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民音の会合で聞いた 鼓笛隊の話

去年の11月 民音担当者会で聞いた体験です

『私は 江東区出身で、結婚と同時に、墨田区に来ました。
去年 自ら願い出て、民音の地区責任者になり 丁度1年が経ちました。
私はその時、申し込みゼロの月が無いようにすると、心に決めました。
そして、この1年、地区の皆さんのおかげで、毎月申し込みがあり、感謝です。
私自身も 毎月真っ先に 民音マンスリーガイドを見る事が出来て 幸せです。

私は 音楽か大好きです。
始めて 鼓笛隊の演奏を聴いて以来、ずっと鼓笛隊に入りたいと思っていました。
楽器はドラムです。

私にとって、昭和36年11月 三ツ沢グランドで行われた第9回 女子部総会が初舞台でした。
入隊して2年後 昭和38年10月18日に、民音が創立されました。
文京公会堂で行われた、創立記念コンサートに、私も鼓笛隊アンサンブルメンバーとして 参加しました。
先日 家の中から、そのプログラムが出てきました。

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                  ↑
        石井好子さん 古賀政男さん


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               ↑
         服部良一さん

(1963年にこの方々の 励ましの言葉が載っているとは驚き)

「昭和44年7月25日から1週間 第1回鼓笛隊海外演奏では、144名ジェット機をチャーターし 
当時の女子部長 八矢女子部長と共に 創価学会 全米総会に参加。
鼓笛隊は、オレンジの地に 金糸で亀甲と 菊の模様の 西陣織のユニフォーム。
そして 白いブーツと、白の山高帽、その上に ダチョウの羽をつけたので 小柄な日本人でも 背丈では 負けませんでした。

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ロスアンゼルス、サンタモニカオーシャン通りでは、右手に真っ青な太平洋の大海原、左手にビル群。
そのビルの窓から 手を振る人々、
特色のある州ごとのフロート山車が連なり、沿道の5万人の観衆の中、代表2000人がパレードしました。
パレード終了後、一人の男性がやってきて
「昭和44年と言えば、まだまだ日本人ということで 苦しいことばかりでした。
でも 今日のパレードを見て 勇気が湧きました 有り難う」と言ってたと部長から聞きました。
パレードの 終点は 5000人収容のシュライン公会堂
鼓笛隊は2階中央の席
会場は 全米から集った同志で沸き返っていました。
舞台に富士山をかたどった山がつくってあり その頂上で、私はアメリカ鼓笛隊メンバーと友好のメジャー交換をしました。
新・人間革命14巻「使命」の章に、その通りの模様を挿絵入りで池田先生が書いてくださっています。

昭和46年5月2日3日 
日本武道館に 全国から代表が集い 鼓笛祭が行われました。
フィナーレでは 世界広布の歌を演奏しながら


↑ 

(「世界広布の歌」を知らない人へ)

メンバー全員が整列するまで、背丈ほどの台の上で 私はメジャーを振り続けました。
信心反対だった父が 周りの人に あれは 私の娘ですと 誇らしげに語っていたと 母から聞きました。
鼓笛隊を通して父が 信心を理解してくれたとを 心から感謝しています。
私にとって青春時代、鼓笛隊で学ばせていただいたことが 何よりの宝であり、楽しい歴史です。
鼓笛隊卒業後は 民音の友好活動に 活用しています。

最後に 池田先生の随筆 
「音楽の喜び」の中の一節を紹介します
「地球上から争いを抹殺するためには 音楽こそそれに耐え得る有効な手段の一つとして脚光を浴びなければならぬ宿命にあるものと言ってよい」
と ありました。
音楽は 素晴らしい力をを持っています。
今日も 楽しく朗らかに 私らしく 友を励ます師弟誓願の大行進をしてまいります。』

ランさん さくらさんの先輩だね(^^♪

図々しい私のお願いを 快く受けてくださり 原稿などのコピーは 民音の方にしていただいた
私は 民音の担当者をしていなかったら 一生このような素晴らしい人が墨田区にいることを 知らずに終わっていた
出愛いに 感謝!



by tomotiyoo | 2019-10-18 00:00 | Comments(2)

Commented by tomotiyoo at 2019-10-18 06:31
おはようございます

今日は 民音創立記念日
おめでとうございます
オルゴールも 一面に 載ってますね

はじめます
南無妙法蓮華経
Commented by 赤鬼の仏壇 at 2019-10-18 13:22 x
皆さん、今夜は座談会ですよ。
こぞって参加しましょう。