人気ブログランキング |

ご挨拶

真実を語る(真実が知りたい)について

私がこのブログを始めたきっかけは、いじめについて、日ごろ考えていたからです。
「いじめを許さないことも平和の戦いである。
差別を許さないことも平和の戦いである。
嘘の悪口を許さないことも 平和の戦いである。」
と語る 池田名誉会長。
黙っていたらいけないと思った。
平和とは、勝ちとるものだ。
見てみぬフリをするのが、一番卑怯だ。
沈黙は金ではない 語っていくんだ。

※投稿された内容は、記事にして お答えする場合もございます。
いたずらと思われるコメントについては、削除させて頂きます。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ

# by tomotiyoo | 2019-11-20 00:00 | ご挨拶

雨のせいか

起きたら外は真っ暗で 今 少し 明るくなって来ました
台風の影響 まだまだ 心配ですね
心配するなら お題目‼️
私達は これを 合言葉にしていきませんか?

心配性が 大きくなると パニックを引き起こしたりの 原因にもなりかねないと思うのです(^.^)

私達は お題目根本で 進みましょうね🎵

# by tomotiyoo | 2019-10-19 06:17 | Comments(8)

民音の会合で聞いた 鼓笛隊の話

去年の11月 民音担当者会で聞いた体験です

『私は 江東区出身で、結婚と同時に、墨田区に来ました。
去年 自ら願い出て、民音の地区責任者になり 丁度1年が経ちました。
私はその時、申し込みゼロの月が無いようにすると、心に決めました。
そして、この1年、地区の皆さんのおかげで、毎月申し込みがあり、感謝です。
私自身も 毎月真っ先に 民音マンスリーガイドを見る事が出来て 幸せです。

私は 音楽か大好きです。
始めて 鼓笛隊の演奏を聴いて以来、ずっと鼓笛隊に入りたいと思っていました。
楽器はドラムです。

私にとって、昭和36年11月 三ツ沢グランドで行われた第9回 女子部総会が初舞台でした。
入隊して2年後 昭和38年10月18日に、民音が創立されました。
文京公会堂で行われた、創立記念コンサートに、私も鼓笛隊アンサンブルメンバーとして 参加しました。
先日 家の中から、そのプログラムが出てきました。

f0304463_10134157.jpg

f0304463_12293622.jpg
                  ↑
        石井好子さん 古賀政男さん


f0304463_12301669.jpg

               ↑
         服部良一さん

(1963年にこの方々の 励ましの言葉が載っているとは驚き)

「昭和44年7月25日から1週間 第1回鼓笛隊海外演奏では、144名ジェット機をチャーターし 
当時の女子部長 八矢女子部長と共に 創価学会 全米総会に参加。
鼓笛隊は、オレンジの地に 金糸で亀甲と 菊の模様の 西陣織のユニフォーム。
そして 白いブーツと、白の山高帽、その上に ダチョウの羽をつけたので 小柄な日本人でも 背丈では 負けませんでした。

f0304463_12230369.jpg

ロスアンゼルス、サンタモニカオーシャン通りでは、右手に真っ青な太平洋の大海原、左手にビル群。
そのビルの窓から 手を振る人々、
特色のある州ごとのフロート山車が連なり、沿道の5万人の観衆の中、代表2000人がパレードしました。
パレード終了後、一人の男性がやってきて
「昭和44年と言えば、まだまだ日本人ということで 苦しいことばかりでした。
でも 今日のパレードを見て 勇気が湧きました 有り難う」と言ってたと部長から聞きました。
パレードの 終点は 5000人収容のシュライン公会堂
鼓笛隊は2階中央の席
会場は 全米から集った同志で沸き返っていました。
舞台に富士山をかたどった山がつくってあり その頂上で、私はアメリカ鼓笛隊メンバーと友好のメジャー交換をしました。
新・人間革命14巻「使命」の章に、その通りの模様を挿絵入りで池田先生が書いてくださっています。

昭和46年5月2日3日 
日本武道館に 全国から代表が集い 鼓笛祭が行われました。
フィナーレでは 世界広布の歌を演奏しながら


↑ 

(「世界広布の歌」を知らない人へ)

メンバー全員が整列するまで、背丈ほどの台の上で 私はメジャーを振り続けました。
信心反対だった父が 周りの人に あれは 私の娘ですと 誇らしげに語っていたと 母から聞きました。
鼓笛隊を通して父が 信心を理解してくれたとを 心から感謝しています。
私にとって青春時代、鼓笛隊で学ばせていただいたことが 何よりの宝であり、楽しい歴史です。
鼓笛隊卒業後は 民音の友好活動に 活用しています。

最後に 池田先生の随筆 
「音楽の喜び」の中の一節を紹介します
「地球上から争いを抹殺するためには 音楽こそそれに耐え得る有効な手段の一つとして脚光を浴びなければならぬ宿命にあるものと言ってよい」
と ありました。
音楽は 素晴らしい力をを持っています。
今日も 楽しく朗らかに 私らしく 友を励ます師弟誓願の大行進をしてまいります。』

ランさん さくらさんの先輩だね(^^♪

図々しい私のお願いを 快く受けてくださり 原稿などのコピーは 民音の方にしていただいた
私は 民音の担当者をしていなかったら 一生このような素晴らしい人が墨田区にいることを 知らずに終わっていた
出愛いに 感謝!



# by tomotiyoo | 2019-10-18 00:00 | Comments(2)

テレビの ご案内 (変更あり)

10/17(木)19時から中居君MCの
野球ドラフト候補の特番で創大の選手が紹介されます。

支えてくれたお母様やご兄弟の話が📺再現ドラマに!
**************************
ドラフト候補右腕 創価大・望月、亡き父と支えてくれた母へ「恩返し」プロへの強い思い(スポニチアネックス)
取り急ぎ

※ 地域によっては どうなんでしょうね?
分かることがあったら 教えてね

# by tomotiyoo | 2019-10-15 06:29 | Comments(6)

千早さんの勝利‼️

「おはよう、できたよ~
集中してすごく祈れたかと言うとそんなことはなく、いつも私のお題目はぼおっとしてたりうろうろ困ってたりしてそこまですごく祈りに祈ったとかじゃあないんだけど、そんな題目で時間ばっかりかかって10時間もして、そんな事に意味があるのか…
今回も7時間くらいあげたところでもうやめようかとも思ったんだけど、でも魔だなあと思ってとにかくやろうと思いました。
やっぱり0時までかかりました。
2011年に発心して、同時に悲しいことがあり、それでがんばろうと その時何度も10時間唱題をしていたら、ひらがな御書の菊川さんのブログにたどりつきました。
その後も何度も10時間、7時間、あげました。
Iさんにがんばっているのを命で知らせたくて一生懸命信心がんばろうと思ってしていました。
池田先生と師弟の命でがんばっている人がうらやましく、ステキだなあと思って、私も全然だめだけど何とかどうにかそうなりたいと祈り行動しました。
具合がすごく悪い時には折伏しますから助けてくださいとご本尊様に心からお題目をあげました。
そんなことも考えられないくらい具合が悪い時も転がって動けない時もお題目をあげて、ちよさんから引っ張ってもらってお題目あげて、毎朝のお題目、毎朝毎朝、これはすごい威力ですね。
とにかく書ききれません。
もうもう恥じもがいぶんもない、他の方法は何にもない、題目以外に助かる道はないとお題目をあげたら叶う。
池田先生と呼吸が合っている人はすごい、だから私もそうでないからそうなりたいと、ご祈念文のところはいつもあれこれはめんどくさいので一つだけ、「先生と合致できますように!」でもそれはほんの少しずつ効いてきたように思います。
まだまだとんでもなくほど遠いけど、でも、とどのつまり、人のことを命の底から祈れるようになること、池田先生の事、この信心のすごさがたくさんたくさんわかること、これが今生の一番の功徳だと、他の事は枝葉だと、一番できないことだから それが功徳だと思うようになりました。
10時間唱題には功徳があると思うから、私は来週もします。
今叶えたいことがたくさんあるから。
めちゃ楽しいバレーボールのようにバンッバンッと打ち返す、辛かったらみえを捨てて正直に相談する。」

私の事を 鉄の蝿叩きで バシッバシッと叩くと 言ってたけど 叩いてよかった🎵

諦めなければ 必ず 本物になるるのです(^.^)
すっかり 追い越された\(^-^)/

※千早さんのブログは ログインできなくなってしまったようで とりあえず 私のブログを使ってもらおうと思ってます
千早さんの 読者の方 ご了承下さい

# by tomotiyoo | 2019-10-14 09:41 | Comments(0)

「創価学会を語る」 佐藤優 松岡幹夫

佐藤優さんは 同志社大学大学院神学研究科終了後 外務省に入省
2002年逮捕
2009年執行猶予付有罪確定
2013年執行猶予満了

敬虔なキリスト信者で 作家

松岡幹夫さん
1986年 日蓮しょうしゅう(正しい宗教でないので 変換できない(笑))大石寺で得度し僧侶に

1992年 大石寺を離れ青年僧侶改革同盟を結成


佐藤さんは「国策捜査」によって512日間拘留
松岡さんは、根拠もなく(私の推測では 創大卒が根拠かな?)「学会のスパイ」と見なされ、寺の中で監視される生活
宗派離脱するまで約450日間続いた
牧口先生が逮捕された伊豆の下田で対談を終えたあと 宗門事件の現場も見てもらおうと大石寺の周辺を見学
佐藤さんは「まるで 東京拘置所みたいですね」と
松岡さんは 殴られて寺を出てきた(笑)
「松岡さんはちゃんと朝晩、勤行していますね。
顔を見ればわかります」と 佐藤さん
互いに信仰は違うけれども、宗教の論理で物事の本質を見抜いていく点では完全に一致した。と

佐藤さんは トインビー コスイギン ゴルバチョフ との対談についても よくご存じであるである


冷戦期の中ソへ

写真 ソ連・コスイギン首相と会談する池田大作名誉会長
ソ連・コスイギン首相と会談する池田先生

原水爆禁止宣言からちょうど11年目の昭和43年(1968年)9月8日。池田大作先生(当時会長)は、中国との国交正常化の早期実現を訴える「日中提言」を行なった。提言は、日中の未来を憂慮していた心ある人々の間に大きな反響を広げる。国交正常化は、昭和47年(1972年)の日中共同声明によって実現をみた。
昭和49年(1974年)9月、池田先生はソビエト連邦(当時)を初訪問。冷戦のさなかの訪問を決意させたのは、中ソ間の緊張による戦争への懸念だった。「宗教否定の国に、どうして宗教家が行くのだ」という批判に池田先生は「そこに人間がいるからです」と答えた。
ソ連・コスイギン首相との会見に臨んだ池田先生は、単刀直入に聞いた。「ソ連は中国を攻めるつもりはあるのですか」
一民間人からの思いもかけぬ言葉に、コスイギン首相も率直に答えた。「中国を攻めるつもりも、孤立化させるつもりもありません」
同年12月、コスイギン首相の言葉を携え、池田先生は訪中。この時、重い病の床にあった首相・周恩来が池田先生との会見を強く希望した。周総理は、日中友好と世界の平和を池田先生に託す。「あなたが若いからこそ、大事につきあいたいのです」
国家や思想の違いを超え、平和へのバトンが手渡されたのである。






今日は ここまで(^.^)

# by tomotiyoo | 2019-10-14 00:00 | Comments(5)

佐藤優さんの講演に行って来た

入り口で 佐藤優さんの姿を見つけた私は 思わず 佐藤さんに向かって 手を振ってしまった
彼は 気づいて 会釈をしてくれた

講演会の司会は 松岡幹夫さん
講演の内容は
お二人の対談集
「創価学会を語る」
を読めば大体分かる

また 機会が あったら 紹介するとして
ある本が 私が佐藤さんに興味をもつきっかけになり 以前ブログで紹介させていただいたので
載せておこう


# by tomotiyoo | 2019-10-12 00:00 | Comments(4)