信頼

 友情を育み、友好を結ぼうと思うなら、同じ人間であるという意識で、語り合うことだ。 」
私たちも そうしていこうね(^^♪

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# by tomotiyoo | 2017-06-14 04:00 | Comments(14)

思いは同じだけど・・・


『「もし信 弱き人であれば、簡単に紛動されてしまうかもしれないからである。
「これが創価学会です」と紹介するには、創価村は余りにみっともなくて、とても紹介できるものではないということもある。」

以前 私は Leoさんと 同じ意見でしたしかし 私のところに来る人で 紛動されてしまうような方は   


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を クリックしないと思うのです
だから あえて 私は「周りに紛動されず如蓮華在水で行く」道を選んでいるのです
そして 随分前ですが 村長さんには アンチ創価学会と 分けて欲しいと お願いしたのです
村長さんからは 検討しますとのお返事をいただいています

今 法戦中で アンチの方々と お話をする時間は 私にはありません
それと 私の短いブログ経験上ですが ネットの世界にだけ存在するような方が 多くおられるような気がするのです

会って お話をできる方でなければ 実際 学会員さんなのかどうかわかりませんし 本音の話は できないと思ってます
今まで 私とぶつかった 多くの方々は 会ってとことん 本音で話し合うことを お望みでないことを 私自身が感じたからです
アンチさんを 排除する気持ちはありません
かわそうな人だと 憐れむだけです
そして お題目を 贈るしかありません

私のような 過去 どうしようもない人間でも 創価学会は 放っておきはしなかった
除名もしなかった
宿命転換・人間革命の道は 厳しいです
落ちこぼれる人もあるでしょう

私は 誰も置き去りにしない社会を目指していますけれど 私の 時間やお金には 限度があります
本気で 会おうと思うのでしたら お相手しますが どこの誰だか分からない人とは 建前でしか話ができないと思います

「君たちは 平和の旗手だ 
逞しい担い手なのだ世界の友だちと心を一つに 手を取りあってどこまでも「平和」の二字を貫いていってくれたまえ
人間が 他の天体にまで行ける時が来ているのにちっぽけな地球で いがみ合う必要はないはずだ
人類は みな友だちであり 兄弟でなくてはならない
全世界は 君たちが乱舞する庭なのだ 花園なのだ
大地も 大海も ことごとく生命に満ち満ち 一切をはぐくんでいく
慈愛にあふれているそこに いったい なんの境界線が必要か 
この地球は みんなのものだみんなで協力し 開発し さらに栄えさせていかなくてはいけない」

本音が分かるまでの喧嘩(話し合い)は ある程度仕方がないと 思っていますが いがみ合う必要はないと思っています
分かり合うための喧嘩(話し合い)でしたら いつでも お待ちしています
勿論 思想の自由は 尊重します
秘密も 厳守します(これでも 私は カウンセラーですので守秘義務がありますし・・・)

法戦が終わったら いつでも 一対一の対話 お待ちしています(^^♪
私の考えに ご賛同していただける方は こちらをポチッとお願いします』
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# by tomotiyoo | 2017-06-13 04:00 | Comments(11)

1997年6月12日


わが共戦の墨田の友に贈る 庶民の王国 名誉ある法戦


戸田会長は 立った
断固と
我らの師匠は 立ちあがった
わが弟子等も 総立ちになって
妙法の広宣流布に 奔走した

我らは
妙法の王国
庶民の王国を 創らんと
懸命に 走りに走った
折伏の波は 万波となり怒涛となっていった

あの日 あの時
戸田先生は
毅然たる声で 語られた
「私は 牧口先生の
四たびの難に 
お供した
こんな幸せ者はない」と

それは
一九六〇年 (昭和三十五年)
五月の三日
第三代の就任の劇であった

その日は
輝きわたる 晴天であった
前夜の雷雨はあがり
その朝
墨田の空に
鮮やかな虹が かかった

戸田第二代会長が
師子吼し始めた
この墨田の大地から
多くの弟子も また
永遠の戦闘
大法戦を開始した

最初は
二人が出会った 台東の西町小学校を
権力者の策謀によって 追放され
その後 ここ墨田の三笠小学校も
同じく画策によりて 追われ

さらにまた 港の白金小学校からも
退職を余儀なくされた

そして 最後には
軍部権力の弾圧によりて
あの暗き獄中にまで お供をした─

戸田先生は
飾り気のない庶民の友
墨田の友を
こよなく愛した

墨田に同志がいることは 強い
庶民の強さは 第一である

権力者は 魔性であり
陽炎である
知識人は 才知はあるが 
腰が弱く 臆病である
いざという時に 頼れない

庶民は朗らかで
雑草のごとく強い
庶民を大切にした所が
最後は必ず勝つ
それが 仏法である
道理である

あるとき
戸田先生は 墨田の友に
「最も幸せであるべき法難に
お供しながら
その難を忍んだのは
私一人であった」と
烈火のごとくに叫び

そしてまた
「信心の確信が深まり
わが人生で最も得をしたのは
この二年間の牢生活であった」と

初代会長 牧口先生と
第二代会長 戸田先生は
大難の連続の中で
そして 獄中にあって
最も 荘厳なる
最も 強靭なる
師弟の歴史を
神々しいまでに 綴られていった

戸田先生と私も
名誉にも
また 同じであった

先生の事業が蹉跌し
皆は裏切り 立ち去っていった
その時 ひとり
阿修羅のごとく 戦い
徹して 師をお守りした
栄光の青春の誉れが
今でも 胸に光る

弟子の殉教の覚悟を
見抜かれた師匠は 言われた

「お前は 死のうとしている
俺に 命をくれようとしている
それは困る
お前は 生き抜け!
断じて 生き抜け!
俺の命と 交換するのだ」

峻厳なる
荘厳の師弟不二の心を
誰人が 知り得ることができたか

墨田を愛した先生は
私を その庶民の王国である
第一部隊長に任命した
その日は
一九五三年(昭和二八年)の 一月二日
私の二十五歳の誕生日であった

あの世界宗教に広がった
キリスト教も
救世軍と呼んだ
部隊という名をつけると
皆 軍隊式と非難するが
根本は 心であり
精神である

法を弘め 友を救い
楽土・日本を 創出せんとする
青年たちを
平和の部隊と 讃えて
何が悪いか!
何もせずして
非難する方が
臆病であり 卑怯者である!

ともあれ
墨田の 若き友との共戦譜は
すべてに「第一」を目指すことを
創意の決意とした

恩師が好きだった
「星落秋風五丈原」の歌を
共に歌い 共に舞い
若き広布の英雄の心を
響かせあっていった

庶民の王国
これは 人間の王国
これは 創価の王国

私たちは 家族であり
また 兄弟であり
そして 同志である

共に また共に
ある時は
ベートーヴェンの「運命」を
スッペの「軽騎兵」を聴きながら
励ましあった若き日々よ
庶民の英雄たちよ!

また ある時は
皆で 銭湯に行き
組織拡大の戦術を語り合った夜

皆 苦しい生活であった
しかし 皆
求道の心が強かった

私は
この下町の後輩たちが
可愛くてならなかった
一人一人を
心から大切にしていった

共に 自転車を走らせ
下町の家々を 一軒また一軒と
駆け巡った
あの路地 この路地も
今では 黄金の道に映る

戸田先生は
青年に 常に叫ばれた
最も強気人間とは!
財を 求めず
名誉に 靡かず
一身の安泰を 願わぬ

この人間ほど 強いものはない
この人間に かなうものはない
これが 日蓮仏法であり
学会魂である

折伏もせず
広布の行動もせず
自分勝手に
功徳のみを願っている輩は
畜生が 自分の食い物だけを
食いあさっている姿と
同じであると

一九七六年(昭和五十一年)
墨田文化会館が誕生
東京で初めての 人材城!

秋晴れの十一月一日
落成の式典に駆け付けた私は
万感の期待を込め 指針を贈った

「東京の模範」墨田たれ!
「東京の先駆」墨田たれ!
「明るく 仲の良い」墨田たれ!

ああ 温かき人情の町
墨田の同志は
いつもいつも
私を 真心で迎えてくれた

一九八三年(昭和五十八年)一月四日
墨田文化会館を訪問
そこには
私が会長就任の挨拶をした
あの日大講堂の 演題とマイクが
置かれていた

奔走し 用意してくれた
友の心に感謝しながら
その前で 私は
しばし立ち止まり 合掌した

そして 私は
馳せ来った 懐かしき友に語った
一行でも二行でもよい
日々 御書を拝していこうと
「法に依って 人に依らざれ」
墨田は 御書根本で進むのだ

その翌年の一月
雪が舞う夜の記念撮影
その日 完成した
区の歌 「五月の空に」は
私と 墨田の同志の
共戦の響きとなった

人のために動き
友のために尽くし
そして
人々から慕われ囲まれて
わが人生を 堂々と飾っていく
これこそ
名誉も 勲章もなき
偉大なる庶民の
大勝利のドラマなりと!

七年ぶりの訪問となった
一九九一年(平成三年)十二月の三日
新装なった文化会館
わが墨田の行進
意気は ますます盛んとなり
尊き広布の人材たる
青年部の成長が 頼もしかった
墨田の城は 難攻不落となる

「愛さなむ
   庶民の王者の
     ここ 墨田
  真実の幸福
    この地にあるかと」

毀誉褒貶の風を 笑い飛ばす
庶民の賢者のスクラム!

言うべきことは
鋭く 言い切る
庶民の大雄弁の強烈なる言論!

忘恩の天魔の一類を
打ち破りゆく
勇敢なる正義の宝剣を抜く
彼らの雄姿よ!

第三代の就任の日
自宅に帰った私に 妻は言った
「今日は わが家のお葬式です」

戸田先生さえ 七年で終えられた
この激務を 担い果たして三十七星霜─

恩師のモーニングに身を包み
恩師の遺影を仰ぎつつ
壇上に向かった あの日

日大講堂に掲げられた
恩師の和歌は
「いざ 往かん
   月氏の果てまで
     妙法を
  拡むる旅に
    心勇みて」と

私は この遺訓を
すべて現実化し
広宣流布のうねりは
世界 百二十八カ国の
壮大なる七色の虹と
広がっていった

その誇り高き源流の一点が
民衆の不敗の都 墨田である

御聖訓にいわく
「国中の諸人・一人、二人・乃至
千万億の人・題目を唱うるならば
存外に功徳 身にあつまらせ給うべし」

1千万の拡大の原点の一つ 墨田よ!
その福徳は
あまりにも 絶大であり
その使命は 
あまりにも 尊貴である

二十一世紀へ
にぎやかな庶民の王国は
ますます強く 朗らかに
快勝の大きな虹が かかりゆくを
私は信じたい!

一九九七年六月十二日

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# by tomotiyoo | 2017-06-12 00:00 | Comments(16)

疲れた時は 休もう

学会員さんは 真面目な人が多いので 兎角 頑張りすぎる
頑張ることは 大切だけど 頑張り方が・・・

休む事も戦い
疲れたら 早く寝る
健康でなくっちゃ 広布のために 戦えません
しっかり休んで 疲れをとって さぁ また 新たに出発!

pekoちゃんも るいさんも 元喜になりました
心配してくださった方 ありがとう\(^o^)/

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# by tomotiyoo | 2017-06-11 00:00 | Comments(12)
やっと 婦人部が 心から好きになれました(笑)

去年のですが・・・



少しの間 手抜きが増えるかも~
よろしく~\(^o^)/

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# by tomotiyoo | 2017-06-10 04:00 | Comments(9)

ちよが、本音で語るブログです


by ちよ