか・・・
最近になって、友人から、旦那さんは、私の病から逃げていたと、言っていてと聞いた。
そのことがあって、私は、初めて、旦那さんが離婚を考えていることを知った。
今まで、お金の管理だけは、やっていたので(銀行は、ほとんど、バカボンパパが行ってくれた。)通帳類を全部渡し、支払明細を作って渡した。
離婚について話し合ったことは1度もない。
そして、私達家族は、希望地区と言う所になった。
希望もないのに、希望地区?とつぶやいたら、茨城なまりの、壮年が、ちよちゃん、希望がなければ、創るんだよと言った。
ピンとこなかった。
でも、その方、何年か前に、息子さんを亡くしている。
その後聞いた話だが、同志の方が釣りに誘ってくれて、舟で海に出た。
ここなら、誰もいないから、大きな声で泣きなさいって言ってくれたって。
同志って、いいもんだね。
私も、随分、泣きわめいた。
海でも行って、自然の中で、過ごせばよかったのかもしれない。
結局、少しの間は、新しい地区でがんばれたのだが、また調子が悪く、カードだけ、バカボンパパのところへ、送ってもらうことにする。
それでも、仕事だけは、かろうじてできており、人の少ない深夜 
スーパーで、週3.4日働いた。
働けることに、喜びを覚えた。
超ぶきっちょの私。
カッターさえ使ったことがない。
でも、楽しかった。
工夫次第で、早く楽にできるようになり、他の人の仕事も、手伝えるようになった。
先生は、はたらくは、はたがらくになる と言っていたような・・・
これでも私、結構重宝された。

一方、バカボンパパは、体の不調を訴えるようになる。
これが、例のALSだ。
1週間の検査入院。
私もこの頃は、少したくましくなっていた。
車で送ってもらわなければ、行けなかった仕事に、歩いていけるようになる。
たまには自転車にも乗れるようになった。
そして1週間、一人で、留守番ができた。
うれしかったのは、その地区で、派遣の人と仲良くなった事だ。
私達の、奇妙な関係にも、そうか?旦那さん祈ってくれなかったんだね
一人で、がんばってきたんだねと、理解をしてくれた。
その壮年が


この記事の人だ。
なんだかんだ言っても、私は、恵まれている。
必ず、諸天になってくれる人がいる。
この感謝だけを忘れなければ、もう少し、いい人生が歩めたのではないかと思う。

御書に三三蔵祈雨事P1468
「夫れ木をうえ候には大風吹き候へどもつよきすけをかひぬれば・たうれず、本より生いて候木なれども根の弱きは・たうれぬ、
甲斐無き者なれども・たすくる者強ければたうれず、すこし健の者も独なれば悪しきみちには・たうれぬ、」と
必ず、周りに、いい同志がいますよ。
諦めずに、探してくださいね。
1人では、乗り越えるの大変です。
究極の選択。
時間をかけても、1人で、がんばる。
早く抜け出して、すっきりがんばる。
私は、後者でよかった。

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by tomotiyoo | 2014-03-21 14:42 | Comments(18)
2004年に出ていたのですね。
去年まで、知りませんでした。
去年は、超貧乏で、買えませんでした(笑)

悩まないなんてソンですよ(笑)
なんて、オビに書いてあります。

「悩みって何?
悩みのとらえ方には個人差があり、性格と関連しているのです

対談
悩みを「幸福」に変える「生き方」
柴田理恵さんと、須田晴夫さん。
柴田さんが、久本さんから、折伏された様子が、分かります。

自分を変えるドラマのはじまり━「十界互具」

人間こそが仏である
勇気こそが智慧と生命力にみちた世界を開く、カギなのです。

いまの自分の心元気度チェック
ストレスに負けない生き方とは
楽観主義の生き方
 こころとは 主体的な存在であり「こころ」が変われば すべてが変わる
人間はいつでも、その瞬間から 変わることができる
健康なこころの9か条」
写真・イラスト入りで楽しく読めて、元喜になる そんな1冊です。
定価=本体1143円+税 となっています。
消費税が上がる前、是非ご購入いただけるといいですね。

まわしものではありませんが、是非是非(笑)

須田さんは、ひらがな御書のコメント欄にたまに話題に出てくる、Sさんです。
昨日の、大誓堂での勤行会も一緒で、縁を感じます。
私達が折伏しているSさん宅にも、一緒に行ってくださってます。
ありがたい事に、須田さんからは、ひらがな御書にあたり、
「大変意義深いボランティアの御志に感銘しております。
どうか尊い事業を、確信をもって進めてください。
これからも、私ができることがあれば協力させていただきます。」
と言っていただいてます。
他にも、「日蓮の思想と生涯」(論創社、3990円)を出しています。

何と言っても法華経の智慧 遠藤さんと須田さん この2名は、墨田ですからね。
お勉強しないわけにはいきませんよね。
これからも、信・行・学・皆さんと共にがんばっていきたいと思っています。
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by tomotiyoo | 2014-03-20 16:17 | Comments(40)
久々に、興奮しました。
先生と勤行(今回はテープですが)なんと、40年ぶりなんです。
あの気迫。
体が震え、滂沱の涙。
私が誓った事。
生涯、励ましに徹する事。
縁した人を、みんな 元喜に。
広布の大人材に。
あとは内緒です(笑)

行ってからの、お楽しみっていう人は、読まないでね
行間空けておきます

























信濃町の駅を出ると(私達は、車でしたが)駅から2分ほどの所に、大誓堂入り口があります
入る前に、入場券の確認
手荷物検査と、手の消毒
左手に池田先生の書いた広宣流布(1000年もつという陶磁器)
その下に広宣流布誓願の碑

気がつかなかったんだけど、

「先師・恩師への報恩を込めて
創価学会第三代会長 池田大作」

って、なってたんですね。
SGI会長でも、名誉会長でもなく第三代会長
何だか、嬉しいです。

昔の、正本堂を知っている人は、入り口の外で並んで待っていたのを、記憶していると思いますが、建物内ですが、同じように並んで、入場開始を待ちます。
10時になり、順番に並んで、入場。
私は、広宣流布の碑を見ていたので、バカボンパパとは、6人ぐらい離れてしまった。
左に三色旗の写真パネル。右に富士山の写真パネル。
エスカレータを上がり、2階へ。
左にクローク、正面に、先生と奥様の写真パネル
エスカレーターで3階へ。
エレベーターは、B2から6階まであり、車椅子でも大丈夫。
劇場のような大きな扉から入ると、大きく縦に3つ、通路があり、イス席となっている。
イスには、劇場のように、座席番号がついている。
創価班に、誘導され、右側の席へ。
前にいるから、一番いい席とは限らない。
ちょうど、私達のところで、人数がいっぱいになり、私とTちゃんは、通路側へ。
c-15-30に座った。
即、私は唱題。
真ん中に座りたいな、などと思いながら・・・
すると、前の人たちが、あそこの真ん中、開いているわよと移動。
私とTちゃんも、それに続いて、移動。
それにつられて、バカボンパパと、Mさんも移動。これで、4人 並んだ。
私の席は、B-13-25になった。
ちょうど、お厨子の正面あたりだ。
バカボンパパは、これは、ズルではないかと言ったが、求道心だよと答えた。(内心ドキドキ)
でも、私、いつでもどこでも、一番前のお厨子の正面で、お題目を上げるようにしている。
もちろん導師ではないが・・・(笑)

お題目を上げ、集合完了を待つ。
幹部が、入場、その中に、ひらがな御書でお世話になっている、Sさんの姿が。
式次第は、博正さん 挨拶
広宣流布 誓願の碑 朗読
女子学生部 御書拝読(報恩抄P329)
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながるべし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり、無間地獄の道をふさぎぬ、此の功徳は伝教・天台にも超へ竜樹・迦葉にもすぐれたり、極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず、正像二千年の弘通は末法の一時に劣るか、是れひとへに日蓮が智のかしこきには・あらず時のしからしむる耳、春は花さき秋は菓なる夏は・あたたかに冬は・つめたし時のしからしむるに有らずや。」
勤行
博正さんが、今日集ったメンバーを紹介。
渋谷区・北区・墨田区
もちろん、私の大きなハイという返事は、大誓堂に轟きわたりました。(笑)
その後、海外メンバー。
アメリカ・オセアニア・イタリアなど
元喜な返事と、大きな拍手。

帰りに、出版センターへ行って、本を3冊買ってきました。
その中の1冊。
新・幸福論
詳しくは、次記事にて
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by tomotiyoo | 2014-03-19 23:36 | Comments(42)
愚痴になっちゃうけど・・・
あれだけ、先生が、近隣に配慮とか、拠点の方に配慮とか仰ってくれてたけど、
結構悩みました。
もともと私は、ハッキリものを言う正確なんだけど、旦那さん 優しすぎるんです。
いろいろな事、「言うな」と一言。
ストレス溜まりましたよ。
そして、バカボンパパ入会の前の年の12月。
叔母の、死がありました。
http://tomotiyoo.exblog.jp/21440963/
通夜のあと、一晩中飲みながら、一人で、お題目をあげていたと思います。
途中、10円玉をたくさん用意して、バカボンパパに電話していたような気がします。
とにかく、私の話を聞いてくれました。
愚痴ばかり言ってたんでしょうけど、そのうち、信心の話になっちゃうんですよね。
こんな、どうしょうもない私でも、ご本尊様は功徳をくれる。
そんな話だったと思います。

バカボンパパは、入会当時の事、あまり覚えていないようで、私の記憶によると、その前、同報に一度行き、我が家で、書類を書き、ポラロイドカメラで写真を撮ったような気がします。
新入会員の、会合は、楽しかったですね。
体験が、すごい。
功徳がバンバン出ている。
バカボンパパも、体験発表をしました。
この頃地区には、神戸から、震災でこちらに引越してきた、家族がいました。
バカボンパパは、ここの旦那さんと、仲良しになり、毎日のように会合後 通っていました。
とにかく、楽しかった。
折伏も、片っ端から、声をかけて、相手がやろうがやるまいが、そんな事はお構いなし。
最高にノってました。
旦那さんも、相変わらずいい人で、飲みに行くと、全て払ってくれて、3人分のタバコも買ってくれて、そのあとの飲み代まで、くれました。
自分は、仕事があるからと、先に帰り、私達は、いつものスナックへ。
そこで知り合った人を、うちへ連れてきて、折伏。
とにかく、どこでもなんでも、折伏しか頭になかった。
どちらかというと、折伏が苦手な旦那さん。
少しづつ、私達の距離が離れて、酔っ払って、私の口から出るのは、おじちゃんちの子になる おじちゃんちの子になる。そればかりだった。
旦那さんは、それでも、このわがまま娘(私の事を子供のようにかわいがってくれていました)最後に帰ってくるのは、自分のところ。そう信じていたようです。
他の人に、私のお守りは勤まらないと・・・

バカボンパパとは、随分喧嘩もしたけれど、私が酔って暴れていた時、かわいそうだと泣いてくれた。
おなべはへこむし、大変なことになっているのに。

躁鬱から、解離性同一性障害のような症状が、現れだした。
歌を作るのも、そんな部分なのかもしれない。
今の地区で、地区歌を作ろうと思っているが、もうそれから1年以上経っている。
ある程度の、歌詞やメロディーは出てくるが、そこから先が進まない。
以前は、1時間もかからなかったのに、どうして?と思う。
最初は、夢と現実が、分からなくなってきた。
朝起きると、旦那さんに文句を言っているそうだ。
最初のうちは、戸惑っていた旦那さんも、ああ また夢の話ね と 相手にしてくれなくなった。
それでも、私のことを心配な旦那さんは、仕事に行く時、バカボンパパに、私を預けることになった。
バカボンパパ曰く。キティーちゃんのぬいぐるみと、布団を持ってやってきて、そのままばたんと寝て、目が覚めると、赤ん坊のように手をグーパーした感じで、ぐずる。
寝たかなーと思うとぐずる。そんな事があったようです。

秋が苦手で、10月ごろになると、必ずといっていいほど、寝込む。
何もできなくなる。
それがいつまで続くのか分からない苛立ち。
今思い出そうとしても、それがいつごろの事だったのか、定かでない。

そうだ。バカボンパパが、信心する前、寝込んでいた時期があった。
その時の、私の頭の中は、辛いのは、自分の頭なのか、心なのか、そんなことを考えていたような気がする。
もし、先生が死んでしまったら、この学会はどうなってしまうんだろう?
そんな、心配をしても仕方のないこと、余計なお世話を心配して、もし私だけ生き残ってしまったら、と不安にかられ、眠れない日が続いていたんだ。
苦しくて苦しくて、助けてーと、心の中で叫んでいたような気がする。
あー 思い出してきた。
結婚して、6畳一間のアパートに、住んだ時、天気が悪いと、家の中に洗濯物を干すしかなく、げじげじみたいな変な虫が、出てきて嫌だったこと。
旦那さんが、朝に弱く(結婚前は、早朝勤行に通ってたんですがね)起こすだけで疲れてしまったこと。
新聞の、集金ができなくなった事。
折伏した、Fさんが、元喜かと家に来ると、気持ちが落ち込んで、元喜かと聞かないで欲しいといった事。
朝は、旦那さんに、がんばれーって言ってと、何度もお願いしたこと。
周りに、心の病の人が多かったこと。
そう、女子部の時の部員さんのお母さんが、入院されていて、お見舞いに行ったとき、ショックで、一晩泣いていた。
船橋、練馬、草加、越谷と3人の方の、お見舞いに病院へ行っている。
私は、入院して、病気が治るものではないと、直感した。
この病は、信心でしか治らないと。
旦那さんにも、それは、ずっといっていたと思う。
しかし、私が、病院へ行くといった時、よかった と一言。
バカボンパパに話したら、病院へはやらない、うちにいればいいと言ってくれた。
私が、唯一安らげる場。
それが、バカボンパパの部屋だった。
たまに、洗濯もできるようになった。
洗い物もできるようになった。
そうだ。また思い出した。
おませと言う、うちの猫が、猫エイズにかかった。
この子、母にこの子はどこでもかわいがられるから、捨ててきなと言われたような気がする。
それを、バカボンパパが、引き取ってくれたのだ。
それが、最初だ。
猫が行って、そのあと、私がバカボンパパのうちに行くようになったんだ。
そうそう。まだ、夜のバイトをしている頃、旦那さんは寝てしまって、待っててくれない。
そもそも、どうして、夜のバイトなんかしたかだ。
当時、友人は、子育ての真っ最中の人が多かった。
私は、子供が嫌いだった。
だんだん孤立していくような気がした。

今日は、このへんにしておこう。
きっと、読んでくれた人、よく分からないよね。
自分でも良くわからない。
分かっているのは、今 元喜だって事。

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by tomotiyoo | 2014-03-19 23:30 | Comments(12)

行って来るね

待望の、大誓堂。
一足お先に行って来ます。
東京というだけで、こんなに早く行けるなんて、申し訳ないような・・・
皆さんの手に、いつ、券が来てもいいように、ちゃんと、準備だけはしておいてくださいね。
チャンスをつかむ人は、チャンスをつかむ準備をしている人。
行きたい人から、行けるんだって(笑)
では今日は、お留守番 よろしくお願いします。
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by tomotiyoo | 2014-03-19 07:12 | Comments(30)

唱題表 ②

以前の唱題表はこちら
http://tomotiyoo.exblog.jp/21318286/
コメント欄も、見てね。

クマった時こそお題目
題目は福運となってカエルのだ
題目あげりゃすべてウマく行くはず

ここまで来たら、何か、書いてあります。
5/10退転 5/20発心
その間、2万遍の唱題してるんですね。バカボンパパ。
何度目の、信心やめた。だったのかなー?
でも偉いよね。その間も、お題目上げているんだもん。
どんな葛藤があったのかな?
バカボンパパだけに、もうそんなことも覚えてないと思いますが・・・
今の所、私は413.500遍
一日にしたら、5370遍のようです。
意外と少ない。
きっと、波があるんだな?
チューとはんぱじゃやめられない
ねずみ年の私が、ねずみまで来ました。
さあ、また がんばるぞー
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by tomotiyoo | 2014-03-18 13:49 | Comments(20)

ちよが、本音で語るブログです


by ちよ