5.3 創価の母の日 万歳!


10時間唱題 挑戦を 決意している人もいらっしゃるようで それぞれの 5.3 
有意義な一日にしましょうね\(^o^)/




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# by tomotiyoo | 2018-05-03 00:00 | Comments(19)

5.3を前に

こんな時代があった事を 忘れないで欲しい
それでも 創価学会は 池田先生と 草創の方たちは 希望を捨てなかった

「随筆「新・人間革命」80 
昭和54年5月3日 
獅子となりて 我は一人征く 1979年、すなわち昭和54年の5月3日——。  
間もなく、創価大学の体育館で、“七つの鐘”の総仕上げを記念する、第40回の本部総会が行われることになっていた。  
本来ならば、その日は、私は、偉大なる広宣流布のメッセージを携えて、創価の栄光を祝賀する日であった。  
すべての同志が熱意に燃えて、楽しき次の目標をもち、至高の光を胸に抱きながら迎えゆく、歓喜の日であった。  
尊い広布の英雄たちが微笑(ほほえみ)をたたえ、共々に、珠玉の杯(さかずき)を交わしながら祝うべき日であり、大勝利の鐘を自由に打ち鳴らす日であった。  
しかし、嫉妬(しっと)に狂(くる)った宗門をはじめ、邪悪な退転者等の闇(やみ)の阿修羅(あしゅら)が、この祝賀の集いを奪い去っていったのである。  
午後2時から始まる総会の開会前であった。  
妬(ねた)みと滅びゆく瞋恚(しんに)の魂をもった坊主を乗せたバスが、大学に到着すると、私は、ドアの前に立ち、礼儀を尽くして、彼らに挨拶した。  
ところが、坊主たちは、挨拶一つ、会釈一つ返すわけでもなく、冷酷な無表情で、傲然(ごうぜん)と通り過ぎていった。  
学会伝統の総会も、いつものように、学会らしい弾けるような喜びも、勢いもなく、宗門の“衣の権威”の監視下、管理下に置かれたような、異様な雰囲気であった。  ある幹部が後で言っていた。 「冷たい墓石の上に座らされたような会合であった」  激怒した声が多々あった。  会場からの私への拍手も、遠慮がちであった。  
また、登壇した最高幹部は、ほんの数日前の会合まで、私を普通に「池田先生」と言っていたのが、宗門を恐れてか、ただの一言も口にできない。  
私をどうこうではない。  
それは、強き三世の絆(きずな)で結ばれた、会員同志の心への裏切りであった。  
婦人部の方が怒っていた。
「どうして、堂々と、『今日の広宣流布の大発展は、池田先生のおかげです』と言えないのでしょうか!」と。  
私が退場する時も、戸惑いがちの拍手。
「宗門がうるさいから、今日は、あまり拍手をするな。特に、先生の時は、拍手は絶対にするな」と、ある青年部の最高幹部が言っていたと、私は耳にした。  
恐ろしき宗門の魔性に毒されてしまったのである。言うなれば、修羅(しゅら)に怯(おび)えた臆病者(おくびょうもの)になってしまったのである。  
しかし、私を見つめる同志の目は真剣であった。
声に出して叫びたい思いさえ、抑えに抑えた心が、痛いほど感じられた。  
体育館を出た直後、渡り廊下を歩いている私のもとに駆け寄って来られた、けなげな婦人部の皆様との出会いは、今も、私の胸に深く、くい込んで離れない。  
会合が終わり、特別の控室にいた高僧や坊主どもに、丁重(ていちょう)に挨拶をしたが、フンとした態度であった。
これが人間かという、そのぶざまな姿は、一生、自分自身の生命に厳存する閻魔法王に、断罪されることは、絶対に間違いないだろう。  仏法は、厳しき「因果の理法」であるからだ。  
私は思った。  
宗門と結託(けったく)した、学会攪乱(かくらん)の悪辣(あくらつ)なペテン師たちは、これで大成功したと思い上がったにちがいない。
彼らは、「これで、計画は着々と準備通りに進んでいる。これでよし! これで完全勝利だ」と計算し、胸を張っていた。  
その陰湿(いんしつ)さと傲慢(ごうまん)さが、私には、よく見えていた。  
私は、ずる賢き仮装の連中の実像を、その行動から見破ることができた。
この陰険(いんけん)極(きわ)まる、狡猾(こうかつ)な連中には、断固として、従ってはならない。
いかなる弾圧を受けようが、「忍耐即信心」である。  
学会は、蓮祖の仰せ通りの信仰をしている。
死身弘法の実践である。柔和な忍辱(にんにく)の衣を着るべきである。  
学会に敵対する彼らは、蓮祖の姿を借りて、真実の仏の使いを道具にし、利用し、破壊しているのである。  
これが、恐ろしき魔性の荒れ狂った、現実の実態であった。  あまりにも悲しく、あまりにも情けなかった。  
本来、宗教は、人間の幸福のためにあるものだ。  
それが、坊主の奴隷(どれい)になり、権威の象徴の寺院・仏閣の下僕(げぼく)になってしまうことは、根本的に間違いである。  
私は、重荷を、また一層、背負った気持ちで、皆と別れ、自宅には帰らず、神奈川文化会館に走った。
「今朝の新聞に、先生のお名前が出ていました」  神奈川文化会館で、側近の幹部が教えてくれた。  
この3日付の読売新聞には、日米国民の「生活意識」調査の結果が掲載されていた。  
その中に、日本人が「尊敬する人物」に挙げた上位20人の第6位に、私の名前が出ているというのであった。  
上から、吉田茂、野口英世、二宮尊徳、福沢諭吉、そして、昭和天皇と続き、その次が私である。
「会長勇退」直後の5月3日に、このような記事が出たことに、私は不思議なものを感じた。  
また、同志の皆様が、懸命に私を応援してくださっているようにも思われた。  
数日後、ある識者の方からいただいたお手紙は、この調査のことを非常に驚かれ、こう結んであった。
「現存する人物では、民間人の第1位です。  
そして、日本の宗教界では、貴方、お一人だけです。まさに宗教界の王者です。
どんなに、戸田会長がお喜びになるでしょうか!」
「大事には小瑞(しょうずい)なし、大悪を(起)これば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし」(1300頁)とは、日蓮大聖人の絶対の御確信であられる。  
誰が何と言おうが、私は私の信念で勝つことを決心した。  
そして、ただ一人、今まで以上の多次元の構想をもちながら、戦闘を開始した。
「獅子は伴侶(はんりょ)を求めず」とは、よく戸田先生が、私に言われた言葉である。
 一人、孤独(こどく)になった私は、無言のうちに、必ずや、真実の伴侶はついてくるであろうと信じていた。  
師弟の両者が一つの姿で、無限に戦い、舞い、走り、勝利しゆく。私は、その新しき時代の、新しき伴侶を待っていた。  
神奈川の地は、世界に通じる港である。  
ここから、私は「一閻浮提広宣流布」との大聖人の御遺言を遂行する、
決意を新たにした。そして、「正義」という二字を書き記した。  
この意義を深く留めて後世に伝えてほしいと、側にいた数人の弟子に託した。 
5月5日のことである。  
いったん帰京した私は、東京の開拓の新天地、第2東京の拠点の立川文化会館に向かった。
でに、夕方近かった。 
別な世界を見る思いで、まさに沈みゆかんとする夕日の光景を、しばし呼吸した。
夕暮れの立川に着くと、その清楚(せいそ)な頬(ほほ)に頬(ほお)ずりしたいような、憧れの月天子が、顔を見せてくれた。  
私は一詩を詠んだ。  
西に 満々たる夕日      東に 満月 煌々(こうこうと)たり 天空は 薄暮(はくぼ) 爽(さわ)やか    
この一瞬の静寂(せいじゃく)  元初の生命の一幅の絵画  我が境涯も又  自在無礙(じざいむげ)に相似(そうじ)たり
 
この日、5月11日の日記に記したものである。  
世界の創価学会は、太陽と同じく、太陽の生命で、永遠に転教を休むことなく、進みゆくことであろう!  
また、断固、勝っていくことであろう!」

【1999年5月1日付 聖教新聞】

※これは どなたかが ネット上で載せてくれていたものです
感謝申し上げます


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# by tomotiyoo | 2018-05-02 05:00 | Comments(3)

支部10時間リレー唱題

便乗して 私も10時間に挑戦!
わが家は いつもの 朝8時から スタート
支部は 9時から各地区で担当
わが地区は 17時から19時

白ゆり長さんも 8時から 来てくれるって

なかなか 一人では 達成できない情けない私 (´・ω・`)ショボーン
だからこそ こういう時に チャッカリ 乗せていただきます(`・ω・´)シャキーン!

皆さんもよかったら 挑戦しませんか?\(^o^)/


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# by tomotiyoo | 2018-04-30 00:00 | Comments(23)

板門店会談 おめでとうございます


私は 過去に ソウルへは3度 チェジュには1度訪れている
韓国という国が 好きだからだ
1度目に行けなかった板門店には 2度目には バカボンパパと 行っている


集合場所は 新羅ホテル
何があっても 自己責任という書類に サインをし 北朝鮮側へ
昼食は 多国籍軍の基地でバイキング
有刺鉄線は 剃刀の刃でできていると聞いた


有事鉄線の話を チェジュのタクシードライバーに話したら そんな事はないと笑われてしまった
同じ国でありながら 温度差を感じた

今日の 『新・人間革命』では ”けんか”をしにきました とある

そして 今日の板門店での南北の会談
平和への 新たな一歩となることを信じ 心よりお祈り申しあげます

ベルリンの壁崩壊といい 


私たちは 平和への歴史の証人になれることを 誇りに思います



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# by tomotiyoo | 2018-04-27 23:59 | Comments(12)

Tちゃんと 行って来た

よかったよ!

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# by tomotiyoo | 2018-04-27 00:00 | Comments(8)

え~~~~~~~~~~~って

言われちゃったの
それから 具合が悪くなった・・・
と 友人が

それは 何年か前の 聖教協議会の時だった
各自 目標を 言っていて 自分は無理 と思いながら 0とも言えず 1と答えたら 地区のみんなが え~~~~~~~?っと言った

みんな 何で え~~~~~~~?って言ったんだろう?

私は 答えた
きっと あなたは 頑張れば もっとできる人って思ったんじゃないかな~?
「この人は無理」 って 可能性を認めなければ そんな事は言わないと思うよ
別に意地悪で言ったんじゃないと思うよと

私は こんなメールを送った

「何故 鬱になったのか?
外的要因ばかり 考えていない?

この仏法は 内道だよ
自分の中から 全ておこる

周りは 縁にしかすぎない

縁に振り回されたのは?

自分が強くなることが 幸福」

彼女は言った
先生は 結果よりも みんなの幸福を祈っているって

私は 先生にお応えするため

「幸せのためにの布教であり、学会の活動」

「布教のための 新聞啓蒙であり 学会活動の一つの新聞啓蒙ともとれるよね」と

すると 彼女は

本当は皆さんが自分の目標を言うと新聞長さんがもっと出来るでしょうと目標?を吊り上げていました。
私には ノルマに見えるのです。
歓喜がないし、友達の幸せを祈って新聞啓蒙に挑戦しようと言う感じでもなかった。
心の中には皆さんあったかもしれませんが。私にはその時、辛いだけでした。
個別に噛み砕いて優しく話して下されば、やろうと、思ったかもしれませんが……
皆さんにえーと言われたとき来るんじゃなかったと、激しく後悔をしました。
何て恐ろしい所だろうと。
皆さん20とか30に吊り上げられて、私だけ1と言ったから驚かれたのではないでしょうか。
昨日参加した本部幹部会の原田会長の学生部の時の折伏のお話しは心に入って来ました。
友達の幸せを祈らないと伝わらない。
数じゃないというか、数だけではない。
大事な事は省略してはいけないし、言わないと分からない。と、思うのです。

高等部の合唱団の時、上の人から折伏か仏法対話の打ち出しがあり、みんな無理やりやらせられるのは、嫌だ、みたいに言っていましたが、友達の幸せの為にだったら、挑戦してみるとみんなで決意したことがありました。」

最後に 彼女は 言ってくれた

「今は友達がほとんどいないので、祈っていきます」と・・・

そして 」「歓喜がなかったのは 私だけで 歓喜していたみんなは 1と聞いたとたん 「え~?」って なっちゃったのかな?と
もしかしたら 何年か 私は怨嫉していたのかも知れない
正しい 怨妬も 河合師範はいけないと言っていたことを思い出した」 と



何気ない行動 何気ない一言が 人を傷つける事もある
でも 最後は 自分が強くなるしかない
強いことが 幸せ\(^o^)/

ちなみに 私も 1と言ってみた
誰も何も言わない(笑)(もしかして 私が威圧系だから?)
結果 1だった(笑)
目標は 高い方がいいね(^^♪




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# by tomotiyoo | 2018-04-25 00:00 | Comments(23)

4月24日 忘れないために



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# by tomotiyoo | 2018-04-24 09:33 | Comments(11)