人気ブログランキング |

<   2019年 10月 ( 16 )   > この月の画像一覧

27日夜は ②

ルルさんとWちゃん
かっこちゃんと Tちゃん
メーちゃんと Tさん
おりがみさんとちーちゃん
ヒデさんと バカボンパパ
ヒデさんは 諸事情で カラオケボックスからの参加(笑)
法華美人さんと まりちゃん
あいちゃんと 千早さん
花さんと 私 とで 電話を繋げ
Kさん夫妻 お隣さん お嬢
みかんさんと えいちゃんと 赤鬼さんは 御書学に!(^^)!

こちらは 13人
最後に来てくれたSさんも人の多さにびっくり
一斉に 電話をかけ まるで コールセンターの様(笑)

Sさんの導師で勤行

待ちに待った千早さんの体験発表です

家族の中で私だけ、二十歳の頃に信心につくことができました。
当時 両親と姉と私の4人家族、母はがんばり屋の優しい親でしたが、父は酒乱で競艇パチンコです。
飲んで賭け事で負けては機嫌を悪くして、暴言暴力で家族に当たっていました。
私は小さい頃から気が弱く、視力も弱く、幼稚園の頃にはいじめられて登園拒否を起こしたりしていました。
それでも度近眼のメガネをかけて、一番前に座れば黒板が見えて、近づければノートも教科書も見えていました。
高度近視と言われていましたが、だんだん視力が落ちて近くも見えない、あまりに見えなくなったので高校生の頃に総合病院でよく調べると、網膜色素変性症という失明する難病でした。
母はとてもショックだったそうですが、なぜか私自身は平気であり反対に納得しました。
普通の高校から盲学校の後頭部に編入しました。
5人のクラスでした。
元から友達作りが苦手な私は、言い人ばかりのそのクラスメイトと溶け込めずに、孤立状態になってしまいました。
休み時間はいつも机に伏せてばかりの異常な状態です。
誰も私を苛めたりしない、言い人ばかりの中で人間関係を作れない自分は劣った人間なんだと強く思いました。
どこに逃げても一生誰とも仲良くなれない、真っ暗に絶望してしまいました。
死んでしまいたい、でも死ぬ事もできないとどろどろになっていた時に折伏されました。
「暗い人も明るくなれるよ。祈りとして叶わざるなしのご本尊よ。諸天善神が守ってくれるよ。」
毎日生きるか死ぬかの思いで声が枯れるくらいお題目を一生懸命にあげました。
1時間、最初は自分の事ばかり祈るけれど、気づくとクラスの人の幸せを祈っています。
私 人間好きになったような気がする。と最初の驚きです。

はりきゅうマッサージの科に進み、13人のクラス、教室に1人だけ残ってるクラスメイトを捕まえては、1人ずつ全員「創価学会って知ってる?」と足ぶるぶる心臓バコバコで仏法対話をしました。
その度に教室に戻って来たクラスメイト達が私を混ぜて楽しく話をしてくれるんです
すごいすごいと私は確信を深めました。
足を引きずって通っていた盲学校に元気一杯行けるようになりました。
免許を取り、一番苦手とする人間相手の仕事、はりマッサージの治療院を自宅で1人で開業する勇気が出ました。
今では大好きな仕事となりました。
勇気で頼んだFのおかげでみんな友達になりました。
人を避けていた私が、勇気を出して人の中へと積極的になりました。
結婚した姉一家も私の諸天善神として同居になりました。
家も建てることができました。

酒飲みの父は67歳で肝臓がんで亡くなりましたが、痛みもなく最後には胸中唱題してくれました。
盲導犬も持つ事ができました。
活動の思い出と功徳の花ですが、一つ、22歳で開業して間もなくある症状が出始めました。
異常なほどの何もしたくないできない状態です。
1ヶ月くらい続いたらまた普通に動けるの繰り返しです。
私は怠けているんだろうか?それにしては大変に苦しく困って どうして動けなくなるんだろうと悩んでいました。
それがずうっと繰り返し続いたんです。
44歳、平成21年に点字の唱題表が1000万遍になりました。
その頃はだんだん信心が不完全燃焼の惰性になって抜け出せずに悩んでいましたが、信心のある先輩に巡り会い、その姿に感動して発心することができました。
池田先生にもお手紙を書いてしまいました。
ラジオで新・人間革命を聞き始めたら奇しくも自在会のことが出てくる19巻の「宝塔」の章でした。
山口県の自在会の活動は昔は盛んでしたが20年も途絶えてしまっていました。
ラジオを聞いた事で、懐かしくなり、連絡先を調べまくってメンバーに電話をし近況を聞いたりしました。
お題目も10時間唱題を何度もしてみました。
その功徳だと思いますが、創価の森の小さな家というブログを偶然見つけました。
茨城県の菊川さんという方が書いていて、初めて読んだブログ記事が、「御書全編拝読3回達成しました!」というすごいもの。
私も全編拝読をしてみたいと昔から思っていましたが、見えないんだから無理だとあきらめていました。
ソウカネットの中の御書も漢字の読みが難しく、私のパソコンの音声が読み間違えて意味不明になるし。
けれどそのうちブログにコメントを入れてきた婦人部さんも2回達成したそうで、しかもその地区の目の見えない壮年部さんが御書を点字で書き写して講義をしていると知り驚きました。
私もどうにかして読みたいと思うようになりました。
問い合わせると、聖教新聞社も本部も点字の御書作成予定はないと言います。
ふと思いつきました。
御書をひらがなで書いてネットに載せれば読み間違いなく、しかもパソコンが使える日本中の自在会メンバーが読めるよねと。
1行でも無いよりましだとブログを作ってみました。
そして創価の森の菊川さんにコメントでアドバイスを相談してみました。
そうしたら驚いたことに「見えないあなたの変わりに私が10年かけて作成しましょう」と返ってきたではないですか。
感動で それから何度も話し合いを重ねてひらがな御書が開始されました。
途方もない根気の作業。
そのうちネット上の見ず知らずの方々がお手伝いをしてくださるようになり、Sさんまでが確実な読みをチェックしてくださるというすごい事になってしまいました。
そのさなか、大誓堂のできる年、私はまたまたふと思いつき、山口県の自在会メンバーの写真を1人1人写してアルバムを作り、池田先生にお届けしました。
先生にみんなを祈ってもらいたいと、楽しい気持ちで県内を1人で30人を撮って回りました。
アルバムを抱えて本部へ、その時に初めてちよさんや菊川さんに生で会いました。
これがきっかけで20年間途絶えていた山口自在会の活動が再開でき、毎年会合を開き、池田先生からも長文のメッセージをいただくことができました。

ところが嬉しい出来事の直後、先ほど話した動けなくなる症状が、大変にひどくなり48歳で初めて心療内科に行きました。
うつ病の親戚の気分変調症とのことで薬が処方されましたが ほとんど効果がなく、そのうちひどい不安症状が起こり何度も耐え難く家中をぐるぐる回って、耐え切れない苦しさに、「ご本尊さま折伏しますから助けてください!」と題目を必死で唱えました。
その時に 生まれて初めて未入会の母がお題目をあげてくれました。
その功徳で 薬が変り、強い不安は消えていきました。
けれど生活に大きな支障をきたすほどの動けない症状がずっと続きました。
いい時と悪い時を繰り返しました。
いい時にはいそいそと、悪い時にもどうにかこうにか学会活動しました。
そうしながら希望になる御書をひらがな御書のホームページに探しながらたくさん読む事ができました。
具合が悪いと頭がすごくもやもや苦しくてお題目があげられません。
びくともしない大確信のちよさんがお題目を携帯ごしに一緒にあげてくれました。
「題目しかないよ!」と強く引っ張ってくれました。
ずうっとずうっと毎日毎日一緒に朝の勤行をしてくれています。
私はこの症状を治すために、いろいろ試してみました。
抗うつ剤や安定剤、ハリやマッサージ、漢方薬に食事療法。
調子がいい時悪い時があるけれど、題目や学会活動のおかげなのか、それとも薬などが効いたのか…
どっちなんだろう?と
本音は揺れていました。
だけど結局どうしても、薬も漢方薬もなにもかもちっとも効かない。
やっぱり動けない。もうどうしようもない。
心から「題目以外にはない!」と腹を決めたのが今年の3月3日でした。
毎日3時間あげると決めました。
あげているとよけいにものすごく具合が悪くなりました。
怖くなって支部婦人部長に電話しました。
「絶対に大丈夫だから!ここを乗り越えよう!」と励ましてくれました。
あげてもあげても元気が出ないどころか5時間あげ終わった時点で最悪に気持ちが落ち込んでしまいました。
つらくてまた別の婦人部長に電話しました。
「千早さんの場合は無理に何時間とか決めないで短時間でもいいから気が済むまであげたらいいよ」と励ましてくれました。
「そうか、気が済むまであげればいいんだ…
じゃあもう少し気が済むまであげよう」と思いました
7時間 夜中まであげました
そうしたら 最後には すうっと楽になってしまいました。
ああ やっぱり一番の薬は題目なんだ。題目が一番よく効くんだと確信することができました。
もう題目しかないと決めた3月3日、その日は奇しくもひらがな御書の目標収録数の
310編目を入れおえた日でした。
あれからとても調子が良い日が続いています。
みんなと御書を共有したいと始めたひらがな御書の功徳で、私は題目のすごさを教えてもらえたと感じました。
御書に、「魔による病」と 「宿業による病」はこの信心でなければ治らないとありました。
実感できました。
今月は10時間唱題を2回することができました。
とにかく書ききれないんです。
もっといろんな事をしました!
いろんな人に会いました!
いろんな所へ行きました!
たくさん話しました!
いろんな功徳をいただきました!
今日は東京の自在会の会合にも参加することができました。

魔は一遍やっつけたらもう出て来ないと思っていたけれど、そうじゃない。
信心油断したら即座に出てきてやられてしまう。
もうやられてたまるか!と思います。
同志に守りに守られて、何て私は幸せなんだろうと思います。
何とかあきらめず、折伏していきたいです。
どうもありがとうございました。」

原稿もいいけど やっぱり生の話がいい!
動けないときは 押入れを開けるのに30分かかったとか
みんな 感動してましたよ

そして 電話の向こう
広宣流布の為 湯水のごとくお金を使える境涯になりたい
息子の就職が決まった など 嬉しい報告も

あっという間の1時間でした

本当は 日曜日 仕事だけど 次の日と代わっていただいた
いい職場で いい人に囲まれて 幸せ‼️
感謝\(^-^)/

by tomotiyoo | 2019-10-31 00:00 | Comments(17)

無事に

千早さんも帰宅され あっという間の2日間が終わりました
それまで 泣いたり 笑ったり 怒ったり 色々ありました
色々 あるから 面白い‼️
色々あるから お題目があがる
感謝 感動の 毎日です

まだまだ 課題は沢山あります
一つの一つ 片づけて いきたいですね
さぁ まずは 11・.18まで 元気に前進していきましょう🎵

by tomotiyoo | 2019-10-29 06:04 | Comments(3)

27日の夜は

千早さんが 我が家に来ます
電話で繋げて 座談会もどき
勤行したあと 千早さんが 体験発表してくれます
今回は 茨城県から 熊本県まで 墨田の友と繋がります(^.^)

そのあとは テレビを ご覧下さい
見れない方は 録画の準備を(^.^)
友達からLINEでいただきました

『ブラジルの「アマゾン創価研究所」の活動を取り上げた番組
「森はよみがえる アマゾン熱帯雨林を守れ」が、
10月27日(日)午後8時から、
TOKYOMX(地上波9チャンネル)で約30分間放送されます。

森林破壊が進むアマゾンで、同研究所が植林や種子の保存、
環境教育を進めてきた事実を伝える内容となっており、
池田先生とアマゾン開発について意見を交わした
ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁の出会いも紹介されます。

地上波9チャンネルで視聴できるほか、スマホ向けアプリ「エムキャス」を
ダウンロードするか、ウェブサイト「エムキャス」https://mcas.jp/を開けば、
全国で視聴可能。
また放送終了後から11月3日(日)まで、
同サイトと同アプリの「VOD・見逃し配信一覧」から視聴できます。』

グループLINEで 知らせたら 見れないところもあると・・・
すると 別の友人が

『TOKYO MXは放送している番組全てではありませんが、YouTubeに公式に動画を流しています。
http://jp.youtube.com/tokyomx
こちらなら、YouTubeの動画でも違法と言われずにMXの番組を観ることができます。

期待しましょう🤗』と

便利な世の中になったね🎵

でも つながってないと 分からないよ(笑)

持つべきものは 友だち(*^o^)/\(^-^*)

by tomotiyoo | 2019-10-25 22:20 | Comments(21)

酒井響希君 出演






Eテレ 午後4時44分
1分間かな?
明日だね🎵

by tomotiyoo | 2019-10-24 23:32 | Comments(3)

布団が

恋しい季節になりました

昨日はあと5分と・・・

今日は スッキリ 目覚めましたよ

おはようございますの 挨拶を忘れがちて 
悪い癖というのは すぐつくもので
いい習慣をつけていきたいですね🎵

さぁ 今日も 元気に 行ってきます(^.^)

by tomotiyoo | 2019-10-23 07:38 | Comments(1)

雨のせいか

起きたら外は真っ暗で 今 少し 明るくなって来ました
台風の影響 まだまだ 心配ですね
心配するなら お題目‼️
私達は これを 合言葉にしていきませんか?

心配性が 大きくなると パニックを引き起こしたりの 原因にもなりかねないと思うのです(^.^)

私達は お題目根本で 進みましょうね🎵

by tomotiyoo | 2019-10-19 06:17 | Comments(9)

民音の会合で聞いた 鼓笛隊の話

去年の11月 民音担当者会で聞いた体験です

『私は 江東区出身で、結婚と同時に、墨田区に来ました。
去年 自ら願い出て、民音の地区責任者になり 丁度1年が経ちました。
私はその時、申し込みゼロの月が無いようにすると、心に決めました。
そして、この1年、地区の皆さんのおかげで、毎月申し込みがあり、感謝です。
私自身も 毎月真っ先に 民音マンスリーガイドを見る事が出来て 幸せです。

私は 音楽か大好きです。
始めて 鼓笛隊の演奏を聴いて以来、ずっと鼓笛隊に入りたいと思っていました。
楽器はドラムです。

私にとって、昭和36年11月 三ツ沢グランドで行われた第9回 女子部総会が初舞台でした。
入隊して2年後 昭和38年10月18日に、民音が創立されました。
文京公会堂で行われた、創立記念コンサートに、私も鼓笛隊アンサンブルメンバーとして 参加しました。
先日 家の中から、そのプログラムが出てきました。

f0304463_10134157.jpg

f0304463_12293622.jpg
                  ↑
        石井好子さん 古賀政男さん


f0304463_12301669.jpg

               ↑
         服部良一さん

(1963年にこの方々の 励ましの言葉が載っているとは驚き)

「昭和44年7月25日から1週間 第1回鼓笛隊海外演奏では、144名ジェット機をチャーターし 
当時の女子部長 八矢女子部長と共に 創価学会 全米総会に参加。
鼓笛隊は、オレンジの地に 金糸で亀甲と 菊の模様の 西陣織のユニフォーム。
そして 白いブーツと、白の山高帽、その上に ダチョウの羽をつけたので 小柄な日本人でも 背丈では 負けませんでした。

f0304463_12230369.jpg

ロスアンゼルス、サンタモニカオーシャン通りでは、右手に真っ青な太平洋の大海原、左手にビル群。
そのビルの窓から 手を振る人々、
特色のある州ごとのフロート山車が連なり、沿道の5万人の観衆の中、代表2000人がパレードしました。
パレード終了後、一人の男性がやってきて
「昭和44年と言えば、まだまだ日本人ということで 苦しいことばかりでした。
でも 今日のパレードを見て 勇気が湧きました 有り難う」と言ってたと部長から聞きました。
パレードの 終点は 5000人収容のシュライン公会堂
鼓笛隊は2階中央の席
会場は 全米から集った同志で沸き返っていました。
舞台に富士山をかたどった山がつくってあり その頂上で、私はアメリカ鼓笛隊メンバーと友好のメジャー交換をしました。
新・人間革命14巻「使命」の章に、その通りの模様を挿絵入りで池田先生が書いてくださっています。

昭和46年5月2日3日 
日本武道館に 全国から代表が集い 鼓笛祭が行われました。
フィナーレでは 世界広布の歌を演奏しながら


↑ 

(「世界広布の歌」を知らない人へ)

メンバー全員が整列するまで、背丈ほどの台の上で 私はメジャーを振り続けました。
信心反対だった父が 周りの人に あれは 私の娘ですと 誇らしげに語っていたと 母から聞きました。
鼓笛隊を通して父が 信心を理解してくれたとを 心から感謝しています。
私にとって青春時代、鼓笛隊で学ばせていただいたことが 何よりの宝であり、楽しい歴史です。
鼓笛隊卒業後は 民音の友好活動に 活用しています。

最後に 池田先生の随筆 
「音楽の喜び」の中の一節を紹介します
「地球上から争いを抹殺するためには 音楽こそそれに耐え得る有効な手段の一つとして脚光を浴びなければならぬ宿命にあるものと言ってよい」
と ありました。
音楽は 素晴らしい力をを持っています。
今日も 楽しく朗らかに 私らしく 友を励ます師弟誓願の大行進をしてまいります。』

ランさん さくらさんの先輩だね(^^♪

図々しい私のお願いを 快く受けてくださり 原稿などのコピーは 民音の方にしていただいた
私は 民音の担当者をしていなかったら 一生このような素晴らしい人が墨田区にいることを 知らずに終わっていた
出愛いに 感謝!



by tomotiyoo | 2019-10-18 00:00 | Comments(2)

テレビの ご案内 (変更あり)

10/17(木)19時から中居君MCの
野球ドラフト候補の特番で創大の選手が紹介されます。

支えてくれたお母様やご兄弟の話が📺再現ドラマに!
**************************
ドラフト候補右腕 創価大・望月、亡き父と支えてくれた母へ「恩返し」プロへの強い思い(スポニチアネックス)
取り急ぎ

※ 地域によっては どうなんでしょうね?
分かることがあったら 教えてね

by tomotiyoo | 2019-10-15 06:29 | Comments(6)

千早さんの勝利‼️

「おはよう、できたよ~
集中してすごく祈れたかと言うとそんなことはなく、いつも私のお題目はぼおっとしてたりうろうろ困ってたりしてそこまですごく祈りに祈ったとかじゃあないんだけど、そんな題目で時間ばっかりかかって10時間もして、そんな事に意味があるのか…
今回も7時間くらいあげたところでもうやめようかとも思ったんだけど、でも魔だなあと思ってとにかくやろうと思いました。
やっぱり0時までかかりました。
2011年に発心して、同時に悲しいことがあり、それでがんばろうと その時何度も10時間唱題をしていたら、ひらがな御書の菊川さんのブログにたどりつきました。
その後も何度も10時間、7時間、あげました。
Iさんにがんばっているのを命で知らせたくて一生懸命信心がんばろうと思ってしていました。
池田先生と師弟の命でがんばっている人がうらやましく、ステキだなあと思って、私も全然だめだけど何とかどうにかそうなりたいと祈り行動しました。
具合がすごく悪い時には折伏しますから助けてくださいとご本尊様に心からお題目をあげました。
そんなことも考えられないくらい具合が悪い時も転がって動けない時もお題目をあげて、ちよさんから引っ張ってもらってお題目あげて、毎朝のお題目、毎朝毎朝、これはすごい威力ですね。
とにかく書ききれません。
もうもう恥じもがいぶんもない、他の方法は何にもない、題目以外に助かる道はないとお題目をあげたら叶う。
池田先生と呼吸が合っている人はすごい、だから私もそうでないからそうなりたいと、ご祈念文のところはいつもあれこれはめんどくさいので一つだけ、「先生と合致できますように!」でもそれはほんの少しずつ効いてきたように思います。
まだまだとんでもなくほど遠いけど、でも、とどのつまり、人のことを命の底から祈れるようになること、池田先生の事、この信心のすごさがたくさんたくさんわかること、これが今生の一番の功徳だと、他の事は枝葉だと、一番できないことだから それが功徳だと思うようになりました。
10時間唱題には功徳があると思うから、私は来週もします。
今叶えたいことがたくさんあるから。
めちゃ楽しいバレーボールのようにバンッバンッと打ち返す、辛かったらみえを捨てて正直に相談する。」

私の事を 鉄の蝿叩きで バシッバシッと叩くと 言ってたけど 叩いてよかった🎵

諦めなければ 必ず 本物になるるのです(^.^)
すっかり 追い越された\(^-^)/

※千早さんのブログは ログインできなくなってしまったようで とりあえず 私のブログを使ってもらおうと思ってます
千早さんの 読者の方 ご了承下さい

by tomotiyoo | 2019-10-14 09:41 | Comments(0)

「創価学会を語る」 佐藤優 松岡幹夫

佐藤優さんは 同志社大学大学院神学研究科終了後 外務省に入省
2002年逮捕
2009年執行猶予付有罪確定
2013年執行猶予満了

敬虔なキリスト信者で 作家

松岡幹夫さん
1986年 日蓮しょうしゅう(正しい宗教でないので 変換できない(笑))大石寺で得度し僧侶に

1992年 大石寺を離れ青年僧侶改革同盟を結成


佐藤さんは「国策捜査」によって512日間拘留
松岡さんは、根拠もなく(私の推測では 創大卒が根拠かな?)「学会のスパイ」と見なされ、寺の中で監視される生活
宗派離脱するまで約450日間続いた
牧口先生が逮捕された伊豆の下田で対談を終えたあと 宗門事件の現場も見てもらおうと大石寺の周辺を見学
佐藤さんは「まるで 東京拘置所みたいですね」と
松岡さんは 殴られて寺を出てきた(笑)
「松岡さんはちゃんと朝晩、勤行していますね。
顔を見ればわかります」と 佐藤さん
互いに信仰は違うけれども、宗教の論理で物事の本質を見抜いていく点では完全に一致した。と

佐藤さんは トインビー コスイギン ゴルバチョフ との対談についても よくご存じであるである


冷戦期の中ソへ

写真 ソ連・コスイギン首相と会談する池田大作名誉会長
ソ連・コスイギン首相と会談する池田先生

原水爆禁止宣言からちょうど11年目の昭和43年(1968年)9月8日。池田大作先生(当時会長)は、中国との国交正常化の早期実現を訴える「日中提言」を行なった。提言は、日中の未来を憂慮していた心ある人々の間に大きな反響を広げる。国交正常化は、昭和47年(1972年)の日中共同声明によって実現をみた。
昭和49年(1974年)9月、池田先生はソビエト連邦(当時)を初訪問。冷戦のさなかの訪問を決意させたのは、中ソ間の緊張による戦争への懸念だった。「宗教否定の国に、どうして宗教家が行くのだ」という批判に池田先生は「そこに人間がいるからです」と答えた。
ソ連・コスイギン首相との会見に臨んだ池田先生は、単刀直入に聞いた。「ソ連は中国を攻めるつもりはあるのですか」
一民間人からの思いもかけぬ言葉に、コスイギン首相も率直に答えた。「中国を攻めるつもりも、孤立化させるつもりもありません」
同年12月、コスイギン首相の言葉を携え、池田先生は訪中。この時、重い病の床にあった首相・周恩来が池田先生との会見を強く希望した。周総理は、日中友好と世界の平和を池田先生に託す。「あなたが若いからこそ、大事につきあいたいのです」
国家や思想の違いを超え、平和へのバトンが手渡されたのである。






今日は ここまで(^.^)

by tomotiyoo | 2019-10-14 00:00 | Comments(6)