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ご挨拶

真実を語る(真実が知りたい)について

私がこのブログを始めたきっかけは、いじめについて、日ごろ考えていたからです。
「いじめを許さないことも平和の戦いである。
差別を許さないことも平和の戦いである。
嘘の悪口を許さないことも 平和の戦いである。」
と語る 池田名誉会長。
黙っていたらいけないと思った。
平和とは、勝ちとるものだ。
見てみぬフリをするのが、一番卑怯だ。
沈黙は金ではない 語っていくんだ。

※投稿された内容は、記事にして お答えする場合もございます。
いたずらと思われるコメントについては、削除させて頂きます。

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# by tomotiyoo | 2019-11-20 00:00 | ご挨拶

必見‼️

BSテレビ東京特別番編


日中文好の朱鷺よ、再び(仮)
日中友好の歴史、現在、そして未来
BSテレビ東京で放送する特別番組『朱鷲よ、再び(仮題)』では
明年3月から日本全園30都市で開催される舞劇Dence Drerr.「朱驚」の
上海での練習風景や、公演の内容について紹介。
さらに番組では、日中の文化交流による友好の歴史を追いながら、
その歴史の中でも重要な、民音創立者池田大作先生が1968年に
日大講堂で発表された「日中国交正常化提言」や、
74年の周恩来総理との会談の模様などを紹介する中で、
中国人民対外友好協会の李小林会長をはじめ、歴史の証人たちが、
日中の文化交流と民音について語ります。
2019年11月16日(土)
16:00〜17:00 BSテレビ東京
一BSテレ東7ch、全国でご視聴いただけます

# by tomotiyoo | 2019-11-15 08:01 | Comments(0)

片目は終わった(^.^)

赤鬼さんの 片目の手術は 終わったようです
痛みもなく 声は元気でした(^.^)
少しの間 朝の挨拶はないけど 来週には 元気に復活でしょう
医者で治るものは 医者に行って さっさと 治しましょう
赤鬼さん お大事にね🎵

# by tomotiyoo | 2019-11-14 00:00 | Comments(3)

生命(いのち)の若者たち 池田会長と一千万人の記録

五島 勉さんの本で 1970年5月10日 第一刷発行となっている 
430円

先日 ひらがな御書メンバーで 点字をされているまきこさんに 生命の恋人たちを 渡したあと この本が 出てきた








わが本陣長さんご夫婦が 娘さんの家に越され 置いて行ってくださった本の中の一冊である

その中のエピソードに 沖縄のゆかりちゃんとの出会いがある

『「それは、ちようど夕方で、先生の指導はもう終わったあとでした。
各地から集まってくれた会員たちも、おおかたひきあげ、先生はとても疲れておられました。・・・
ぼくらには何もいわれなかったけど、顔色から見て、また熱を出しておられたんじゃないかと思います」
原田君はそのときの様子をふりかえって、感慨ぶかそうにこう話す。
「それでも先生は、遠い辺地の部落から、はるばる
、、、
うちの人たちが来てくれた。ときき、"うれしいな。すぐ会いましょう“といわれましたよ。

そのとき先生は、ゆかりちゃんのサクラにジッと目をとめました。
ゆかりちゃんはサクラをかかえて、先生の胸にぶつかるように走りよってきました」
そしてゆかりちゃんは言った。
泣きながら、とぎれとぎれに。
「先生、これがあたしのおみやげです。
ほかに何にもあげるものがないから、途中で折ってもってきたんです。
いけなかったかしら?
もしいけなかったら、先生、ウンとあたしを叱ってください!」
池田氏はしばらく黙っていた。
ずいぶんコワい顔をしていた。
もしかすると怒られるんでは、と、ゆかりちゃんも部落の人たちも原田君も、少しヒヤヒヤして氏の表情を見守った。
しかしそれは杞憂(きゆう)だった。
池田氏がコワイ顔になったのは、怒ったためでなく、一生けんめい涙をこらえたためだったのである。
でも、こらえきれず、とうとう瞳がキラリと光った。
はにかみやの会長の涙を、原田君はこのとき、秘書役になって以来はじめて見た。
「それからも感激でしたね。
先生は目をしきりにパチパチやって、ゆかりちゃんの涙もふいてやって、とても嬉しそうな声でこういわれたんです。
「ああ、ありがとう。
こんなステキなおみやげもらったの、生まれて初めてだよ。
何をお返しにあげようか。・・・
そうだ。
今聞いたらきみはお父さんを亡くしたっていうから、
わたしが代わりにお父さんになってあげる。
いいね?
きみは今日からわたしの娘だよ。
こんどからお父さんの名前は?ってきかれたら、
“ハイ、池田大作といいます"
胸を張ってそう答えるんですよ」
ゆかりちゃんは何も言えずに泣いていました。
そのあと、先生はゆかりちゃんと手をつないで、そのへんを散歩したり、何かごちそうしたり・・・
本当の父親のようにやさしくしてあげてましたね」

沖縄から東京に帰った池田氏は、半日休んだだけで、またすぐ激務に追いまくられた。
(中略)
さすがの池田氏も、秋口に入って、疲れの色がめだってきた。
原田君はハラハラして休養をすすめ、しかしなかなかきいてくれないので、ある日一計を案じて、四谷のあるシニセから上等の和菓子をとりよせた。
(中略)
「ウワー、うまそうだなあ。こんなの食べたことないよ。
上品すぎてわたしなんかにはもったいないな」
原田君はシメタと思った。
どうかたくさん食べて、少しでもお疲れを直してほしい・・・
原田君は名菓の由来をいろいろと説明し、もう一度熱心にすすめた。
ところが、ここで妙なことがおこった。
池田氏は、勢いこんでお菓子にのばした手を、途中で急にひっこめ、黙って何か考えこんでしまったのである。
「召し上がらないんですか、先生?」
原田君は心配になってきた。
すると池田氏は「ウン」とうなずいた。
そしてつぎに氏がつぶやいた言葉は、原田君にたいへん意外なものだった。
「わたしは食べなくていい。
こんなおいしそうなお菓子、
わたしが一人で食べるわけにはいかない。・・・
これはわたしの子供に食べさせるよ。
おいしいものなんか一度も食べたことのない子供に・・・
「坊っちゃん方にですか?」
原田君はビックリした。
(中略)
「いや、わたしの子供といっても、それは娘のことだよ。
このお菓子はわたしの娘にとどけてやろう。・・・
まだ思い出せないのかい?
わたしはこれを、あの、沖縄のゆかりちゃんに腹いっぱい食べさせてやりたいんだよ」
原田君はポカンとして、
「ああ、そうですか」と返事をした。
しかしつぎの瞬間、ハッキリと思い出した。
それで急いで何かいいかけようとしたが、言葉のかわりに口からほとばしったのは、自分でも思いがけ
     、、、 
ない感動のおえつだった。
何という記憶力!何という慈愛!
半年間の月日と幾万人への応援をへだてて、しかもなお池田氏は沖縄の貧しい一少女のことを忘れていなかったのだ。
ゆかりちゃんという一少女を通して、沖縄というものを、軍事体制にしいたげられた民衆の姿を、氏はいつも心にきざみつけていたのだった。
原田君は涙をぬぐうと、さっそくお菓子をゆかりちゃんに送る手配をするため、沖縄担当の部署へすっとんでいった。
たまたま上京していた沖縄の幹部が、お菓子の箱を宝物のように抱いて、
直接ゆかりちゃんの部落までもっていくことになった。
箱には心をこめた池田氏の長い手紙をそえて。
それは本当の父親が遠い娘に送るような、こまやかな心づかいにあふれた手紙だった。
はじめと終わりの部分だけを紹介すると、内容はだいたいこんなことである。
「・・・ゆかりちゃん、元気でいますか。
お父さんもゆかりちゃんたちのおかげで元気にやっています・・・
お互い苦しいことも多いでしょうが、がんばってりっぱな女性に、みんなのしあわせのために役に立つ人になってくださいね。
・・・そして大きくなったら、
ぜひ東京へ会いに来てください。
(中略)
この手紙を書くために、池田氏ははじめて厳格なスケジュールを破った。
緊急な用事でやって来た最高幹部の一人を待たせて、池田氏は夜おそく、熱のある体でいつまでもペンを走らせていた。
その姿をみつめたとき、原田君の感じた感想が、この本のしめくくりにもなる。
感動に歯を食いしばりながら、原田君はその時こう考えていた。
(これが創価学会だ。これが池田大作という人の真実だ。
どんな中傷も誤解も、嫉妬も偏見も、この先生の姿のまえには力を失なうだろう。
どんな攻撃やいいがかりをする者も、この事実を知ればあきらめて恥じ入るにちがいない。
そしていつか、いつの日か、この先生の姿に象徴される幸福な未来のためのたたかいを、すべての人が理解するときが来る。必らず来る。
これが創価学会の真実だ。
これが池田大作という人間の姿なんだ!)』

この本を読んで創価学会員で 本当によかった
池田先生の弟子で本当によかったと 今更ながら私は思うのです
「真実を語る」を続けていて 本当によかった
気づいたら 私のブログも もう6年目に突入していたのですね
読んでくださる方 本当に感謝です

この本を 置いていってくれたOさん
本当に ありがとうございました(^.^)

そして五島 勉さん
本当にありがとうございました



# by tomotiyoo | 2019-11-10 00:00 | Comments(23)

続 玲乃愛のすがお

今の本は、中傷、誹謗の中で指筆談の理解を得るために書いた本なんです
そんな中を必死で闘い、やっと認知されてきました
不思議なことに「大切な人に届けて下さい」と1000冊作成した本は、認知されだしたタイミングで無くなりました
次のステージに上がる⤴️良いタイミング🌈かなぁーと感じました
信念を持って活動すると、全てがバッチリ👌良いタイミングです

次に考えているのは
指筆談と出会って素晴らしい人生に変わったこと!
幸せな人生を歩んでいる姿など、輝かしい未来があることを伝えたいと思っています
指筆談の紹介は、今回と変わらずです

人のお役に立てる!人に必要とされる!新しい道を切り開く!

希望に満ちた本を考えています‼️

そして 11月16日(土)
13時半~15時半
ひこね市プラザ
大人700円
小人500円(2才から高校生)

れのあちゃんのお母さんの主催によるコンサートが 行われます

墨田区からも 4人 観させていただきます(^.^)

興味のある方は コメント欄にて ご連絡下さい

# by tomotiyoo | 2019-11-07 22:00 | Comments(6)

宇宙のリズムと

合ってくると とても楽しいよ
そんなわけで 昨日と今日はシフトが 変わった
詳しくは 勤行のあとで(^.^)

2度目の勤行 終わった(^.^)
朝は あと 一回

11月は れのあちゃんのコンサートと 自治会の日帰り旅行の為 休みを取った
あとは 基本 日 水 金の 宿直
その 日帰り旅行が 祝賀パレードの為 来年に延期になった
そうしたら 11月の大誓堂に 行けることになった(^.^)
で 昨日は 珍しく 金曜日なのに 休みになっていた
昨日は 分区の2時間唱題と 自治会の 集まり
会計の方も 残業だというので あらかじめ 自治会は 白ゆり長さんにお願いした
で・・・シフト表をよく見たら 休みじゃん(笑)
と いうわけで 両方出られたよ🎵

やっぱり 信心即生活でないとね


# by tomotiyoo | 2019-11-02 06:27 | Comments(19)

27日夜は ②

ルルさんとWちゃん
かっこちゃんと Tちゃん
メーちゃんと Tさん
おりがみさんとちーちゃん
ヒデさんと バカボンパパ
ヒデさんは 諸事情で カラオケボックスからの参加(笑)
法華美人さんと まりちゃん
あいちゃんと 千早さん
花さんと 私 とで 電話を繋げ
Kさん夫妻 お隣さん お嬢
みかんさんと えいちゃんと 赤鬼さんは 御書学に!(^^)!

こちらは 13人
最後に来てくれたSさんも人の多さにびっくり
一斉に 電話をかけ まるで コールセンターの様(笑)

Sさんの導師で勤行

待ちに待った千早さんの体験発表です

家族の中で私だけ、二十歳の頃に信心につくことができました。
当時 両親と姉と私の4人家族、母はがんばり屋の優しい親でしたが、父は酒乱で競艇パチンコです。
飲んで賭け事で負けては機嫌を悪くして、暴言暴力で家族に当たっていました。
私は小さい頃から気が弱く、視力も弱く、幼稚園の頃にはいじめられて登園拒否を起こしたりしていました。
それでも度近眼のメガネをかけて、一番前に座れば黒板が見えて、近づければノートも教科書も見えていました。
高度近視と言われていましたが、だんだん視力が落ちて近くも見えない、あまりに見えなくなったので高校生の頃に総合病院でよく調べると、網膜色素変性症という失明する難病でした。
母はとてもショックだったそうですが、なぜか私自身は平気であり反対に納得しました。
普通の高校から盲学校の後頭部に編入しました。
5人のクラスでした。
元から友達作りが苦手な私は、言い人ばかりのそのクラスメイトと溶け込めずに、孤立状態になってしまいました。
休み時間はいつも机に伏せてばかりの異常な状態です。
誰も私を苛めたりしない、言い人ばかりの中で人間関係を作れない自分は劣った人間なんだと強く思いました。
どこに逃げても一生誰とも仲良くなれない、真っ暗に絶望してしまいました。
死んでしまいたい、でも死ぬ事もできないとどろどろになっていた時に折伏されました。
「暗い人も明るくなれるよ。祈りとして叶わざるなしのご本尊よ。諸天善神が守ってくれるよ。」
毎日生きるか死ぬかの思いで声が枯れるくらいお題目を一生懸命にあげました。
1時間、最初は自分の事ばかり祈るけれど、気づくとクラスの人の幸せを祈っています。
私 人間好きになったような気がする。と最初の驚きです。

はりきゅうマッサージの科に進み、13人のクラス、教室に1人だけ残ってるクラスメイトを捕まえては、1人ずつ全員「創価学会って知ってる?」と足ぶるぶる心臓バコバコで仏法対話をしました。
その度に教室に戻って来たクラスメイト達が私を混ぜて楽しく話をしてくれるんです
すごいすごいと私は確信を深めました。
足を引きずって通っていた盲学校に元気一杯行けるようになりました。
免許を取り、一番苦手とする人間相手の仕事、はりマッサージの治療院を自宅で1人で開業する勇気が出ました。
今では大好きな仕事となりました。
勇気で頼んだFのおかげでみんな友達になりました。
人を避けていた私が、勇気を出して人の中へと積極的になりました。
結婚した姉一家も私の諸天善神として同居になりました。
家も建てることができました。

酒飲みの父は67歳で肝臓がんで亡くなりましたが、痛みもなく最後には胸中唱題してくれました。
盲導犬も持つ事ができました。
活動の思い出と功徳の花ですが、一つ、22歳で開業して間もなくある症状が出始めました。
異常なほどの何もしたくないできない状態です。
1ヶ月くらい続いたらまた普通に動けるの繰り返しです。
私は怠けているんだろうか?それにしては大変に苦しく困って どうして動けなくなるんだろうと悩んでいました。
それがずうっと繰り返し続いたんです。
44歳、平成21年に点字の唱題表が1000万遍になりました。
その頃はだんだん信心が不完全燃焼の惰性になって抜け出せずに悩んでいましたが、信心のある先輩に巡り会い、その姿に感動して発心することができました。
池田先生にもお手紙を書いてしまいました。
ラジオで新・人間革命を聞き始めたら奇しくも自在会のことが出てくる19巻の「宝塔」の章でした。
山口県の自在会の活動は昔は盛んでしたが20年も途絶えてしまっていました。
ラジオを聞いた事で、懐かしくなり、連絡先を調べまくってメンバーに電話をし近況を聞いたりしました。
お題目も10時間唱題を何度もしてみました。
その功徳だと思いますが、創価の森の小さな家というブログを偶然見つけました。
茨城県の菊川さんという方が書いていて、初めて読んだブログ記事が、「御書全編拝読3回達成しました!」というすごいもの。
私も全編拝読をしてみたいと昔から思っていましたが、見えないんだから無理だとあきらめていました。
ソウカネットの中の御書も漢字の読みが難しく、私のパソコンの音声が読み間違えて意味不明になるし。
けれどそのうちブログにコメントを入れてきた婦人部さんも2回達成したそうで、しかもその地区の目の見えない壮年部さんが御書を点字で書き写して講義をしていると知り驚きました。
私もどうにかして読みたいと思うようになりました。
問い合わせると、聖教新聞社も本部も点字の御書作成予定はないと言います。
ふと思いつきました。
御書をひらがなで書いてネットに載せれば読み間違いなく、しかもパソコンが使える日本中の自在会メンバーが読めるよねと。
1行でも無いよりましだとブログを作ってみました。
そして創価の森の菊川さんにコメントでアドバイスを相談してみました。
そうしたら驚いたことに「見えないあなたの変わりに私が10年かけて作成しましょう」と返ってきたではないですか。
感動で それから何度も話し合いを重ねてひらがな御書が開始されました。
途方もない根気の作業。
そのうちネット上の見ず知らずの方々がお手伝いをしてくださるようになり、Sさんまでが確実な読みをチェックしてくださるというすごい事になってしまいました。
そのさなか、大誓堂のできる年、私はまたまたふと思いつき、山口県の自在会メンバーの写真を1人1人写してアルバムを作り、池田先生にお届けしました。
先生にみんなを祈ってもらいたいと、楽しい気持ちで県内を1人で30人を撮って回りました。
アルバムを抱えて本部へ、その時に初めてちよさんや菊川さんに生で会いました。
これがきっかけで20年間途絶えていた山口自在会の活動が再開でき、毎年会合を開き、池田先生からも長文のメッセージをいただくことができました。

ところが嬉しい出来事の直後、先ほど話した動けなくなる症状が、大変にひどくなり48歳で初めて心療内科に行きました。
うつ病の親戚の気分変調症とのことで薬が処方されましたが ほとんど効果がなく、そのうちひどい不安症状が起こり何度も耐え難く家中をぐるぐる回って、耐え切れない苦しさに、「ご本尊さま折伏しますから助けてください!」と題目を必死で唱えました。
その時に 生まれて初めて未入会の母がお題目をあげてくれました。
その功徳で 薬が変り、強い不安は消えていきました。
けれど生活に大きな支障をきたすほどの動けない症状がずっと続きました。
いい時と悪い時を繰り返しました。
いい時にはいそいそと、悪い時にもどうにかこうにか学会活動しました。
そうしながら希望になる御書をひらがな御書のホームページに探しながらたくさん読む事ができました。
具合が悪いと頭がすごくもやもや苦しくてお題目があげられません。
びくともしない大確信のちよさんがお題目を携帯ごしに一緒にあげてくれました。
「題目しかないよ!」と強く引っ張ってくれました。
ずうっとずうっと毎日毎日一緒に朝の勤行をしてくれています。
私はこの症状を治すために、いろいろ試してみました。
抗うつ剤や安定剤、ハリやマッサージ、漢方薬に食事療法。
調子がいい時悪い時があるけれど、題目や学会活動のおかげなのか、それとも薬などが効いたのか…
どっちなんだろう?と
本音は揺れていました。
だけど結局どうしても、薬も漢方薬もなにもかもちっとも効かない。
やっぱり動けない。もうどうしようもない。
心から「題目以外にはない!」と腹を決めたのが今年の3月3日でした。
毎日3時間あげると決めました。
あげているとよけいにものすごく具合が悪くなりました。
怖くなって支部婦人部長に電話しました。
「絶対に大丈夫だから!ここを乗り越えよう!」と励ましてくれました。
あげてもあげても元気が出ないどころか5時間あげ終わった時点で最悪に気持ちが落ち込んでしまいました。
つらくてまた別の婦人部長に電話しました。
「千早さんの場合は無理に何時間とか決めないで短時間でもいいから気が済むまであげたらいいよ」と励ましてくれました。
「そうか、気が済むまであげればいいんだ…
じゃあもう少し気が済むまであげよう」と思いました
7時間 夜中まであげました
そうしたら 最後には すうっと楽になってしまいました。
ああ やっぱり一番の薬は題目なんだ。題目が一番よく効くんだと確信することができました。
もう題目しかないと決めた3月3日、その日は奇しくもひらがな御書の目標収録数の
310編目を入れおえた日でした。
あれからとても調子が良い日が続いています。
みんなと御書を共有したいと始めたひらがな御書の功徳で、私は題目のすごさを教えてもらえたと感じました。
御書に、「魔による病」と 「宿業による病」はこの信心でなければ治らないとありました。
実感できました。
今月は10時間唱題を2回することができました。
とにかく書ききれないんです。
もっといろんな事をしました!
いろんな人に会いました!
いろんな所へ行きました!
たくさん話しました!
いろんな功徳をいただきました!
今日は東京の自在会の会合にも参加することができました。

魔は一遍やっつけたらもう出て来ないと思っていたけれど、そうじゃない。
信心油断したら即座に出てきてやられてしまう。
もうやられてたまるか!と思います。
同志に守りに守られて、何て私は幸せなんだろうと思います。
何とかあきらめず、折伏していきたいです。
どうもありがとうございました。」

原稿もいいけど やっぱり生の話がいい!
動けないときは 押入れを開けるのに30分かかったとか
みんな 感動してましたよ

そして 電話の向こう
広宣流布の為 湯水のごとくお金を使える境涯になりたい
息子の就職が決まった など 嬉しい報告も

あっという間の1時間でした

本当は 日曜日 仕事だけど 次の日と代わっていただいた
いい職場で いい人に囲まれて 幸せ‼️
感謝\(^-^)/

# by tomotiyoo | 2019-10-31 00:00 | Comments(17)