真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

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というわけで 今日はおやすみです
コメント欄でお会いましょう
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by tomotiyoo | 2015-01-22 00:00 | Comments(14)

もったいない

明日は 資源回収の日
こうみえて私 エコロジストなんです
マータイさんが 大好き

ここをクリック

ダンボールを縛ったりするのが苦手だった私が 少しずつ 上手になっていくと これがまた 楽しい!
もったいないから なるべく紐は ギリギリまで短くし ある人から教わったように ゆすってみる
(ゆすり たかりは 嫌いです(笑))
まだまだ バカボンパパとまではいかないけど そうでない人もそれなりに・・・

今日は 凄い人発見!
ヨーグルトのカップを綺麗に洗って 資源に出している人がいました
超 感動!
牛乳パックは当たり前にやっているけれど ヨーグルトのカップには 脱帽!

まぁ 出来る事から始めればいいと思います

ぱなしをやめるとか
電気のつけっぱなし
水の出しっぱなし
ガスのつけっぱなしは 流石にないでしょうけど 気をつけてくださいね

ケニアのことわざ
「地球を大切にしなさい。 それは、親からもらったものではなく、 子どもたちから 借りているものだから。」
私の大好きな言葉です
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by tomotiyoo | 2015-01-21 00:00 | Comments(6)

チリに行きたかった

過去形?
そうですね
今は それより 日本で行きたいところがあるからね
それにチリは 知り合いがいません
それがチリだったのかどうか ハッキリとは分からないのです(笑)

私の記憶によると 信心20年の貫禄

ここをクリック

の人の家が拠点で 小学校の頃 交流座談会がありました
日本的なもの(ゆかた・着物・扇子・うちわ等々)を集めて 贈り物をした記憶があります
もちろん通訳の人がいて 大きくなったら 遊びにいらっしゃい と言われて 
もう 年は大きくなりすぎですね(笑)
背はチビーズですが・・・

皆さんに 大誓堂に来たら お会いしましょうと言って ちっともこっちからは 出向かない 
これも失礼ですよね
まずは うるとらまんさんの所 沖縄に行きたいですね
それより前に 約束している
ここをクリック
ここにも行きたいですね

まだまだ行きたいところは 沢山あるので チリは来世にお預け となるかもしれません(笑)

夢や希望を いっぱい持って 胸をふくらませて生きて行きたいです
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by tomotiyoo | 2015-01-20 00:07 | Comments(18)

バカボンパパの場合

生きてるだけで 素晴らしいのに それでは嫌だという
生命の不思議を考えたら 何もできなくなったとしても 生きているだけで充分ではないかと・・・
バカボンパパの場合は 延命治療は 必要ないというのです
それが 自然の形だからと
かといって 諦めた訳じゃない
だからこそ お題目で治す という 選択をしているのだと
絶対に 病の進行を止める
そうすれば 寝たきりにならないというのである
望む死因は老衰
お馬鹿な会話が多い親子ですが たまには こんな話もするんですよ

ふなっしーは まだ 昨日の段階では 抗がん剤治療は 始まっていませんでした
なんでも 熱が出たのは 肺炎だったそうで それが 完全に治ってからと言う事です
医者からは 治療をしなければ 余命4ヶ月
治療をしても 2年と言われたそうです
医者が 匙を投げたら ご本尊様しかないじゃない と 激励しました
今度 お見舞いに行く時 みんなからのメッセージ 印刷してもっていくからねと言ったら
喜んでました
みんなが お題目で応援してくれている事も 話しました
負けるな ふなっしー
顔晴れ ふなっしー
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by tomotiyoo | 2015-01-19 00:00 | Comments(23)

おやすみします

同時中継は行きましたか?
今日 行って来ます
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by tomotiyoo | 2015-01-18 00:00 | Comments(11)
この記事は ある方が ふなっしーの為に送ってくださった原稿です

我が家は 既に一家で入会していたのですが、
私が5歳の時、母がステージ4の子宮がんになりました。
母は自分が不治の病であることを知りました。
どうしても死にたくない、ただその一心で病院と同室の入院患者さんの許可を得て、
御本尊をベッドに安置し、起きてる間はずっと唱題だったそうです。
しかし、ここまで来るのには心底、御本尊を信じ切れない母を、
何度も何度も見舞いに来ては、激励してくれた同志の方々がいます。
誠にありがたい限りです。

当時25歳の母が、遂に腹が決まった一瞬がきます。
ある方の、最後の厳しい確信の叱咤、激励です。
『あんた、こんだけゆうても分からんのか。ほんなら勝手に死んだらええねん。
こんな幼子を残してな。この子、可哀想に。旦那さんも再婚するやろうしな。」
「さぁ、さぁ、皆さんもう帰りましょ。」
途端に物凄い寂しさがこみ上げて来て、『やります、私、頑張ります。」
そうして、その日のうちに御本尊をベッドに安置したそうです。
程なく、主治医も首をかしげる完治。これが我が家の信心の原点です。
この原点があって、私ども一家はいまだ懲りず候です。
病は道心よりおこりて候ですね。
母の己心の魔を断ち切ってくださった方は、池田先生と共に関西広布の礎を築かれた方です。
創価励まし学会、万歳ですね。
癌が完治して感謝の唱題をしていると、ふと、ひょっとしたら、あれは癌じゃなかったのかも、
医者の誤診かも、と思うらしいんですね。そうすると、途端に異常出血が起こるんだそうです。
びっくりして、トイレにかけこんで、御本尊様ごめんなさい。
もう思いません。疑いません。ごめんなさい、すみません。
そう言って真剣に唱題する事が数回あって、
絶対の確信になっていったそうです。
生死をかけたことであっても、迷うんですね。
確信を掴むのは、本当に難しい。
それと、母を厳しく叱ってくれた方は、「平和と文化の大城・池田大作の軌跡」の大阪編に出てくる、福住ふさゑさんと言う方です。


その方の事が書いてあったので 抜粋します

潮 「平和と文化の大城・池田大作の軌跡」  昭和31年大阪

▼婦人部への一通のハガキ
 伏し目がちの目。油気のない髪。袖や襟の古びた着物。
昭和三十一年一月五日。偶然、関西本部で池田室長と出会った」福住
ふさゑは、憔悴しきった表情だった。
 ほんの一週間ほど前に夫を亡くしたばかりである。集金のため外出した京都で血を吐いて倒れた。命日は十二月三十日。
 人生で最も暗い正月だった。凧揚げや羽根突きに興じる、近所の子供の歓声がむなしい。
 
 どないして、育てよ……″。残された五人の子どもの行く末が案じられてならない。
「お気の毒に」と心配しながら、陰では「あの家、拝んどるのになあ」。世間の風は冷ややかだった。
 
 すがるような思いで室長に指導を求める彼女の腕のなかには、生後四ヵ月の末っ子が寝息を立てていた。
 途切れ途切れに、嗚咽をこらえて話す彼女を室長は諭した。

「もう泣くのは、およしなさい。母親がめそめそしていたら、だれが子どもを明るく育てるのですか。きょうから太陽になりなさい」
 冷え切った身体に、温かい湯がしみわたるようだった。

「夫がいるから必ずしも幸せではない。一人になっても強いかどうか。
その強さを持つ人が幸福です。若いときに夫を亡くしたり、
病気で苦労した人は、最後は必ず幸福の女王になれるんだよ。
不幸になった人を可哀想にと大きく包んでいくことができる。
仏の心で苦しんでいる人を励まし守っていける。仏法に無駄はないよ」
 
単なる同情でもない。慰めでもない。現実逃避でもない。
 この日を境に福住は、敢然と立ち向かった。
 室長は、彼女を忘れなかった。やがて再会。元気そうな姿に膝を叩いて喜んだ。
 その数日後、福住の家に一通のハガキが届いた。差出人は「池田大作」。
 御書の一節が記され、勝利の人生を飾ってほしいとの願いが綴られていた。
 もう、絶対に泣かへん。この子らの母親は、世界で私ひとりや″ 
再びの勇気を得て、子どもを背負いながら、同志を励まして歩いた。

 このようなエピソードは、枚挙にいとまがない。
 後に、中国の周恩来総理は「創価学会は大衆の中から立ち上がった団体」と刮目した。
創価学会は、最高指導者自身が、虐げられた大衆の第一の味方だったからである。
 池田室長は、会長就任以降、海外の識者や指導者と対談を重ねていく。
その履歴を妬んでか「有名人好み」と揶揄する者がいる。
 ジャーナリストの柳田邦夫は、自著『創価学会名誉会長 池田大作は何を考えているか』のなかで、
この点に触れている。
「数からいっても、彼(池田)“交流″相手は、むしろ無名の青年男女が圧倒的に多い。
いわゆる著名人との対話というのは、そうした民衆レベルでの交流の頂点を占めているにすぎない」
 その通りであろう。一度、統計を取ってみればよい。」と

もうみなさん 分かるよね
これを送ってくれた人がどなたか?

※このコメント欄には この記事に関して 
又はふなっしーへの激励以外 入れないで下さい
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by tomotiyoo | 2015-01-17 00:00 | Comments(18)

朝のあいさつ

こっちに入れてね~
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by tomotiyoo | 2015-01-16 23:59 | Comments(7)

一人でできた

朝からごめんね
虫が嫌いな人 見ないでね
読みたい人だけ 
  ↓




















私は 虫が苦手
自分で始末した事は ほとんど記憶にない
スーパーでバイトしていた時 どういうわけか せみが私に止まった
ヒエ~ 誰か助けて~
お客さんが取ってくれた

でも 今回は 私しかいない
それほどおおきくも無く 飛びそうもない
でも 怖い
箒を持った
心でお題目をあげながら えい やーぁ!
死んだ
南無妙法蓮華経
今度生まれ変わる時は もう少し 違うものになって来てね

放っておいてもいいかも だけど 増えたら困る
みんな 嫌いだもんね
私が やるしかないじゃん

やった~
一人でできた
この日も 苦手なものに挑戦(?)
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by tomotiyoo | 2015-01-16 00:04 | Comments(48)
「どうか、仲よく励まし合い、今日も努力の一歩を、明日も挑戦の一歩を、
踏み出しながら、学び、鍛え抜いていってください」
先生からのメッセージおめでとう

去年の記事は ここをクリック
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by tomotiyoo | 2015-01-15 00:00 | Comments(20)
1980年(昭和55年)に4県の求道の友が客船「さんふらわあ7」号で
池田名誉会長のもとに集った1月14日が淵源。
2007年11月、創価女性会館での四国婦人部勤行会で発表
(創価ネットより)

詳しくはここをクリック

私はこの頃 何も知らなくて 成人式には常泉寺に行っている
常泉寺と言えば 藤本総監
そしてその前にある 本行寺には 今の日顕がいたと言われる
姉は 坊主が嫌いだった
えばり腐って 嫌な奴等だと言っていた
ちなみに 姉は本行寺で結婚式をあげている
私は 結婚式場に本行寺の坊主を呼んであげた様な記憶がある
もう 遠い過去の事で よく覚えていない
子どもの頃から 通っていた寺
ここで 色々な事があったなどと言う事は まだ 私は 何も知らなかったのだ

四国の方々達は どうやって 団結したのだろう
先生のご勇退はニュースで知っていたものの 何が起こったのかを 
明確に教えてくれた人は私の周りにはいなかった
これから もっと深く 真実が明かされる事だろう

そういえば 余談だけど バカボンパパのお父さん
徳島の出身なんだって
四国の皆さん バカボンパパをよろしく~
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by tomotiyoo | 2015-01-14 00:00 | Comments(20)

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