真実を語る

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ちよが、本音で語るブログです

やっと 御書買いました

私の御書は、定価2.000円 送料200円と書いてあります。
そして 表紙羊革 墨田区 となってます
裏表紙に 母の字で、○○第二総合○○第一総合○○大B
住所と電話番号と名前が書いてあります。
小学6年生の時、お年玉で買いました。
それが、老眼鏡がないと、なかなか見えなくなり、今は、拡大版を、使っています。
それでも、好きなご文を探す時は、どうも、古い御書でないと、探せません。

ひらがな御書の、手伝いをするようになって、母に、御書を買い換えさせ(もともとの母の御書は、表紙がボロボロでとても汚く、処分してしまいました)その御書と、養父の御書を取替えています(どこまで、勝手? だよねー)

これで、我が家には、拡大版が2冊と、昭和46年版
いつでもどこでも、誰とでも
思う存分 御書の勉強が、できるようになりました。

ここで、ウルトラマンさんからの転載です。

「私にとって最高の勝利は、

ありのままで

生きられるようになったこと、

自分と他人の欠点を

受け入れられるようになったことです。

オードリー・ヘップバーン」

私も、御書を読んで、勝利をつかもう
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# by tomotiyoo | 2014-02-21 00:00 | Comments(59)
私の、コメント欄に遊びに来てくださる方は、天然さんが多い。
それもそのはず、おっちょこちょこちゃんブログだから、仕方がないのかも。
類は友を呼ぶって言うんでしょうか?
その中で、ナンバーワン。
プリッツさん 座布団 何枚たまったー?
あら、娘さんだけだったかしら?
プリッツさんには、随分ひどい事も言いましたね。
自分でも、もうやめておこうと思いながら、どうも、重箱の隅をつつく事
なかなか抜け切らなくて、嫌な思いをした事でしょう。
それが最近、変わったね。と思って喜んでいた矢先、おいおい それじゃ
読んだ人が誤解するかも?的な話。
私のイライラ 爆発しました。(ちょっと大げさ いつもの事)
プリッツさんが、誤解を受けることも嫌だったし、周りにいる私達も、誤解を受けるのが嫌だったのです。

私のブログがある事で、ご自分の時間に支障ができてしまうのではないかと。
そんな時に起った、ちょっとした出来事。
そんな時、匿名さんからのコメントが入り、私も、ちょっと心配でしたので、ある意味ありがたかったです。

正直、プリッツさんの優しさが、間違った方向へ行かないか、ちょっと心配もしました。
ホントに 私の、大きなお世話です。
でも、ケンカをしたい相手でした。
本気でぶつかったら、お互いもう一歩殻を破れるのかな?なんて 思いもしました。

想像で、言ってしまってごめんなさいね。
きっと、幹部が言った事を、なんか変?と思いながら、我慢してきたのではないかと・・・
人から言われた事に、心からそうだ!と思う事が 少なかったのではと、思った事もあります。
それぞれ考え方は違うし、素直な事も大事でしょうが、私は、自分で考えて、行動していく事も大切だと思います。
そして、自分の体験をありのまま、語っていく事。
それが1番大切だし、これからの後継者作りに、欠かせない事と思います。
どうか、お体を大事にしてくださいね。
ますますのご活躍を、心からお祈り申し上げます。
時間のあるとき、たまには、覗いてくださいね。
みんなの元気な様子を、感じて頂いて、ご自分の近況など、教えていただければ、幸いです。
きっと、読んでくれると信じて。
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# by tomotiyoo | 2014-02-20 00:00 | Comments(52)

同盟題目

是非読んでいただきたいブログの記事があります。
読んで、いいと思ったら、右側の創価学会と言うところをプチっと押してください

http://blog.livedoor.jp/ukifune1966/archives/37098062.html

私は、このブログの 新着記事が入った時は、いつも見させていただいてます。
いつも なるほど と思っていますが、今回は特に、同感できる内容でした。

私は、以前、同盟題目なる物は、信じていなかったんです。
なぜなら
答えは簡単。
自分がやっていなかったから・・・
私が、最低の人間だった時、こんな事がありました。
私が、折伏した人の奥さんは、まだ未入会で、心臓の大きな手術を受けることになる。
支部で、手術中、唱題会が行われた。
私も、会社を早退し、唱題会に参加した。
そのときの私の心のつぶやき。
私が出ないと、カッコつかないよね。
ひどいでしょ。
そういう奴なんです。私。
だから、本気で人を思って、お題目をあげた事なんて、あまりなかったんです。
ある日、いい先輩にめぐり合いました。
彼女は、お題目の人。
朝から晩まで忙しい中、年に何回か、10時間唱題をするそうです。
おととしの2月、地区で10時間唱題をしました。
その時彼女は、私が、お昼ご飯に誘ったので、その時間だけは、席を立ちましたが、それ以外は、ずっとお題目をあげていました。
そして、もう一人。
いつもおとなしくて、いるのかいないのか、分からないぐらいの、私より少し年下の婦人部さん。
当日、風邪を引いてて、顔を赤くして、皆がもう帰って寝なといわれてもがんばって、9時間座りっぱなしでした。
すごーい、
へー。この地区って、すごい人がいる。
先生も、お題目を上げた人にはかなわないって、おっしゃっているけど、ホント、かなわないって 思いました。
私も、随分と祈られてきたのだろう。
そしていつからだろうか?
人のことを、真剣に祈れるようになったのは・・・
だから、今は、自信をもって言えます。
「あなたの事、祈ってるよ。」って。
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# by tomotiyoo | 2014-02-19 00:00 | Comments(53)

孤独死

先日ニュースで、我が区で起った、2件の孤独死のニュースが報じられた。
「孤独死(こどくし)とは主に一人暮らしの人が誰にも看取られる事無く、当人の住居内等で生活中の突発的な疾病等によって死亡する事を指す。特に重篤化しても助けを呼べずに亡くなっている状況を表す。
なお関係する語としては後述する孤立死(こりつし)が公的にも使われるが、ほかにも単に独居者が住居内で亡くなっている状況を指す独居死(どっきょし)のような語も見いだせる[1]」(ウィキペディアより)

ある意味 生まれるときも死ぬ時も一人。
だから、その苦しみから逃れるというより、その死をどのように受け止め、見つめ、乗り越えて行くかという事のほうが、はるかに重要なのかもしれない。
御書、p1404には

されば さき りんじゅうのことを ならうて のちに たじを ならうべしとおもいて.
されば先臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、

いちだいせいきょうの ろんし にんしの しょしゃく あらあら かんがえあつめて.
一代聖教の論師・人師の書釈あらあらかんがへあつめて

これを めいきょうとして いっさいの しょにんの しするときと ならびに.
此を明鏡として、一切の諸人の死する時と並に

りんじゅうののちとに ひきむかえて み そうらえば すこしも くもりなし.
臨終の後とに引き向えてみ候へばすこしもくもりなし、

このひとは じごくにおちたもう ないし にんてんとは みえてそうろうを.
此の人は地獄に堕ち給う乃至人天とはみへて候を、

せけんのひとびと あるいは ししょう ふぼとうの りんじゅうのそうをかくして.
世間の人人或は師匠・父母等の臨終の相をかくして

さいほうじょうど おうじょうと のみ もうしそうろう かなしいかな ししょうは.
西方浄土往生とのみ申し候、悲いかな師匠は

あくどうにおちて おおくのくるしみ のびがたければ でしは とどまりいて.
悪道に堕ちて多くの苦みしのびがたければ、弟子はとどまりゐて

しの りんじゅうを さんだんし じごくのくを ぞうちょうせしむる.
師の臨終をさんだんし地獄の苦を増長せしむる、

たとえば つみふかきものを くちをふさいで きうもんし はれもののくちを.
譬へばつみふかき者を口をふさいできうもんしはれ物の口を

あけずして やまするがごとし.
あけずしてやまするがごとし。

私は、叔母を孤独死で亡くしている。
入浴時の、死亡とされている。
叔母も、私と同様、子どもはいない。
叔母は、地下鉄サリン事件と同じ日に、自転車にぶつけられ、入院をした事がある。
その時も、警察からの電話で、母が知ったそうだ。

「○○警察ですが、○○さんを、ご存知ですか」
「はい 私の叔母ですが」
私は、また 軽い事故にでも巻き込まれたのかな?と思った。
「落ち着いて、聞いていただきたいのですが、ご自宅の浴槽で、亡くなられたのですが、身元を確認していただきたく、こちらまでおいでいただけないでしょうか」
「はい。」
「○○警察は、ご存知ですか」
「はい」
「急がなくて結構ですので、事故などないように、おいでください」
こんな会話だったと記憶している。
私は、夫に電話をし、車で一緒に警察まで行ってもらった。
やはり顔は、少し変わったような気がしたが、叔母だった。
近所の人が、異変を感じて、通報してくれたようだった。
その後、東京都○察医○務院へ遺体は運ばれ、事件性がない事が確認されたあと、葬儀を行う場所に運ばれたような記憶がある。

叔母は、実父の妹で、私達が家を建てる時に、仏壇でも買いなと、300万円ポンと、手渡してくれた人だ。
決して裕福なわけではなく、もともとは、のん兵衛で、働かない旦那さんと、私の実家の2階に住んでいた。
その後、都営住宅があたり、2人で住んでいたのだが、旦那さんが入院している時に、信心する事を許され、入会したのである。
コツコツと、ためたお金を、何の躊躇もなく、私たちにくれるというのだ。
私達は、頂くわけにはいかないので、毎月5万円づつ積み立てにして、1年の満期ごとに返済をしていた。
その、途中での事だった。
死亡届を出した後では、預金を下ろすことができないらしい。
私達は、銀行へ行き、全てのお金を下ろしてきた。
そして、葬儀の準備、親戚・知人への連絡など、悲しんでいる間もなかった。
お別れの言葉は、私が原稿を書いて、母に読んでもらった。
「明治生まれの、気丈な○○は、最期まで、私達の手を煩わせることなく、一人で逝きました。
死因が何であれ、私達は、○○が成仏したものと、確信してます。」と

叔母の一生は 果たして幸せだったのか?
それは私には分からない。
ただ、私にとっては、とても優しい叔母だった。
旦那さんの田舎が、鳥取で、私が小学校の時、叔父と叔母と3人で、鳥取の親戚の家から名古屋へと、夏休みに泊まりに行った事がある。
鳥取の家は、五右衛門風呂で、トイレの隣は馬小屋。
馬は、すでに飼っていなかったが、田舎のない私にとっては、初めての経験である。
正直 どこかに泊まりに行って、早く家に帰りたいと思ったのは、最初で最後である。
最初の何日かは、親戚の子どもたちが、集まっていて楽しかったのだが、1家族2家族と帰っていって、私達が、最後の泊り客となる。
テレビ番組も、東京ほど、種類がない。
早寝 早起きも ここまで来ると、退屈で仕方なかった。

人は2度死ぬ と言う人もいる。
2度目は、忘れ去られた時。と
私は、こうして、また、叔父叔母を思い出し、人の死と言うものを、再度考える機会をもった。
人は、生きたようにしか死ねない。
最期まで、生を全うする事が、どれほど尊いことなのかは、まだ私には分からないが、きっとそうなのであろう。
そして、いくつになっても、生まれ変われる事ができる。
生まれ変われるとは、人間革命 宿命転換という事である。

最後に 以前支部愛唱歌として作った歌
覚えているかしら?

♪ 生まれ変われる 事を知った
  先生と共に 生きる喜び
  言葉では 伝える 事が できない
  師を苦しめるもの 許せない
  励ましあって ラララララララ
  先生 闘う 事を誓います♪

やっぱり忘れていますね
ラララになっちゃいました。
人間の記憶なんて曖昧で、そのころの事を思い出そうとしても、いい加減で、
でも、叔母夫婦には、今でも感謝しています。
生まれ変わっても、きっと、縁するんでしょうね。
その時は、また、よろしくお願いします。
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# by tomotiyoo | 2014-02-18 00:00 | Comments(28)
1977年 (昭和52年)2月17日
学会本部で開催された第一回農村部(当時)勤行会を記念して「農村部の日」が制定された。
農村部は、その後、農漁村部に発展し、2011年(平成23年)12月に、農漁村部となった。
(聖教新聞より)

ちょっと疑問。2/17が農村部の日で、12月が農漁村部の日じゃないの?
うーん どうなんだろう

昨日の新聞の先生の詩 読んだ?
とってもいいね。
すべての人に、当てはまるよね。

超エコの私。
お米、一粒たりとも、ムダにしません。
でも、お魚の食べ方は、下手だなー。
めったに家では、焼き魚 出てきませんが(バカボンパパ 魚が苦手)
もう少し上手に食べれるように、がんばります。

昔、すし屋の息子さんが言ってました。
草創期の頃は、不漁になると、学会員が責められたという。
だから、お題目をあげて あげて、大漁になるよう祈ったという。
すべて、善知識。
だから、宿命転換できる。
すべての事を、そう捉えていけば、怖いものは何もないのである。
この信心の、正しさを証明しよう という心があれば、全てよくなるのは間違いないのである。
何のために、これを忘れなければ大丈夫なのだ
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# by tomotiyoo | 2014-02-17 00:00 | Comments(85)

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