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ちーちゃんが 最近感謝でいっぱいなんです と言うので

2015年の話です
  ↓

「感謝」から「幸福」が


「 ありがとうは〈奇跡の言葉〉である。口に出せば、元気が出る。
耳に入れば、勇気がわく。
 私自身、毎日、朝から晩まで「ありがとう」「ありがとう」と言い続けている。
 外国に行った時も、「ありがとう」の言葉だけは現地の言葉で伝えることにしている。
「サンキュー」「メルシー」「ダンケ」「グラシアス」「スパシーバ」「謝謝(シェシェ)」。
それを、心を込めて、きちっと相手の目を見て言っているつもりである。
 「ありがとう」を言うとき、聞くとき、人は心のよろいを脱ぎ捨てる。
人と人とが深いところで通い合える。
 「ありがとう」が非暴力の真髄なのである。
 「ありがとう」の中には、相手への敬意がある。謙虚さがある。
人生に対する大いなる肯定がある。前向きの楽観主義がある。強さがある。「ありがとう」と素直に言える心は健康である。
だから「ありがとう」を言うたびに、あなたの心は光ってくる。
体にも生命力がわく。
 サンティアゴ博士が師匠に捧げる感謝の熱さに、私は感銘した。
 自分が、どんなにたくさんの人やものに支えられて生きているか――
ありがたいと思う、その自覚が、感激が、その喜びが、さらに幸せを呼ぶ。
 〈幸せだから感謝する〉以上に〈感謝するから幸せになる〉のである。
 「祈り」も感謝しながらの祈りこそが、最も大宇宙のリズムと合致し、人生を好転させていく。
 「ありがとう」と言えない時、人の成長は止まっている、成長している時、人は他人のすごさが見えるからだ。
成長が止まると、人の欠点ばかりが目につくからだ。
 家庭でも「こうあってほしい」「こうあるべきだ」と、自分の思い通りの妻や子供に変えようとしないで、まず「ありがとう」と言ってはどうだろう。
 ある婦人は晩年、病んで、家族の名前さえ思い出せなくなった。
しかし、医師が「人生で一番幸せだったのはいつ?」と聞くと、はっきり答えた。「娘が生まれた時です……うれしかった!」。
それを聞いた娘さんの眼から、涙がどっと、ほとばしった。
 「ありがとう、お母さん。その一言で十分です」
 そして自分の子供をいつも叱ってばかりいたことを反省した。
「そうだ、この子が生まれた時、生まれてくれたことだけで私は幸せだった!」
 それなのに、いつか自分の中の「理想の子ども」に、この子を合わせようとしていた。
百点の理想像と比べての減点主義。
いつも「ここが足りない。あれがもうちょっと」「どうして、こんなことができないの!」。
 そんなお母さんだったのに、子どもは一生懸命、こたえようとしてくれた。
優しくしてくれた。
ありがとう。
本当は、あなたが生きていてくれるだけで、お母さんは幸せ。
あなたはそこにいるだけで、お母さんを幸せにしてくれている
ありがとう。
 ――彼女は新しい目で子どもを見た。
すると「ありがとう」「うれしい」の材料には、こと欠かなかった。
 朝、ぎりぎりだけど起こせば起きる。
それが実は「すごいことなんだ」と感動した。
ご飯も好ききらいはあるけれど、成績も良いとは言えないけれど、「今日も学校に行ってくれて、ありがとう」「今日も笑顔を、ありがとう」。
 何もなくても「いつも、ありがとう」。
「無事の一日」にありがとう。
「当たり前」を「当たり前」と思う心は傲慢だと気がついたのである。
 病を宣告されてはじめて、今まで健康を「当たり前」と思い、少しも感謝していなかったと気づいた人もいる。
 だからたまには、しっかりと目を見て「お父さん、いつもありがとう」と言ってみてはどうだろう。
お父さんも黙って食べていないで、奥さんに「いつも、ありがとう」と言ってみてはどうだろう。
照れくさくても言ってみれば、そこから何かが変わっていく。」

※今回は 牙の大河さんから コピペさせていただきました
ありがとう
そして いつもお題目を送ってくださる皆さん
ブログを読んでくださる皆さん ありがとう


by tomotiyoo | 2017-10-02 16:07 | Comments(2)

Commented by chiekohime7230 at 2017-10-02 16:29
周りの方の支えに本当に感謝するばかりです(^-^)
ちよさんの風邪が早く良くなりますように!!
Commented by tomotiyoo at 2017-10-02 17:36
chiekohime7230さん (人''▽`)ありがとう☆
感謝 大事ですね(^^♪