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滋賀の同志へ(Tommyのパソさんより)

随筆, 新・人間革命より  

「わが滋賀県は、東西日本を繋ぐ要路にあたり、広布の大切な要の地でもある。  
あの“瀬田の唐橋を制するものは、天下を制する”という有名な言葉が残っている。  
古代最大の戦乱と言われる六七二年の「壬申(じんしん)の乱」以来、幾度も、この唐橋こそが決戦の勝敗の分かれ目になったことは、有名な史実である。  御金言に曰く。  
「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(御書一四五一ページ)  
「瀬田の橋」に堂々と翻る滋賀広布の勝利の旗が、そのまま全関西の、否、全日本の広宣流布の大旗なのだ。  
この滋賀の天地で、私も折伏の戦いの歴史を、滋賀の同志と共に創りに創ってきた思い出は深い。  
かつて彦根の友に語った。それは、「強き祈り」「勇気」「忍耐」が人生勝利のカギだ。
そして戦いの大原則であると。  
その指導を胸に刻んで、愛する滋賀の友は、今日まで悠然と戦ってこられた。
そして勝利の歴史を高々と残してくださった。  
皆が思っている。
それは、滋賀ほど、大自然の美と、地の利と、古くからの文化・文芸の歴史と、豊かな未来性とが融合した理想郷はない。  
私も、滋賀が大好きだ。  
かつて、日本の進路に大きな影響力を発揮した彦根城にも同志と共に行った。  
その時、厚い雲を割って太陽が燦々と照り始め、同志の晴れやかな姿にも似て、ことのほか美しかった。  
信楽焼の輝きも忘れられない。
滋賀の日本一の朗らかな前進と団結の祈りを、「和」の文字に込め、友に器を焼いてもらった。  
昔の小さな彦根会館には、二回お邪魔した。
少人数ではあったが、この時のメンバーが地域広布の牽引力となってこられた。
今でもその人たちのことを思うと、懐かしさがいっぱいである。  
昭和四十七年の十一月には、滋賀県立体育館で、六千人の同志と記念撮影をした。  
多くの方々が、雪も深く、山も深く、旧習も深いなかで、「滋賀県広布」の歴史のぺージを強靱なる勝利で書き綴り、その栄光を尊く深く広めていった。
ドイツの大詩人アイヒェンドルフの言葉に、こうある。  
「みんなのために、私は悩まずにはいられない。
みんなのために、私は咲かずにはいられない」(高橋健二訳)と。  
それが、滋賀の友であった。  
昭和五十六年の十一月、私が会長を辞任してから初めて、滋賀研修道場を訪問したことも忘れられない。
自由勤行会には、陸続と友が訪れ、延べ二千五百人を超えた。  
この折、彦根、八日市で訪問させていただいた何軒かの功労者のお宅は、今もって栄え、意気軒昂であると伺い、私はことのほか嬉しかった。
 
ともあれ、私の“勇退”から十年の平成元年の四月――あの滋賀研修道場を飾るチューリップの花々の、何と美しかったことか!  
勇退しても、しなくても、師弟は師弟である。
それを知り抜いている滋賀の同志の皆は光り輝いていた。  
平成七年十月。
新しき大津の滋賀文化会館に初めてお邪魔した時の巨大な満月の微笑みと、湖水の金波は、おとぎの夢の世界であった。  
皆と握手し合った。  
滋賀は勝った。
満月までがそれを証明して見ていると。  
あの悪辣な坊主どもの黒い権威の陰謀と戦い勝った、高島方面の誉れの友たちの美しい笑顔と涙も、決して忘れることはできない。  
卑劣な仮面の聖職者は、悪を扇動し、人の不幸を食い物にする。
社会の中の体内寄生虫そのものの勢力だ。それは、淀んだ汚辱の中では蠢いても、強力な浄化作用のあるところでは、決して生きることはできない。
 
滋賀は、先にあげた彦根城をはじめ、城が多いことでも有名である。
信長の安土城、秀吉の長浜城、大津城、家康の膳所(ぜぜ)城……かの“天下人”たちも、滋賀に足場を築きな、がら四方を見つめた。  
滋賀に立つと、中部も関西も、北陸また九州までも見渡す視野が広がる。
事実、私はそれらの地域の代表とも、ここ滋賀で幾度となく広布の構想を語り合ったものだ。  
そしてまた、私はこの地から、京都、福井、岐阜、名古屋、北陸へと東奔西走し、愛する関西創価学園の娘や息子たちのもとへと、ひた走った。  
近年、滋賀の人口増加率は、全国トップクラスで、今後も続くと見られる。まことに未来性溢れる地域である。大学も飛躍的に増え、学生が急増した。  
牧口先生は『人生地理学』で、湖沼の美景は文人墨客(ぶんじんぼっかく)を感化し、大いなる影響を青少年に与えると説いた。
そして、琵琶湖に関西地方の学生が夏期に集合していることをあげ、青年を育てる大地としている。  
滋賀こそ、人材育成の理想的な天地なのである。  
同志も次第に水嵩を増している。
創価と広布の理想郷へと、滋賀は大きく羽ばたき始めた。  
厳冬を越えて春の太陽が輝きゆく彦根、長浜、そして近江王者県は賑やかに前進を始めている。  
さらに、「心臓部」の誇り高き大津常勝県は一段と強くなった。  
待望の文化会館完成への歩みと共に、獅子奮迅した甲賀をはじめ、湖南太陽県も日本中が見つめている。  
今の「苦」にこそ、勝利の舞台は準備される。今の「汗」にこそ、未来は約束されている。四百二十の完壁なる地区の友よ、共々に幸福と勝利の「滋賀城」「琵琶湖城」と輝きゆけ!
輝け創価の理想郷 滋賀の友に 希望と栄光あれ! 」

私も 滋賀が好きだよ
会館で 4人で お題目をあげさせていただいた時 本当に気持ちよかった
男子部の方(?)の対応も 凄くよかった!
今考えたら akaoni さんとも 合流すればよかった
花見の頃は 難しいかもしれないね
花見に拘らず 必ず 行くよ(^^♪
「此れこそ宇治川を渡せし所よ・是こそ勢多を渡せし所よ・名を揚るか名をくだすかなり」(御書一四五一ページ) は 6月の座談会御書だね(^^♪

「卑劣な仮面の聖職者は、悪を扇動し、人の不幸を食い物にする。
社会の中の体内寄生虫そのものの勢力だ。
それは、淀んだ汚辱の中では蠢いても、強力な浄化作用のあるところでは、決して生きることはできない。」
本当にその通りだよね
それを見抜けないのも悲しいことだね

私たちは

断じて勝つ!

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by tomotiyoo | 2017-05-24 10:35 | Comments(5)

わが友に贈る等

諦めや臆病の心に 打ち勝つための仏法だ。

強盛な祈りに徹し あらゆる障魔の壁を 断じて乗り越えよう!

第一に「相手ば思う真心の唱題たい」
第2に「こっちの確信ばい」
第3に「粘りばい」



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by tomotiyoo | 2017-05-23 07:26 | Comments(24)

千早さんより

「60代の、元気な従姉は他党の応援をたくさんしてきたと、選挙を知り尽くしてると言います。
「選挙はもう卒業した、一生懸命やっても何もいいことはない。」と言って、私にもほどほどにねって言い方です。
これは「票取り」のみの選挙だからでしょうね。けど、法戦には価値がありますよね。
政治が何故大事か、良い政治はどういうものなのか、投票する大切さ、未来を作ることに、自分自身が関わっていく喜び、人と人とのネットワークの広がり、感動のたくさんのドラマが生まれ、自分と社会に大きな結果をもたらす。
そういうことを行動の中で勉強して体感していける。
これはすばらしい戦いなんだとおもえます。
大きな価値があるんだと思います。
大変だけど、あ〜よかったぁ!と喜びです!
公明党、勝利したから、今度は遠慮なくコレに困ってるこうして欲しいとどんどん要望しないといけませんよね。
その声があってこそ公明党の議員さんが仕事できるんですもんね。
議員さんの奥さんがそのように言われていました。」

随分前のものですが 本当に 納得!\(^o^)/

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by tomotiyoo | 2017-05-23 05:00 | Comments(14)

ふなっしーの気持ち

多分 一番したいこと

旦那さんに 信心を教えること

引き続き 応援してね~\(^o^)/

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by tomotiyoo | 2017-05-22 00:02 | Comments(13)

異体同心

「随筆 人間世紀の光 009

◆絶対勝利の信心―― 仏法は勝負 君よ断じて勝て ―――― 「極悪」を打ち破る勇者が「仏」なり ―― 

偉大なる歴史家トインビー博士は、鋭く洞察した。 
「この世はたえて空にもならず、静かにもならぬ闘技場だ」 
人間にとって、この世界は「闘技場」である――これが数千年の文明史を研究し抜いた碩学の結論であった。 
その戦いの場はまた、人の内面にもある。「人間の魂はいずれも、善と悪とが支配権を争って絶えず戦っている、精神的戦場である」と。 その通りだ。
仏法の生命観にも通じる卓見である。
 仏と魔は、人間の生命の中で間断なく争っている。
目には見えないが、ここにも熾烈な「闘技場」がある。 
「人間の本性の善なる面が、悪なる面を克服する積極的な闘争を支持したい」と、博士は語っておられた。 
一個の人間が、己心の善悪の闘争に勝つか、負けるか。その勝負が、やがて国家や文明の命運をも左右する。
この一点を深く知るべきだ。 
ゆえに、善は悪に勝たねばならない。
勝てば人間は幸福であり、負ければ不幸だ。
 
昨年十二月、学会の「永遠の指針」の一つとして、「絶対勝利の信心」を掲げた理由もここにある。 
私は、会員の皆様に、一人残らず幸せになっていただきたい。その心は、師匠・戸田先生と全く同じである。 
「一家和楽の信心」「各人が幸福をつかむ信心」「難を乗り越える信心」――先生が最初の三指針を全同志に贈られたのは、悲願の七十五万世帯の達成に沸き返った、昭和三十二年十二月の本部幹部会のことであった。 
当時、大半の学会員は信仰歴も浅く、これからが人生の本当の勝負だった。 
その長い前途を思い、先生は、「何のための信心」か、明確な指標をくださったのだ。 
今回、弟子の私は、これまでの三指針に、「健康長寿の信心」「絶対勝利の信心」の二項目を加えさせていただいた。 
「永遠の五指針」は、恩師と私の、師弟不二の“合作”となったのである。      

◇ 最初の三指針が発表される三日前、私は師から頂戴した和歌をノートに記した。 
「勝ち負けは 人の生命(いのち)の常なれど 最後の勝をば 仏にぞ祈らむ」 
仏法は勝負である。ゆえに仏法の師弟も、厳しき勝負に生きねばならない。 
初代会長の牧口先生は、冷たい牢獄で亡くなられた。
最高指導者の獄死は、組織にとって致命的な打撃となり、学会は壊滅状態に陥った。 
だが、牧口先生には、戸田先生がいた。師の仇を討つ、本物の弟子であった。 ――正義の師を殺した邪悪な魔性を絶対に許さぬ! 
地涌の使命を自覚し、生きて牢獄を出た弟子は、反撃を開始し、七十五万世帯の創価の民衆城を築いたのだ。 
この一事によって、学会は勝った。
牧口先生の獄死も、正義の殉教であったことが証明されたのである。 
もしも戸田先生がおられなかったら、今の学会はない。牧口先生の死で、学会も消え失せていたかもしれない。

 しかし一切の歴史は、マイナスからプラスヘ、劇的に変わった。
創価の“第二代”の勝利は即、“初代”の仇討ちの勝利となったのだ! そして“第三代”の私も、青年らしく戦い、恩師に最後の勝利を捧げた。弟子としてこれ以上の誉れはない。 
七十五万世帯の成就は、いわば“三代”を凝結した勝利であった。これが礎となり、妙法は今や世界百八十七カ国・地域へ広がった。 
そして、私の時代に、崩れざる民衆の平和の大連帯が構築されたならば、その完勝劇こそ、創価の永遠の興隆を決定づけるのである。

 ◇ 「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり、故に仏をば世雄と号し王をば自在となづけたり」
(御書一一六五ページ) 
王法とは、社会を支配し、律する力である。王は、規範や法律に基づいて、賞讃したり、罰したりする。 
その賞罰の基準は、時代、社会によって変わるが、仏法は永遠不変の真理に基づいた絶対の法である。 
御義口伝には、「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」(同七二〇ページ)とも仰せだ。 
日蓮仏法は、「成仏」という永遠の勝利を決定する因果倶時の妙法であり、正義の中の正義である。 
だが、その勝利も、最後は目に見える現証として打ち立てなければ、凡夫の眼にはわからない。
 勝ってこそ仏法の正しさも証明される。だから「仏法は勝負」であり、勝たねばならないのだ。 
王法の賞罰には順番や序列があっても、仏法の勝負は、勝つか負けるか、二つに一つである。
中途半端はない。 
この闘争に勝った人が仏であり、「世雄」という、人間の世にあって最強の勇者となるのである。 
ゆえに“月々日々に強くまた強く”、自身の弱さや臆病と戦い、徹して邪悪を、また極悪を責め続けるのだ。 
逡巡も、甘えも、油断も、感傷も、一切を排して、完全勝利をめざす真剣勝負のなかでこそ、自己自身を磨き鍛えることができるのだ。 

 ◇ 仏典には、次のような仏の別名が説かれている。 
「勝導師」――勝利に導くリーダーである。 
「十力降魔軍」――仏の十の力で魔軍を全滅する人である。 
悪との戦いには、そして、正義の広宣流布を阻む魔軍や仏敵との戦いには、断じて、中途半端はない。 
「もう、これぐらいでいいだろう」という弱さがあってはならない。その弱さが魔の付け入る隙になる。 
「まだ攻撃してくるのか」「いい加減にしてくれ」と、相手が身震いし、音を上げるまで責め続けることだ。 
民衆の敵と容赦なく戦った中国の文豪・魯迅には、仇をなす者も多かった。 
「私の敵はかなり多い」と自覚していた魯迅は、自らの死期を悟っても、過去を水に流すことはなかった。
それどころか、こう毅然と言い放ったのである。「勝手に恨ませておけ。
私のほうでも、一人として許してやらぬ」 その言葉を聞いた敵たちは、肝をつぶした。 
“魯迅の執念深さは死んでも直らないのか!” 彼らは、身震いして魯迅を恐れたのである。 
ここまで敵に憎まれてこそ本物である。      

◇ 「かならず勝とうと堅く決心した者が勝つのだ」とは、傑作『戦争と平和』の、私の忘れ得ぬ一節である。 
トルストイはこの言葉を、ナポレオン軍と激突したロシア軍の不屈の闘魂として、書きとどめている。 
ナポレオン軍が撃っても、撃っても、ロシア兵は一歩も引かず、厳然と立っていた。 
この時、ロシア軍が獲得したものは何か。 
大文豪いわく、「敵をしてわが精神力の優位と、自己の無力を確信せしめる、あの精神的勝利」と。 
精神力において優位に立てるか否か、ここに実力伯仲の戦いを制する要諦がある。 
その精神の力は、強靱なる団結から生まれる。
各国の混成部隊のナポレオン軍より、全軍あげての「断じて勝つ」という気迫が、ロシア軍は、はるかに勝っていたのだ。
 御書に、「日蓮が一類は異体同心なれば人人すくなく候へども大事を成じて・一定法華経ひろまりなんと覚へ候、悪は多けれども一善にかつ事なし」(同一四六三ページ)と仰せである。 
いかに悪が結託し、卑劣な攻撃を仕掛けようとも、正義の陣営が団結する限り、最後は絶対に勝てるのだ! 
そのために正義の団結を! 異体を同心とする団結を! 悪と戦い抜く団結を! 
これが、「異体同心なれば」と大聖人が御遺言の、「絶対勝利の信心」の極意なのである。
2004.2.23 」

※どなたが載せてくださったのかわかりませんが 御礼申し上げます
東京大勝利 自分に大勝利を祈りつつ


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by tomotiyoo | 2017-05-20 21:20 | Comments(12)

お誕生日 おめでとう


(また会う日まで 尾崎紀世彦 )

よい1年でありますように\(^o^)/

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by tomotiyoo | 2017-05-20 09:10 | Comments(5)

5月18日 聖教体験

昨日の新聞なので 読んでくださいね

「以前は ”勤務日には、患者さんが亡くならないように”と祈ったこともありました。
でも信心を深める中で、”死と向き合う患者さんと共に歩もう”と思えるようになったんです」

題目を唱えたい。だがご本尊の前に座れない。
「祈ることは、自分の生命と向き合う事ですから、”元気がない自分”の存在を、受け入れられなかったのだと思います。」
「無理に唱題しなくてもいいよ。俺が、君の分も題目を唱えるから」夫 地区部長兼任副支部長

”生きていることの尊さを、看護と信心から学んできたじゃないか。
どんな私であっても、その価値を認められる自分でありたい

”治療も奏功し、1か月後、職場復帰を果たすことができた。」
(抜粋)

今日 ふなっしーの家族は 医師との 話し合いになる
昨日 ふなっしーに会って みんながお題目を送っていることを話した
途中 ふなっしーの友人から ふなっしーの携帯に電話が入る
代わりに私が出て 話ができた

今後の事も 彼女のご家族の了承を得て 綴っていきたいと思う

いつも いつも お題目の応援 ありがとうございます

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by tomotiyoo | 2017-05-19 00:00 | Comments(42)

法華経の兵法 (赤鬼さんより) 3

苦悩の淵に沈む人。 
差別されてきた人。 
虐げられてきた人。 
誠実に生き抜く人。 
こうした人々をこそ、全身全霊で励まし、生きる力を送り、最強の仏の境涯を開かせゆくのが法華経です。
日蓮仏法であります。  

世界的な仏教研究者である、ロケッシュ・チャンドラ博士が語っておられました。 
「釈尊は、人間を世界の中心に位置づけた、人類の精神の先駆者である」と。 
あらゆる人間を最高に輝かせ強く賢くするのが、仏法の将軍学です。 
庶民の心の中に飛び込んで、「ともに幸福になろう!」「ともに勝とう!」という渾身の励ましを送る。
そして、偏見や旧習の壁を打ち破って、民衆の栄光を勝ち開く。
これが「法華経の兵法」であります。

戸田先生  戸田先生に初めてお会いした62年前。私自身、戦争で兄を亡くし、家を焼かれ、病魔に侵されていました。
それまで信じていた価値観が崩れ去り、誰もが深い精神の闇に沈んでいた時代です。 
先生は、19歳の私をご覧になり、暗雲に包まれた私の心を瞬時に変えてくださいました。 
「一家のことを、一国のことを、さらに動乱の世界を考えた時、私は、この世から、一切の不幸と悲惨をなくしたい。
これを広宣流布という。どうだ、一緒にやるか!」 私の体中に電撃が走りました。
これほど明快に、人生と社会の正道を示してくださる指導者はいませんでした。
私は「この人ならついていける」と直感しました。いな、心から魅了されたのであります。  
戸田先生は、希有の大師匠であられました。
また、本当に鋭い人間学の大家であられた。どんな人に会っても、たちまち相手の生命の奥底まで見抜かれるのが常でした。 
先生は、まるで精密機械のように、その人の生命の癖を正確に喝破されたのです。 
「歩き方、肩の怒らし方、また声で、その人がわかるものだ。ドアの開け方ひとつで、その人の悩みがわかるものだ」と、鋭く話されたこともあります。 
特に、嘘やごまかしを言う人間には、本当に厳しかった。 
「あの男の心には二心がある」「これは嘘だ」「この話は、うますぎる」と。 
私は、その偉大な先生から、破邪顕正の将軍学を教わりました。
先生の「法華経の兵法」を、わが生命に徹底的に叩き込んでいただいたのであります。
一心不乱の祈りを謀を帷帳の中に回らし 勝つことを千里の外に決せし者なり 我らの信心の次元で言えば、「謀を帷帳の中に回らし」とは、同志が緻密に連携を取り合い、隙のないよう呼吸を合わせていくことです。
その根本は、真剣な祈りです。

大阪の戦いの間も、私は関西本部で、戸田先生が願主である「大法興隆所願成就」の御本尊に、深夜、一人で丑寅勤行を続けていました。
誰が知らなくとも、師匠のため、広宣流布のため、一心不乱に祈り抜き、祈り切ることです。
誰が見ていなくとも、大聖人が御照覧です。
自分自身の仏界が見ています。そこに、諸天善神が必ず動き始めるのです。
そして、「勝つことを千里の外に決せし者なり」とは、勇気と団結の行動です。
これほど心強い、絶対の兵法はありません。
御書は、大聖人が遺してくださった人類救済の「法華経の兵法」の指南書です。広宣流布と人生行路の一切の壁を突破しゆく「勝利の経典」であります。
御聖訓を心肝に染め、正しく行じていくならば、わが生涯も「まさかが実現」の大勝の劇で悔いなく勝ち誇っていけることは絶対に間違いない。
本抄を頂いた四条金吾が逆境をはね返し、勝利の実証を示したのも、師匠である大聖人の仰せ通りに「苦楽ともに思い合せて」題目を唱え抜いたからです。
そして聡明に身を律し、勇気で戦い切ったからにほかならない。師匠の深き一念に心を合わせて戦えば、勝でない戦などありません。
「創価の師弟に一生を賭けてごらん。
後悔は絶対にない。
勝利の笑顔で、この人生を必ず飾っていけるよ」戸田先生の大確信です。  

私は、恩師から学んだ「法華経の兵法」で戦ってきました。
法華経の兵法は、通途の兵法と比較にならぬほど優れている。
いな、その根底においては、孫子の兵法なども、法華経の兵法から来ているのです。

善の力を組織化せよ
御書根本の団結  アメリカ公民権運動の指導者・キング博士の盟友で、米国のキング記念センターの初代所長を務められたハーディング博士が話されていました。
「希望とは、人間が、よりよき社会を築く可能性を持っていることへの確信です。
しかしそれは、一人の人間が単独でできるものではありません。
創造のための力を合わせていかねばなりません。
キングはいつも語っていました″善の力を組織化せよ″と」
「善の力を組織化」―─重大な視点です。その最大の力である、仏の大生命力を引き出し、結合し、連帯させゆく運動が、私たちの広宣流布です。「法華経の兵法」です。
友に励ましを送る学会の同志こそ、この兵法の偉大な実践者であられます。  
私は、大阪の戦いで″妙法の善の力″を大拡大すべく、この法華経の将軍学をまっすぐに実行しました。  
それこそ、一念に億劫の辛労を尽くす祈りと行動を貫き、人々の心を揺り動かし、一変させていった。
そこには、「悪鬼魔民をも味方にする」勢いがありました。  
そして、関西中の庶民の心に「我らの力で社会を変えられる!」「必ず幸福の道を開いていける!」という勇気と希望の炎が燃え広がって、「まさかが実現」の金字塔が打ち立てられたのです。  
大阪の戦いでは、ほとんどの友が入信まもない″新会員″でした。
戸田先生から勝利を託された若き闘将の私に、健気なる関西の同志は、ガッチリと心のギアを合わせてくれました。  
御書根本──そこにおのずと「最高の団結」「最高の勇気」が生まれ、不可能を可能とする必勝のリズムができ上がったのです。  
大聖人は『謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり』(御書183頁)との言葉を引かれています。
これは、中国の『史記』に記された名将・張良の故事です。  
陣中にいながら、はるか千里の向こうにいる敵に勝つ作戦を立てる―─。これが戦乱の世を勝ち抜く王道とされてきました。  
我らの兵法は「信心」です。
最高の祈り・作戦・行動、そして団結・勇気! 
すべてを生かし、勝利の方向ヘダイナミックに回転させていく原動力が「法華経の兵法」なのです。  

小樽問答、山口広布開拓、夕張炭労事件──戸田先生が今世の指揮を執られた最後の数年間、私は先生と二人であらゆる作戦を立て、一切を圧勝で飾りました。
常に先生と私、二人きりの語らいから、「千里の外に」勝利を決する創価の大進軍は始まったのです。
「法華経の兵法」は真剣勝負で相伝先んずれば人を制す  この「法華経の兵法」は真剣勝負で戦わなければ相伝できません。
真剣勝負で師匠に続かなければ継承できない「広宣流布の相伝」であります。
若き日以来、私はすべての戦いを「先手必勝」「電光石火」の指揮で勝ってきました。
「先んずれば人を制す」──言葉は簡単ですが、勝敗を決する大事な一点です。
あの小樽問答の勝利を喜ばれて、戸田先生は言われました。
「敵が攻めかかってきたが、守勢に回らないで、攻勢に転じて、先手先手と攻め抜いたから勝ったのだ。攻めることが肝心なのだ」
戦いが後手に回った場合、手間が2倍かかり、効果は少ない。先手を打つならば、皆も元気に進んでいけるし、効果は2倍になる。
わずかな差でも、効果・影響はまったく違ってきます。スピードが勝負です。 法華経は、勇猛果敢にすべてに勝ちゆく法則です。 
ともあれ、師弟不二の闘魂を燃え上がらせ、異体同心のスクラムで前進するならば、いかなる障魔が競い起ころうとも「『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず」(御書1193頁)であります。 
我らは妙法の革命児です。学会は学会らしく、鍛錬し抜いた生命力で進んでいくのです。 
「師子王の心」で勝つのです。 
なかんずく、広布第二幕の勝利を決する青年部の諸君に、私は万感の思いで叫びたい。 
君よ、今こそ「法華経の兵法」で立ち上がれ! 不惜の精神で戦おうではないか! 
一人一人が、私の分身の青年室長となって、痛快に勝ちまくれ!

 
法華経に  勝る兵法    これ無しと  
縦横無尽に  勝ちゆく人たれ                   

御書と師弟 法華経の兵法 (2009年3月19日)

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by tomotiyoo | 2017-05-18 00:00 | Comments(18)

お願いします

ふなっしー 救急車で運ばれ 入院しました

お母さんは もう一度 元気になってほしいと 必死に祈っています

お題目の応援 よろしくです

2年と7か月 頑張ってきました
今回も 頑張って欲しいです

皆さん いつもありがとうございます



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by tomotiyoo | 2017-05-17 04:56 | Comments(26)

法華経の兵法 (赤鬼さんより)2

一切の法則は妙法から出ている学会を甘く見てはならない!
想像をはるかに超えた仏意仏勅の教団である!  
学会は、最高に尊い仏の団体です。  
戸田先生は、よく青年部に「創価学会は大聖人に召し出だされたのである。
君たちの想像をはるかに超えた仏意仏勅の教団なのだ」と言われました。 
広宣流布を現実に推進する学会という  和合僧の連帯を、甘く見てはならない。  
学会を甘く見ることは、御本尊を甘く見ることです。  
大聖人を甘く見ることです。  
学会を大事にすることこそが、 仏法を護り抜くことにほかなりません。  
ゆえに、諸天から護られるのです。  
今、私は次の50年のため、真剣勝負で青年を薫陶しています。
創価の師弟の魂を受け継ぎ、破邪顕正の「闘争力」のある青年門下が陸続と育たなければ、学会の未来永遠の興隆はないからです。  
大聖人は、『兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候』
(御書1193頁)と仰せになり、本抄を結ばれています。  
「兵法剣形の大事」──あらゆる兵法や剣術なども、その根源は妙法から出ている。
丈夫である四条金吾に「妙法こそ、一切に勝つ根本なのだ」と教えておられるのです。  
仏法は即社会です。  
信心は即生活です。  
世間のあらゆる道は、 妙法という大法則と相通じていると言ってよい。

健康になるための法則。  
仕事で勝つための法則。  
幸福に生きるための法則。  
平和に仲良く調和し、繁栄していくための法則。  ──すべての究極が「妙法」である。
唱題によって、仏の大生命力を涌現させれば、前進する「勇気」が出る。勝ちゆく「智慧」が漲る。
友を励ます「慈悲」が溢れてくるのです。 
「日々、題目を唱え、信心強盛に生き抜くことは、毎日、生命をダイヤモンドにする注射を打っているようなものだよ」と、戸田先生はわかりやすい譬喩を用いられました。

森羅万象はすべてが戦い、人生も一切が戦い 環境が厳しければ厳しいほど 燃え上がる「金剛の勇気」を発揮して、戦い進むのです  
人生は、一切が戦いです。個人も、会社も、家庭も、全部、戦いです。
お母さんが子どもを育てることも、大変な戦いである。
自分自身の健康・長寿も、絶え間なき病気との戦いによって、勝ちとっていくものです。 
太陽が輝く。
雲が湧き起こり、風が吹きわたる。
清流が迸る。
こうした現象も、すべて大宇宙と連動した自然界の戦いであると言ってよいでしょう。 

要するに、森羅万象は戦いによって成り立っているのです。 
ゆえに、大聖人は「仏法は勝負」と厳命なされました。勝たなければ、幸福はない。
勝たなければ、仏界の涌現もない。
勝たなければ、「一生成仏」「広宣流布」もありません。 
大聖人から本抄を賜った当時、四条金吾は長い苦闘の日々を乗り越え、ようやく勝利の春を迎えようとしていました。 
金吾は信心を理由に、主君の江間氏の不興を買い、嫉妬の同僚からも幾多の讒言を受け、ついには「所領没収」の危機に直面しました。 
その裏には、大聖人に敵対する極楽寺良観らの卑劣な陰謀がありました。 
しかし、金吾は一歩も退かなかった。大聖人に御指導を仰ぎながら、不退転の信心を貫き、ついには主君の信頼を回復し、新たな所領まで賜りました。 
なぜ、金吾は勝つことができたのか。 
この御書の冒頭には、金吾がある強敵にねらわれ、見事に撃退したことが記されています。 
大聖人は、金吾が無事であった勝利の要因を『前前の用心といひ又けなげといひ又法華経の信心つよき故』(御書1192頁)と教えておられます。 
すなわち、
①普段からの用心  
②けなげ(勇気)、
そして  ③強き信心です。なかでも「強き信心」が根本であることは言うまでもありません。 
祈りとは、わが己心の「臆病」「油断」「慢心」を叩き出す修行であるとも言ってよい。
どんな苦難にも負けない、いな、環境が厳しければ厳しいほど燃え上がる「金剛の勇気」を発揮して、戦い進むのです。
師弟不二の心で必ず勝つ 「勝って驕らず」 「負けて腐らず」  「人間はたたかうように創られている」  
「人にとってたたかうことは、永遠に避けられないものである」(上田和夫訳)とは、イギリスの歴史家力ーライルの言葉です。 
「立ち上がれ、そして断固たる心をもって戦うのだ」  
「全力をふりしぼって戦うのだ」(山口三夫訳)。
これは、フランスの行動する作家ロマン・ロランの叫びです。 
人生は闘争です。
本当の勝負は、一生の最終章で決まる。  
ゆえに  「勝って驕らず」  「負けて腐らず」です。
大いなる目的に向かって弛まず、忍耐強く戦い 続ける人が最後は必ず勝つ。 
「勝つことは明るく楽しい。笑顔が美しい。
負けることは暗く、苦しい。
ゆえに人生は断じて勝たねばならない。勝ちゆくための信心であり、仏法だ」  
恩師の忘れ得ぬ御指導です。
 広宣流布のため、師と共に戦わせていただきたい。
何としても、師に勝利を捧げたい。
私は、そう祈り抜いてきました。
この師弟不二の「心」で勝ちました。 
そして今、尊き全同志が、健康で、長生きをされ、師弟勝利の人生を謳歌して歩み抜いていかれるよう、私は祈りに祈っております。
勝利の要諦第1に最高の祈り、
第2に最高の作戦と最高の行動である 
私は若き日より、師弟相伝の「法華経の兵法」を生命に刻み、あらゆる激戦に挑んできました。 
なかでも昭和31年(1956年)の「大阪の戦い」は、誰もが「絶対に勝でない」と思っていた。
しかし、私は「断じて勝つ」と一念を定めていました。
勝利こそ、師から託された使命だからです。 戦いに臨む年頭、唱題に唱題を重ねる私の胸中に、鮮烈な思念が浮かびました。
「法華経とは将軍学なり」 御本尊と、師弟不二の信心に一切がかかっている。
いかなる時代、いかなる事態に遭遇しようと、妙法の指導者の資格は、「法華経の兵法」を将軍学とするかしないかにあるのだ──と。 
私は関西の友に、勝利の要諦は第1に最高の祈り、第2に最高の作戦と最高の行動である、と語りました。 
そして、この「なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし」(御書1192頁)の御聖訓を拝して訴えたのです。 
「どんな作戦、行動よりも法華経の兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にない。
それが最高の作戦であり、最高の行動となるということです。
右往左往する必要はありません」 
戸田先生の元を離れて執る指揮です。
その状況のなかで、何をもって前進の原動力とすればいいのか──。
私は関西の同志とともに、毎朝、御書を拝し始めました。 
この御書講義が、全軍の息吹となり、爆発的な「随喜の万波」となって、日本中を驚嘆させる関西の大勝利が成し遂げられていったのです。将軍学幸福・勝利をつかむ絶対無限のエネルギー! 法華経は、一切衆生の成仏を説き明かした最高の経典です。あらゆる境涯の衆生に、仏と同じ大生命が厳然と具わっていることを教え、その仏性を開く道を説いています。 
法華経の会座には、それまで成仏はできないと言われていた女性たちも一堂に会しました。
さらに、さまざまな境涯の人たち、すなわち十界の衆生が喜々として連なりました。 この会座に集い来った人々が、″こんなことは、未だかつてなかった!″と歓喜踊躍するなかで、万人成仏の道が燦然と開かれていくのです。 
いわば、法華経の会座自体が、それまでの常識を力強く打ち破る逆転のドラマとなっている。 
あらゆる人々が、仏の偉大な人格にふれ、仏の深遠な教えを聞いて、生命の奥底から無限の力と可能性を湧き上がらせていく。
いわば、万波と広がる「人間革命」の大叙事詩──これが法華経なのです。 
この法華経の兵法を「将軍学」とすることは、現実社会のまっただ中で、すべての人々の心を揺さぶり、自身の命からも、相手の命からも「仏性」、すなわち幸福・勝利をつかむ絶対無限のエネルギーを引き出していくことにほかなりません。 

続く

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by tomotiyoo | 2017-05-17 00:00 | Comments(3)