母のノートより
by tomotiyoo | 2017-01-06 00:00 | Comments(12)
恩師「大聖人に還れ!」
ここに創価の万年の道。
(2000年7月31日付『聖教新聞』寸鉄)
よかったやんかな~、ちよさん\(^o^)/
このノート 体験がいっぱい書いてある
押上の時 うちには 通信カラオケがあったのね
当時 学生部が 9時から11時ごろまで うちで会合をしてたのよ
出入りは多いし 夜も遅いでしょ
おばあちゃんは(母)近所の人が 奇異に思うのを心配して
うちのカラオケに 近所の人を誘うわけだ
月に1回ぐらいやってたかな?
その時の様子が 書いてあったよ
引っ越して 友達を作りたいって 祈ったって・・・
亡くなられた方もいるけど 明日 焼場まで 2人の人が来てくれる
おばあちゃんも 何かあると まず 祈る人だった
ノートや スクラップ 少しづつ ブログに載せていこうと思う
今 やっと 尊敬する人は と聞かれたら 「母です」って 胸を張って言えるようになった
立派な 生涯でした
私も 顔晴る!
早くリベンジしないとね(笑)
今度は 前より もっともっと健康になって 参加だね(^^♪
母のもとには 原田会長から
「広宣流布大誓堂に永く留めて顕彰し 追善回向させて頂くこととなりましたのでお知らせいたします」って・・・
大誓堂で 母に会って来てね~!
「一日のスタートは 清々しい挨拶から!
張りのある声と さわやかな笑顔で
社会の信頼の灯台に!」
ゴミ捨てで 挨拶してきました\(^o^)/
今は そんな事しかできないけど まずは できることからだよね
今日からまた ここでも 挨拶していきますよ
よろしくね(o^―^o)ニコ
教えていただければ、同じ時間に、私も通善のお題目をさせていただきたいのですが、お許しいただけますでしょうか?
頼むね~(o^―^o)ニコ
きっと「生死」共に「妙法」に包まれての旅立ちであると思います。
「死」という方便の姿を現じ、また再び清らかな生命でこの宇宙のどこかの星に生まれてくると説かれます。またお亡くなりになっても、心の中に終生、ご両親は生き続けておられることと思います。
私も父が60代で逝ったのですが、いまだに日々の追善で、会話をするように思います。家族ほど深い絆、眷属はありませんね。またきっと来世も御両親はちよさんの元へと帰ってこられることでしょう。親はどこまでも子供を見放さないものだと、私も人の親になって感じるようになりました。
ちなみに私の母は93歳、年々、力が弱っていきますので、「死」ということも折々に意識するようになってきました。
親孝行もさほどできなかった私ですが、この信心を果たしぬいて、せめてもの報恩になればと励む思いです。
あら~ お母さん 93歳でしたか
大事にしてくださいね
うちは ちょっと変わっているかもしれませんが それでも 最期は 幸せだったと思います
信心って 凄いよね
一家和楽の信心 大切ですね
私も これからです